第3話「メッセージと分かれ道の先に」

 森を出る頃には、職業レベルがいくつか上がっていた。


 道端でバグを見つける度に修正していたのだ。


 同じようなバグしかなかったゆえ、最後にはコードを貼り付けるだけの作業と化した。


「さっきから何をしとるんじゃ?」


 ベガリーは度々立ち止まる俺を疑問視していた。


 説明してもよかったが、バッグに入っていたお菓子系のアイテムで誤魔化すのが一番後腐れないと学んだ。


「なんでもない。ビスケット食べるか?」

「おお、もらうぞ!」


 ちなみにこれはベガリーのMP回復も兼ねている。


 ビスケットひとつでMPは五十ほど回復する。


 実にデグレードされたベガリー十人分のMPだ。

 さっきも渡して食べていたので、ベガリーのMPは全快している。

 今のこいつにとっては、とんでもない贅沢品だ。


「森を出てすぐに三叉路がある。分かれ道だ」

「どちらに行くか、決めておるのか?」


 これに対しての答えはイエスだ。


「近くに村があるけど、用事はないな」


 右に行けば、小さな廃村があったはずだ。

 アイテムが回収できるくらいで大きなイベントは発生しないはずだ。


「残りは大きな街へ向かうルートだ。一つは鉱山を通って行く近道、もう一つは遠回りの道だ」


 レベリングを兼ねていくなら鉱山だけど、強い敵が多い。

 遠回りしていくか。


「ベガリー、遠回りだ。危険度も少ない」

「なんじゃ、そんなへっぴり腰では冥府の竜王なんて倒せんぞ」


 お前のMP不足を解消しないと鉱山を踏破できないんだよ。


「いいんだよ、戦力不足だ。だからこっちに」


 俺の言葉を遮るように、電子音が鳴り響く。


「どうした、カイセイ」


 この音はベガリーには聞こえない。

 メッセージの着信音だ。

 戦闘中やムービーであれば、この着信はプレイヤーがわかるように鳴る。


「ちょっと待ってくれ」


 急ぎ、確認する。

 しまった。とっととログアウトするべきだったか。


 ついデバッグ作業に熱中していた。

 ゲーム自体も退屈なものじゃない、これは猛省せねばならん。

 どうせ早く戻ってこいとお叱りのメッセージだろう。


 電源も復旧しただろうし。


「ん?」


 メッセージの送り主は『テルスピア・オンライン開発チーム』だった。

 内容は、


「ミギヘムカウ ユウシャヲ サガセ」


 右へ向かう。勇者を探せ。


 カタカナとスペースだけで構成されたメッセージ。

 総文字数はスペースを含めて十六文字の短いものだが、異様な不気味さを放っていた。


「イタズラにしちゃ、手が込み過ぎてないか? 先輩達……」


 俺はこの会社で一番の新人だ。

 これが新人弄りの習慣であれば、これ以上のドッキリはない。


 幼馴染みのイタズラでもないだろう。

 あいつの性格からして、こんなイタズラに繋がる行動は出てこない。


 何にしても、そろそろ付き合い切れなくなってきた。


 一旦ログアウトして、会社のオフィスで業務整理がしたい。


 サーバーの停電についても気になる。

 こちらからメールを送り続けても、届いたメッセージはさっきの片言メールのみ。


 本当ならすぐログアウトしてもよかったんだが……。


 大きなマシンでVRMMOをプレイしている場合、停電直後のログアウトは脳にダメージがあると聴いたことがある。

 俺が今使用しているのは、開発兼業務用のカプセル型のマシンだ。


 そろそろ電源も復旧した頃だろう。


「あれ?」


 メインメニューから、設定に進み、ログアウト。

 この順番にあるはずの、そのボタンがない。


「ログアウトできない?」


 おい、マジかよ。


「は?」


 ログアウトボタンがない、こんなセリフを言う日が来るなんて思わなかった。


「カイセイ?」


 ベガリーが、項垂れた俺の顔を覗き込んでくる。

 無邪気な顔だ。


 これはイタズラなんかじゃ済まされないぞ。


 それとも、バグか?

 メインメニューのバグは致命的だ、今頃社内は大混乱だろうな。

 あー、だから連絡がないのか。

 アップデート直後である事も重なって、社内はきっと新人くんに構っていられないくらいのデスマーチ中であると?


 でも、ログイン人数がゼロってのは?

 表記がイカれていただけかと思ったが、もしかして俺がログインしているって認識すらされていない?


 それなら、ログアウトボタンが存在しないのはなぜだ?

 認識してないのなら、ログアウトはあるけど押せないと言う形になるはずだ。


 こうしてゲームをプレイしているのはなぜだ?


 いったい、誰が――


「カイセイ!」

「え」


 ベガリーの声で、我に返った。


「悪い。ちょっと考え事してた」

「だいぶ顔色が悪いな、休むか?」

「……いや、大丈夫だ。行こう」


 NPCに心配されるなんてな。


「ん? 右へ行くのか? 用事はないと言うておったのに」

「今できたんだ」


 それから、歩いて五分といったところか。

 俺達は小さな村へと辿り着いた。


 そこは廃村などではなく、ごく小さな村ではあったが人々が生活していた。


「資料で見たのと違うな、森と鉱山の間にあるのは廃村だったはずだ……」


 森と鉱山の間にある村。

 ここは物語が始まる前は栄えている村だった、と言う設定だ。


 鉱山の資源が大きな戦いと爆発で消失してしまってからは村としての収入もなく、打ち捨てられた。


 そんな文章を資料で読んでいたんだが?


 村の様子はそんな事情を感じさせないくらいに活気づいている。


「ほー。さすがは鉱山の村じゃな」

「ここ、こんなに活気づいていたか?」

「何を言うておる。ここは昔から変わっておらんはずじゃぞ」


 昔から、変わっていない。

 資料と違う村。今と昔。


 バグですべて説明するには、今俺がプレイしているゲームは不可解な点が多すぎる。


「そうだったか」


 今は、ベガリーに話を合わせておこう。


「人を探そう。勇者だ、そいつに用事がある」

「勇者か。しかし、どいつじゃ?」


 勇者は見た目ではわからない。

 職業のカテゴリーに勇者が存在するだけで、見た目は戦士系から魔法使い系へと多岐に渡る。


 NPCに適正がある人物もおり、自覚がないものは村人のままの姿でいたりもする。


「お、一人おったぞ。勇者じゃ」


 ベガリーが指差したのは、村の中央。公園のような広間だった。


 そこには緑に囲まれた庭園と、それとは不揃いな大きな檻がある。


「…………」


 檻の中には、一人の少女がいた。

 歳は十六ほど。発育は良い方だが、まともな食事をしていないのかやせ細っている。


 長くて赤い髪はボサボサで、目の中に光はない。


 ずっと膝を抱えて、足元を見つめている。


「……≪アクセス≫」


【アクィラ・アルタ レベル8 職業:村人】

【スキル 勇者の託宣(勇者として生まれた才能の証)】


 檻の中で発見した勇者は、まだ村人のまま。

 俺達は導かれるように、彼女と巡り合った。


 誰に導かれたのか、俺はこの時知る由もなかった。

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