第14話「勇者の抜刀」

 飛び上がったベガリーは、ナイトメア・ランページを回避に成功。

 逆に回避行動を取らなかった魔物達は、行動不能となった。


 状態異常にかからず、まだ行動できる魔物の位置を確認。

 俺は攻撃されないであろう最短で安全なルートで走り出した。


 着地したベガリーも俺の後ろから追従して来る。


 恐怖と麻痺の状態異常で動けなくなった魔物達の上を飛び越えながら、ベガリーと共に移動していく。


「で、何をするつもりじゃ?」


 先導していく俺に、ベガリーは作戦も聞かずに付いて来てくれる。


 信じてくれているのか。それとも単純なだけなのか。


「アルタに剣を届ける。ベガリー、今のMPで≪ファイアーウォール≫は使えるか?」


 消費MPは十四、中級に位置する炎属性の魔法だ。


「ギリギリ撃てるぞ。一発撃てば、カラッケツじゃがな!」


 素晴らしい。ウチの魔王様も成長なさっているようで何よりです。


 さて、麻痺で行動不能にさせた連中はそのままでいい。


 しかし、だ。

 武具屋に近づきすぎるとモンスターが雪崩れ込んで行ってしまう。


 それは避けたい。


 ならば、ベガリーにはタンク役として俺と魔物達を分断し、足止めしてもらう。


「合図したら撃ってくれ! ほら、補充用だ!」

「ほほぉーい! ビスケットもらいじゃ!」


 ベガリーは俺が袋に入れて個別に保存していたビスケットのワンセットを投げ渡す と、それはもう嬉しそうに受け取ってくれた。


「MPの回復用だからな、全部食うなよ!」


 一発撃てばMPはゼロ。

 それでも充分だ。

 一度も撃てないのと一度だけ撃てるのとは違う。


「半分まで来たか」

「いつでも良いぞ!」


 ベガリーにはあいつらの足止めをしてもらわなければならない。


 中級魔法は平均でも四十ほどのMPを消費する。

 今のベガリーでは到底賄えないMP消費量だ。


 しかし、ベガリーが使用する≪ファイアーウォール≫は十四。

 これには『とある理由』がある。


「ベガリー!」

「よかろう! 四秒は保ってやる!」


 踵を返し、追って来る魔物達と向き直るベガリー。

 追いかけて来るのは俺の≪ナイトメア・ランページ≫を受けなかった連中だ。

 すぐにでも追いつかれる。


 俺が渡したビスケットを一枚、空中へと放った。

 それがベガリーの予備動作となる。


「我は紅蓮の炎にて、貴様を拒絶する! ≪ファイアーウォール≫!」


 放られたビスケットよりも高く。

 ベガリーの豪炎はモンスター達の行く手を阻む。


 噴き出た炎は噴水の如く、ベガリーと魔物達を分断した。


 炎の壁は、通常であれば二秒で消失する。

 しかし、追加でMPを十四消費する事でさらに二秒維持できる。


「あー……んッ!」


 放っていたビスケットが、ベガリーの口内へと消えた。

 MPが回復。同時に炎は、ベガリーの魔力を糧に燃え続ける。


「届いた! 悪い、借りるぞ!」


 武器移動可能圏内に入った。

 三十メートルってところか。


「≪アクセス≫!」


 対象は村人。

 装備されているのは鞘に収まっている使用されていない剣だ。


 これを同時に表示させた俺の装備欄にドラッグして、移動させる。


 ドラッグさせた村人の装備は、俺の手へと収まった。

 瞬間移動、成功だ。


 あとはこれをアルタに届ければいい。


「カイセイ! 炎が消えるぞ!」

「≪炎属性付与≫! ≪ナイトメア・ランページ≫!」


 エンチャンターが一人に付与できる攻撃属性は一つまでだ。

 よって、麻痺属性から炎属性に上書き。

 ベガリーを守るように≪ナイトメア・ランページ≫を放つ。


『改星くん! ≪アクセス≫の武器移動可能範囲は三十メートルだよ!』

「ありがとう!」


 よし、三十メートルだな。

 距離感を測りかねていたが、七姫のサポートで補完できた。


「ベガリー、回復しろ!」


 俺の≪ナイトメア・ランページ≫を割り込ませ、ベガリーに回復させる時間を稼ぐ。

 ビスケットを頬張ったベガリーは、三発続けて≪ファイアーボール≫を連打。

 ベガリーが魔法を放った位置は、魔物達が例外なく消し飛んで更地となっていく。


「そのまま押し込め!」

「よし、余に続けぇ!」


 ベガリーは続けて盾を構え、前進。

 魔物の隊列に穿たれた穴へ目掛け、駆け出した。


 俺は、その後ろに付く。


「三十メートルまで近づいてくれ!」

「了解じゃ!」


 檻の周りには魔物がいる。

 また、駆け抜けてきた後ろにも魔物がいる。


 アルタを助け出す為に取った行動ではあるが、囲まれてしまうのはまずい。

 一度アルタと合流し、体勢を立て直す。


「アルタッ! 構えろ! ……≪アクセス≫!」


 再び、アルタを対象に≪アクセス≫を発動。

 空っぽの装備欄に、俺が今持っている剣をドラッグして装備を移動させる。


 距離はギリギリ三十メートル。これで、アルタの手元に剣が届く。


「届けっ!」


 ドラッグ、実行。

 アルタの空っぽだった装備欄が、剣のアイコンで埋まった。


「……ッ! これなら!」


 アルタは、その剣を抜こうと構える。


 構えただけだ。

 抜かず。

 一呼吸、静寂の時間を置いた。


「……ッ! ベガリー、回り込むぞ!」


 俺達は次の目的地へ向かう。

 聖剣があるスペースだ。


 少しだけ走るコースをズラしながらも、俺はアルタから目を離さなかった。いや、離せなかった。


 素人目でわかる。無駄のない、美しい構えだった。


 居合。

 鞘に納められた剣や刀を抜き放つままの動作と同時に攻撃を与える技。


 小さく深呼吸して、アルタは全神経を集中させていく。

 アルタは≪抜刀の心得≫と呼称される『剣や刀を抜刀した一秒間の、最初の一撃』だけクリティカルが必ず発生するスキルを持っている。


 つまり、この居合はクリティカルが必ず発生する。

 先ほど俺が見た≪壊斬剣≫は、クリティカル判定で『破壊不能オブジェクト』にダメージを与えるスキルだった。


 ≪壊斬剣≫と≪抜刀の心得≫の組み合わせ。

 剣さえあれば、アルタは檻から脱出できる。


「……。魔蛇流剣技。反楼刀(ホンロウトウ)!」


 解き放たれた剣戟は、一瞬で『檻のHP』を削り切る。

 斬られた上部は粒子のエフェクトと共に消滅し――『改竄』された。


「あんな剣戟スキル、あったか……?」


 記憶にないパッシブスキルの次は、剣戟スキルか。

 違和感は小さくないが、今はそれよりも合流だ。


「アルタ、来い! 合流だ!」

「今、行きます」


 まるで刃のように鋭い眼光と目が合う。

 背筋にゾクリと電流が走るが、嫌な感じはまったくない。


 むしろ、頼もしさすら覚えた。

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