第41話 ベッドの上での約束

 依頼が終わって、家に帰って、朝になって。そして私は、自室のベッドの上で、だらしない格好のまま、だらしなく仰向けに寝転がる。


ベッドのそばには脱いだ制服やブラが散らかされて、私の今の気分を表してくれる。ショーツだけはぎりぎりの一線として身につけて入るけど、本当ならこれも脱いでしまって、シーツの冷たさに身を浸したい。


 依頼が終わるといつもこう。


 依頼中は緊張からか、興奮からか、特に精神的な均衡を崩すこともない。だけど、それが終わってしまうと、どうしようもない倦怠感が身体を満たしてしまって、何もしたくなくなる。


気分的には生理の時のそれに近い。血が出ないし、痛くもない事だけが救い。


 昨日の依頼は、想定外がややあったせいか、一層身体のだるさが酷い。学校もなくって本当に良かった。


 こういうときは、人肌が恋しくなる。


 きっと薫子かおるこさんもそう。だからあの人は、依頼が終わるとお気に入りの女性を抱きに行く。といっても当然合意の元で、それがいつもより情熱的になるだけ、とは本人は言っていたけど。


 今は依頼の遂行が私だから、薫子さんはそういうことはしない。けれどその経験があるから、依頼終わりは私の事を抱きしめてくれていた。でも今日は、それもない。


 依頼が終われば、普段は薫子さんのセーフハウスに戻ることにしている。ただ、今回はエリツィナが居るから、彼女の安全の事を思い、ひとりで私の家に帰ることにした。


 万が一、はないと思う。けど、もし私をつけるような奴が居た時、師匠はともかくエリツィナは自衛の術を持たないから。


 だからひとりでうだうだとしていると、『ただいまです、トオル』と昨日よくよく聞かされた彼女の声がした。




「おかえりー」


「……!……ただいまですっ」



 なんとなく迎える声だけあげると、向こうから改めて返事があって、とと、という急ぎ目の足音が聞こえる。


最初見た時はマジで人形かなんかなんじゃないかと思ったけど、こういうふとした仕草に彼女なりの感情表現が為されているんだって、最近は少しわかるようになってきた。


 続けて、部屋の扉がたたかれる。入っていいよと声をかければ控えめにそれは開いて、向こうからこれまた見慣れ始めたプラチナブロンドの髪が見えて来る。




「おーかーえーりー」


「ただいま……っ……トオル、具合が悪いのですかっ」


「へ? あぁ……」




 裸でベッドの上に転がってれば、そう見えてもおかしくはないか。


 エリツィナ部屋に入ったきり立ち尽くして、は小さく心配そうな眼差しを向けてくれるけど、別にそんなことはないよと笑って手を振ってあげる。




「依頼終わりはいっつもこうなの。後処理は大丈夫だった?」


「ええ、カオルコが手配を終わらせてくれました。お疲れ様でした、トオル。……その、あの、その格好では、風邪をひいてしまうのではないでしょうか」




 うむ、至極真っ当な疑問と意見である。


 まぁ、これもひとつのルーティンだから、やめられそうにはないんだけど。




「大丈夫だよ。いつもの事だし」


「そう、ですか。何かする事はありますか?」




 心配しなくても良いってわかってくれたみたいだけど、それでも世話を焼いてくれるみたい。やっぱりむず痒いけど、それなら、お願いを聞いてもらおうかな。




「じゃあ昨日話した『お願い』、聞いてくれる?」


「『お願い』。はい、なんでも言ってください、トオル」


「脱いで」


「……え?」


「服を脱いで、こっちにきて」




 エリツィナはまだ、ぽかん、とした表情で、部屋の入り口に立ち尽くしている。なんだかその様子が可笑しくって、笑っちゃいそうだ。


 

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