第15話「掃討作戦」

 檻を破ったアルタは抜刀した剣を納め、静かに立ち上がった。


 周囲にいる魔物達は、檻から出てきたアルタに狙いを定め始めた。


 距離が近いせいか。

 魔物達のような敵モンスター達は、基本的に近い敵を狙う傾向にある。


 檻の中にいたアルタに対しては攻撃ができない判定だった為か、先ほどまでアルタの存在を認知していないかのようだった。

 しかし、檻が破壊されたことでその制限はなくなった。


 アルタは魔物達の位置を把握していくように、左から右へと順番に一瞥していく。


 おびただしい数の魔物達が、アルタに飛び掛かる。

 それと同時に、アルタはその場から跳び上がり、適当な魔物を足場にして俺達のいる場所に飛び跳ねながら向かってきた。


 持ち前の敏捷さと、体術スキルが可能にする併せ技か。

 なんて身軽なやつだろう。


 ベガリーが盾で防御するタイプなら、アルタは回避を中心に立ち回るタイプだ。


 地面へと降り立ったアルタは、そのまま魔物達の隙間を縫うように駆け抜けていく。

 そして、あっという間に俺達の元へ追いついて来た。


「お待たせしました」

「いや、思っていたよりは早かったよ」


 合流できたアルタを迎え、背後には魔物の軍勢が控えている。

 敵の数は、百以上はいるか。


「ベガリー! 殿を頼む!」

「よし来た!」


 盾役のベガリーを後方に下がらせて、追撃を防ぐまではいいか。

 問題は、あの数にどう対応していくかだ。


「これからアルタに聖剣を回収してもらう。エンチャントの準備はできているけど、その後あの数を相手にできるか?」

「あの数は、さすがに面倒ですね」


 だよな。魔法で一気に倒すって役割じゃない。

 それができそうなベガリーはMP不足だし。

 聖剣を回収できても、村が物量に圧されて壊滅してしまう。


『カイセイくん』


 七姫だ。

 戦闘中は気を遣ってあまり喋らないでいてくれたようだが、こんな時は七姫の原作知識を頼りにしていいんじゃないか?


「何か案でもあるのか?」


 ベガリーとアルタには聞こえないように、七姫に向けて応答する。


『うん。聖剣の台座に魔力を流してほしいの』

「台座に?」

『聖剣の台座には、魔物に対する強力な結界が張れる力があるの』


 七姫の提案は、こうだ。


 聖剣を引き抜くと同時にアルタが魔力を流して、結界を起動させる。

 これは外側ではなく内側に作用する結界で、内部にいる魔物達を一掃できるのだ。


「それで村を守っていたのか。じゃあ、廃村の原因って?」

『アルタが結界を張り直さないまま、村を出発したからなの。この結界は勇者しか張り直せなくて、今年が期限だった』


 今年はアルタが十六歳となり、聖剣の儀式にかけられる。

 しかし、正史ではこの村は壊滅していたよな。


「アルタはなんで、結界を張り直さなかったんだ?」

「知らなかったんだよ、村の老人達もね。アルタはこの村が嫌いって設定だったし」


 この村が嫌い。なるほど?


 聖剣が抜けなかったからと、五日間も檻に閉じ込められて食事も与えられなかったのだ。

 この状況なら、わかるけど。


 七姫の小説では、聖剣は抜けたんだろう?

 村を嫌う理由がまだあるのか。


『とにかく、アルタに聖剣を引き抜かせて、結界を起動させて! この数に対応するには、それしかないと思う!』

「わかった」

『私が書いた小説のままなら、その機能があると思うけど……』

「あると信じて、やってみるしかない」


 さて、目的は定まった。

 もう少しで聖剣のあるスペースだが、そこは小さな丘になっている。


「ここか!」


 一番後ろにいたベガリーが声をあげ、その台座が視界に入ってきた。


 そこは、一面の白だった。

 白い石段が円状にまとめられおり、直径で六メートルはあるか。


 その中央部に進むにつれ、石段は高く積まれている。


「あれ?」


 ここは、聖剣の台座で間違いないはずだろう。


「む? 聖剣はどこじゃ?」


 ベガリーも同じ反応だ。

 あると思われていた聖剣が台座にない。


「いえ、ありますよ」


 戸惑う俺とベガリーを横目に、アルタは真逆の反応を見せる。


「鞘や台座に収まっている聖剣は≪勇者の託宣≫スキルがある者のみ、その存在を感じ取れるんです」

「なら、そこに聖剣があるのか?」


 台座の上には何もないようにしか見えない。

 だが、アルタがあると言うのだから、あるのだろう。


「よし。なら聖剣を引き抜く準備をしてくれ、エンチャントをかける」


 俺のレベルはもう二十を越えている。

 この一騒動だけで、かなりの経験値を稼いでしまったようだ。


「≪聖属性付与≫の効果時間はちょうど一分だ、頼むぞ」

「了解です。しかし、聖剣の開放には時間がかかる。詠唱が必要です」


 その辺は魔法と同じなのか。


「わかった。どれくらいだ?」

「最低十秒。二十秒はかからない」


 ギリギリだな。


「ベガリー!」

「聞こえておるわ! 回復を任せてもよいな!」

「おう、任せろ」


 押し寄せて来る魔物達はもう目の前だ。


「≪聖属性付与≫!」

「――我は神託を受けし勇者、名はアクィラ・アルタ」


 聖属性を付与した直後、アルタは詠唱が始めて聖剣の前で祈り始めた。

 何もしなければ、数秒後には雪崩れ込んで来る。


「我は紅蓮の炎にて、貴様を拒絶する! ≪ファイアーウォール≫!」


 ベガリーは、再び炎の壁を展開。

 業炎が俺達を守るように吹き上がる。

 聖剣の台座を囲み、ベガリーはその維持に集中する。


 今回、俺はその役割に加わる。


「ほら」

「あーん」


 発動後、その効果が持続するタイプの魔法では、使用者の動きが極端に制限される。


 この≪ファイアーウォール≫はその典型だ。

 俺は手の塞がったベガリーにビスケットを二秒ごとに食べさせ、炎の壁を維持させ続ける。


「ほら、もう一枚」

「うむ」


 ベガリーが残しているビスケットは残り二枚。

 俺の持っているのは五枚で、合計七枚。


「概念たる聖剣を解き放ち、その姿を現すに値する資格を頂戴する者である。ここに、その証を示す」


 ベガリーにビスケットを食べさせている横で、アルタの詠唱は続く。


 一枚に付き、二秒ほど≪ファイアーウォール≫を延長できるから、最初の二秒と合わせて十六秒。


 間に合うか?


 アルタに付与しているのは聖属性。

 付与して有利になるのは、主に悪魔やアンデッド達。

 この戦場に、聖属性が弱点の魔物は一割にも満たない。


 しかし、アルタは呪いスキル、ソウルデグレードで『≪聖属性≫の欠落』を受けている。


 聖属性がなければ、聖剣は装備できない。


「神聖なる力は我が手にあり。定められし聖剣の形、それをかたどる道標とする」


 弱点を想定しての属性付与は、アルタに対して行えない。

 属性付与に関する選択肢は存在しないのだ。


「我の最たる感情を鞘に納め、神秘の竜を刃に宿す」


 残り四枚。これがなくなるまでが勝負だ。


「心象の力、それが聖剣の具現」


 三枚。


「命運を預けし我が身の心傷、それが魔力の具現」


 二枚。


「急げ、最後の一枚だ!」


 一枚。


「今――ここに、聖剣は顕現する」


 詠唱開始から十五秒。


 眩い光が、アルタの眼前から溢れ出て来る。


「アルタ、魔力を注げ! 結界を発動させろ!」

「――ッ!」

「ぐ、もう限界じゃ!」


 炎が消えていく。

 それと同時に、聖剣の台座から≪それ≫が広がっていく。


 光だ。

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