第2話「魔王との契約」

「えっと、ベガリーさん」

「うむ。何用か?」


 目の前にいるのは魔王だ。

 なぜこんな初期ステージにいるのか、それは甚だ疑問ではある。


 しかし、目の前で起きている状況を疑うわけにはいかない。


 起きているものは起きている。


「さっき魔法を放とうとして失敗していましたよね?」

「うむ。お主、何かわかるのか?」


 このデバフスキルに、本人は気付いていないのだろう。

 俺は≪アクセス≫で表示させたベガリーのステータス画面を凝視して、そのスキル欄に触れてみる。


『スキル【ソウルデグレード】を編集または削除するには職業レベルが足りません』


「……はい。なんていうか、ご愁傷様です」


 試してみたが、案の定削除も編集もできなかった。


 ちなみに編集ができるのは職業レベルが五十以上必要らしい。

 削除に必要なレベルは二百か。気が遠くなるな。


 今の俺には手の施しようがない。


「彼奴に呪いでもかけられたかぁ」


 思い出しているようにベガリーは溜息をつきながら、小さな両手で自分の顔を覆う。


「何か心当たりがあるんですか?」


 コクリ、とベガリーはその顔を縦に振る。

 この流れ、少し面倒くさい事になる気がしてきた。


「そうですか。では、道中お気をつけて」

「オイ、待て」


 俺が踵を返し、この場から立ち去ろうとしていたのを察したのか。

 ベガリーは俺の腕をガッシリと掴み、俺を逃がさない意思を見せてきた。


「助けてくれた礼をしたいのもあるが、お主は余の【呪い】をどうにかできるのでないか?」


 ベガリーは、どこか必死に俺を引き留めようとしてきた。


 NPCとはいえ、こう言ったキャラクターはAIによって可能な限り人間味のある行動を取る。


 ただ、AIにしては感が良すぎないか?

 どこか違和感を覚えるのは気のせいだろうか

 ベガリーは本当に困っていて、縋りつくように俺の腕を掴んで来ている。


 まるで本物の感情を抱き、自分の意思で動いているように。

 そんな風に感じてしまう。


 ゲームのキャラクターに感情移入するのとは違う。


 助けてやりたいが、どちらにしても今の俺には無理だ。


「すまないが、今の俺には無理だ。レベルが足りない」

「では、余と共に上げてしまえばよい。余は前線でも戦える」


 予想通り、ベガリーは助けてくれた俺とパーティーを組みたいようだ。


「なるほど」


 レベリングが捗るのであれば、仲間入りは大歓迎だ。

 魔王の肩書きが本物であるならば、尚更だ。


「魔法を連続使用できる回数は?」

「今の状態なら、ファイアーボール一発じゃな」


 初級魔法じゃねぇか。


「不採用」

「待て、待て待て待てぃ! 前線でも戦えると言うたであろうっ!」


 レベルも俺とほぼ一緒だし、俺とパーティーを組んでもレベル差が気にならない。

 レベル差による経験値削減も、攻撃力低減ペナルティも、アイテムドロップ率減少も発生しない。


 それでも不安だ。


「頼む! 彼奴を――シュシバルバを倒さねば、国に帰れぬのじゃ!」

「しゅしばるば……?」


 俺がこの会社、この『テルスピア・オンライン』に関わり出してからは日が浅い。


 俺は幼馴染からこの会社を紹介されて、採用されてから一週間も経っていない。

 そして、今日ようやく初出勤を迎えて、これからデバッグ作業を始めるといった具合だったのだ。


「冥府の竜王じゃよ。彼奴を倒さねば、すべての魔物や魔族達が人間に敵意を向ける。余はそれを止めたいのじゃ」


 俺の腕を掴む手の力が、少しずつ強くなってきた。


 熱がある。


 強い意志が伝わって来る。


「ベガリー?」

「頼む。魔王の勘じゃ、お主は頼りになる。余を助けてくれッ……」


 震える声。

 ゴブリン達に囲まれていた時とはまた違う、怯えた声だ。


 よくわからないが、俺はこの子の必死さに負けてしまうらしい。


「わかった」


 そう、負けたのだ。


 必死に頼まれ、俺は首を縦に振ってしまった。

 断れなかった。


「本当か!」


 パッと表情が明るくなり、ベガリーは俺の腕を掴みながら、その場でうさぎのように跳ね上がる。


「ああ。俺のレベル上げにも付き合ってもらうぞ」


 NPCの仲間入り、しかも魔王か。

 随分と大胆なイベントを設定したものだ、こんなシナリオだったかな?


「余はベガじゃ。ライラ・ベガ! ベガリーで良いぞ」

「聞きましたよ。俺は」


 さて、キャラクターネームは何にしていたかな。


【[GM]Deneb TEAM・カイセイ】


「カイセイだ」


 キャラクターネームがそのまま伝わらない仕様で助かった。

 会社で作ったアカウントだからな、名前は変えられない。


「ふむ、カイセイか。よろしく頼む!」

「よろしくお願いします」

「堅っ苦しいのぅ。もう少し砕けた口調で構わん。我らはもう仲間だぞ」


 不満げな視線と口調を投げつけられ、俺は少し悩んでから。


「なら、よろしく。こうか?」

「よし」


 満面の笑みで、仲間である魔王様は微笑んでくれた。

 見た目は完全な少女だ、子供の相手でもしている感覚に陥りそうになる。


「では行こうぞ! 打倒、冥府の竜王!」


 俺がマップを見ながら進行方向を決めようとしていた矢先、ベガリーは見当違いな方向へと進み始めた。


「って、オイ! そっちは森の奥だ、出口はこっち!」


 訂正、これは子守りだ。

 こうして、俺達二人は仲間となった。――なってしまったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る