第42話

 私の言った事が信じられなかったのか、エリツィナはその場で固まった。まぁ目の前のほぼ全裸の女子が、『服を脱いでこっちにきて』とか言ったら、それはそうなると思う。私もひまりとかにそんなこと言われたら、多分固まる。


 エリツィナの頬が珍しく少し赤くなった後、それでも彼女は私を見つめて口を開いた。




「……あの、それは、どういった意図のものなのでしょうか」


「そのまんまだよ。エリツィナに、服を脱いで、私のところに来て欲しい」




 これはまぁ、ちょっとした悪ふざけとお返しと、あと素直な感情。転校初日は相当あたふたさせられたんだから、彼女に非がないのはわかっていても、少しくらいふざけるのは許されると思う。それに、やっぱり今は、誰かの肌の体温が欲しい。




「それは、セックスをする、と言うことですか?」




 そうきたか、とは思わない。


 そんなつもりはないけど、状況がそんな感じだし。


 だから私はまた揶揄からかううつもりで、相変わらず部屋の入り口に佇むエリツィナに視線を送って答えてあげる。




「あんたがしたいなら、いいよ」




 それだけ伝えると、ようやくエリツィナは動き出して、手にしていた鞄を壁沿いに置いた。


 それから、するすると服を脱ぎ始める。


 脱ぎ散らかした私と違って、ブレザーもスカートも、シャツまできっちりハンガーにかけて、また壁沿いのラックへと預けた。


 そうして、窓からカーテン越しに差し込む光に照らされて、彼女の服の下に隠されていた全てが顕れた。


 白くて、細くて、綺麗。


 私は体質のこともあって太ってはないと思うけれど、筋肉量も多ければ骨も太いし、それを脂肪で覆い隠しているから、ひまり曰く『むちむち』している。


 けど、エリツィナは全然違う。


 絵本に描かれる妖精のように、肌着すら身に纏わないその姿は、髪色と合わさってどこか幻想的ですらあるほどに、綺麗だ。

 



「あの……あまり、見ないでいただけると、嬉しい、です」




 ポーッと、正直、見惚れていると、エリツィナは言葉だけは恥ずかしそうにそう言った。いや顔も少し赤いし、本当に恥ずかしいんだ。




「ご、ごめん。……ほら、おいで」




 ベッドのシーツを捲り上げて、先に私の身体を滑り込ませる。それから、シーツを持ち上げて彼女を迎え入れる体勢をとる。


 私がそうするとエリツィナはまたすす、とベッドに歩み寄り、迷う事なくシーツに入ってきた。……思うより、ヤル気まんまんみたい。


 シーツの中、至近距離で、エリツィナの青い目と視線が絡む。


 それから、おずおず、と彼女は口を開いた。




「あの」


「ん、なに?」


「性行為というものについて、知識はあるのですが。……具体的な手順や、どこまで行えば良いのかという目標がわからないので……と、トオルに教えていただけると嬉しいです」


「……手順、目標」




 相変わらず頬を赤くしたまま、それでも真剣そうな眼差しと言葉でそんな事をエリツィナがいう。


 だめ、もう堪えきれない。




「……ぷ、ふは、あはは!」


「な、何がおかしいのでしょうか。パートナーを満足させるのは、当然の行いだと考えていますっ」


「いや、あははは! それはそーかもだけど、あはっ!」


「わ、笑うべきではないと思います。わたしは真面目ですっ」


「あはは! ……はー……やば、あんたそんな顔もできるんだね」




 私の目の前にいるエリツィナの顔は、少し怒ったふうに、頬を膨らませている。出会った頃は想像もできなかった表情が、また一層面白い。




「そんな顔、とは、どのような顔ですかっ」


「んー……怒った顔? 怒らせちゃった?」


「怒った顔。なるほど、これが怒り、という感情ですね」


「怒んないでよー。ちょっとからかっただけじゃん」


「揶揄い。トオルは、わたしをからかったのですか?」


「そうだよ。セックスなんてするつもりないって。ちょっと人肌恋しかったから、あんたに来てもらいたかったの」


「なるほど……やはり、トオルはなのですね」 


「そんなにー?」


「はい。先程の姿は、というもののように思えます」




 蠱惑的。なるほど。なんか急にこっちが恥ずかしくなってきた。


 誤魔化すようにエリツィナの腰に手を回して、ぎゅ、と抱きしめると、私と彼女の柔らかいところが全て触れ合う。細い、それでいて、柔らかくて、滑らかで。


 怒らせてしまったからか、少し体温が私より高くなっているみたいだけど、それが今は心地いい。


 私の胸元に彼女の顔を埋めてあげれば、彼女の髪が目の前にあって、そこから香るどこか甘い香りが、また心を安らげてくれる気がする。同じシャンプーを使ってるはずなのに、人のものって言うだけで、こんなに違うんだ。




「……トオルは、こうしていると安心するのですか?」


「……そうかも。安心とか思ったことないけど、少し気が楽になる」


「気が楽に……であれば、好きなだけ私を抱きしめてください。お願い、ですよね?」


「そうそう、これがお願い。心配してくれたんだもんね」


「はい。心配、しました。帰ってきてくれて本当によかったです」




 エリツィナはそれだけ言葉にして、私の胸元から顔を上げて私の目を見つめる。それから、本当にささやかに、微笑んだ。


 それがすごく、綺麗に思えてしまって、胸が少し苦しくなる。


 私はこの子に言いたい事が、言わなきゃいけない事があるはずなんだ。

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