第45話(最終話)




「わたしは、あの施設で育って、わたしを作った男性以外の他者と触れ合った経験がありませんでした」



 

 施設。私と同じように、伶奈れなも作られた人間だ。

 



「そこから連れ出してくれたあの方が初めて出会った明確な外の人間。そして、カオルコがわたしを保護してくれることになって」


「そこで、薫子かおるこさん、ね」


「はい。そして彼女から、わたし以外にも同じ様な境遇の人がいると聞かされて、初めはある意味、好奇心だったのかもしれません」




 私が同じ立場だったとして、同じ様に思っただろう。


 ……これ以上は考えたくないけど、伶奈の気持ちはわかる。だから、ただ静かに、伶奈の言葉に耳を傾ける。




「そして、あの教室で初めて出会って……そう、素敵だと、思いました」


「素敵……?」


「わたしと同じ境遇でも、きっとトオルは自ら何かを掴んできた。きっとそんなトオルだから、初めてみた時から、きらきらして見えたんです」


「私は、そんな大した人じゃないよ」


「いいえ、そんなことはありません。私と同じ生まれでも……こんなに、力強く生きていて、煌めいて……憧れ、というものでしょうか」




 伶奈はそれから、またあの青い目を私に向けてくれる。


 プラチナブロンドの髪や、白い肌に唯一の青色は圧倒的な存在感で、私を見つめてくれる。




「わたしも、この人のそばに居れば、こんな素敵な人間になれるんじゃないかって、そう思えた……だから、憧れなんです」




 その言葉を聞いて、また静かに彼女の身体を抱き締める。


 細い、もしかしたら、折れてしまいそうなほど。


 私が……綺麗だと思うもの。



 

「そっか」




 きっと、私が伶奈を綺麗で、私とは違うと思ったのと同じように、伶奈も私の事を自分とは違う素敵なものって思ってくれたんだ。


 それが少し恥ずかしくて、でも、すごく嬉しくて。


 だから、抱きしめてこの気持ちを誤魔化す。




「……伶奈も、素敵だと思うよ」


「そう、でしょうか」


「そうだよ。だから、まぁ、恋人になれて良かった」




 これは、本音。


 今まで沢山意地悪をしてしまったんだから、私は彼女にそれ以上のものを伝えてあげたい。それが伝わってほしくて、腕に少しだけ心を込める。


 体温が伝わる。暖かで、優しいものが伝わる。


 安心、できる。




「これから、よろしくね、伶奈」


「……はいっ。不束者ですが、よろしくお願いします。トオル」


「……その言い回し、誰から聞いたの?」


「カオルコに、この話を相談したらこう言えと教わりました」


「あの人はまた余計な事ばっかり……って、この話を知ってるってことか……絶対次弄られるやつじゃん」




 あぁ、なんだかいい話で終わらせようと思ったのに、急に薫子さんのあのいやらしい笑顔が浮かんできて、ちょっと嫌になってきた。


 次会った時、ニヤニヤしながらこっち見てくるんだろうなぁ。


 はぁ、まぁいいか。世話になってるし。


 それにしても、伶奈をそばにおいていると、なんだか眠くなってきた。暖かいからだろうか、安心できるからだろうか。こんなにいい気持ちになれるなら、恋人っていうのも悪くない。




「ごめん……ちょっと眠くなってきたから、寝ていい?」


「はい。あ、このまま、ですか?」


「うん。ダメかな?」


「ダメではありません。……では、おやすみなさい、トオル」


「うん……おやすみ、伶奈」




 すぅ、と瞼を閉じて、静かに呼吸する。


 このひと月、伶奈と出会い、訓練も重ね、学校にももちろん行って、依頼までこなして……色んなことがあったけど、その殆どに伶奈の姿があった。


 これからも、この人形のような……妖精のような……お姫様のような、素敵な人といられるなら、悪く、ないかも、しれない。










 

 これは、夢。


 私はまだ、ベッドの上で伶奈を抱きしめて眠ってるはず。


 だから、これは夢。


 目の前には、どこまでも広がるような草原が見える。


 そしてそのまんなかには、白いワンピース姿の伶奈がいる。


 伶奈は私の視線に気付くと、にっこりと、誰がみても見惚れるような笑顔でこちらに駆けてくれる。


 それから私がそれを抱きしめて、伶奈からも抱き返してくれて。


 ふたりで笑い合う。


 そんな素敵な夢。


 共に地獄に落ちてくれたなら、なんて考えたけど。


 でも出来れば、こんな素敵な風景を、共にすることができたほうが。


 きっとずっと、幸せなんだろう。


 いつか叶えば良いな。


 それまで私は、この夢を見続けることにしよう。

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