第43話

 ベッドの上、シーツに包まれて、生まれたままの姿で。


 目の前のエリツィナを抱きしめる。手を腰に回して、脚を彼女のものと絡ませて、その体温にすがるように抱きしめる。


 エリツィナはただ、静かに私が甘えるのを許してくれる。


 でも、話したい事があるから、少しだけ、本当に少しだけ力を緩めて、彼女の目を見つめる。青い彼女の目は、私のその視線を返してくれた。




「……あー……とりあえず、昨日はお疲れ」


「はい。トオルも、お疲れ様でした」


「あんたがいなきゃ、依頼は失敗に終わってた。感謝してる」


「トオルがいなければ、そもそも依頼を受ける事が出来ません」


「そんなことないんじゃない?」


「そんなこと、あります」




 う、何気ないトークから入ろうとしたら、思いの外ぐいぐいと張り合われてしまう。やめてよ、本題に入りにくくなるじゃん。


 しかし、この話を言わなければ、私は彼女の隣に立てない。私が立っていたくない。




「それで……その……」


「……?……どうしましたか、トオル?」


「うー……ごめん」




 まずはこの一言から、始めよう。


 そう思って絞り出したんだけど、エリツィナは謝られる心当たりがないかのように、少し首を傾げてこちらを見つめてくる。心当たりあってよ、もう。




「今日まであんたの事、散々意地悪しちゃった。だから、ごめん」


「意地悪。それは、どういうことですか?」


「どういうって……あんたの事、認められないとか言っちゃったし、八つ当たりみたいな事もした。ほんとごめん」


「認められない……なるほど、あれが意地悪……」




 本当、冷静に分析しないでほしい。


 エリツィナはまた指を唇に当てる仕草をして、ふむふむと思考を回し始めた。そして、また私の目を見て、ゆっくりと口を開く。




「こういう場合は、どうするのがいいのでしょうか」


「う、うーん。私の意地悪を受けて、まだそばに居たいなら『許す』。もうそばに居たくないなら『許さない』。かな」


「そばに……でしたら」


「まぁそこに条件をつけても良いと思うし。『ケーキ買ってこい』とか、『1週間毎日マッサージ』しろとか」


「……!……条件、なるほど、なるほど……」




 あ、なんだろう。


 私を見るエリツィナの目が急にキラキラし始めた気がする。これも誠意かなと詳しく説明しちゃったけど、なんかまたおかしなことになりそう。




「でしたらっ。……トオルを許します」


「……いいの?」


「はいっ。ですが、条件があります。ふたつもですっ」




 ほら、なんか条件とか言い出したよ。いや、条件をつけて良いって言ったのは私なんだけどさ。ふたつもとか言い出しちゃったよ。


 私が下手な事を言ってしまった後、エリツィナはなぜか妙に興奮してる、気がする。相変わらず他の人のそれと比べると、全然薄いんだけど、なんだかそんな気がするんだ。



「えー……じゃあ、ひとつめの条件は?」


「それはですね。トオルに、名前で呼んでほしいです」


「名前……マジ?」


「マジですっ。『あんた』とか、『エリツィナ』ではなく、『伶奈れな』と呼んでほしいです」


「なんか改まって言われると言いにくいんだけどな……」


「条件ですっ。トオルが、つけても良いと言ってくれました」



 エリツィナはふんふんと鼻息荒く、目を輝かせてそんな事を言う。今日はなんだか、今までにない表情ばっか見せられてるな。


 名前をで呼ぶ。それ自体は別に、恥ずかしい事じゃない。薫子かおるこさんだってひまりだって、仲の良い人はみんな名前呼びだし。


けど改まって言うのは、急に恥ずかしく思える。あといま、お互いが裸っていう状況も状況で、その状態で名前を呼ぶっていうのは、喘いでるように取れかねない。気がする。




「さぁ、さっそく呼んでみてください」


「えー? いや、呼べって言うなら呼ぶけど、でも……」


「……トオルはやっぱり、わたしの事……」



「わ、違うよ! うー……れ、『伶奈』!」




 呼んだ。呼んでみた。そしたら伶奈は、彼女なりの満面の笑みになって、私を見つめてきた。




「はい、トオル。なんですか?」


「いや、伶奈が呼べって言ったんじゃん……」


「名前を呼ばれたら、返事をするものと学びましたから」


「律儀だね……とりあえず、これでいい?」


「あ、まだあります。ふたつもありますから」




 名前呼びだけでもそこそこのハードルだったと言うのに、伶奈はまだそんな事を言う。まぁ、私は許しを乞う側の人間だし、そんな難しいことは言われないだろう。


 そう思っていたんだけど。


 伶奈はまた、あの祈るような仕草で彼女の手のひらを胸の前で抱きしめて、瞳を伏せた。その仕草こそ何かを乞うような、願うようなもので、私がそれを見つめている間、少しの沈黙が流れる。


 そして、伶奈は口を開く。


 


「わたしを、トオルの恋人にしてください」




 

 


 

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