第1話『≪アクセス≫とライラ・ベガ』

 この森は、プレイヤーが最初に足を踏み入れる場所である。


 イベントが発生する特定箇所以外でモンスターの出現しない設定になっている。


 初心者に向けたチュートリアルで安心して歩けるマップだ。


 そのはずなのだが、こうして「戦闘がこれから行われます」といった雰囲気がこの先から漂って来る。


「や、やめんか、お前ら! やめるのじゃ!」


 その声は、唐突に聞こえて来た。


 女性の声。それも甲高く透き通った子供の声。


 口調は育ちが良さそうと言うか、古風なお嬢様?


 俗に言うところ、のじゃロリ口調と表現するべきか。


 茂みから覗き込むと、その声の主はすぐに誰かわかった。


 少女だ。年齢は十歳前後。


 これまた木の枝のような小さな杖を構えながら、何かを叫んでいた。


 枝先から数メートルの距離には、ゴブリンが四体。

 ゴブリン、小汚い小鬼達だ。

 雑魚オブ雑魚、お決まりのモンスターだな。


「ええい、紅蓮の業火にて灰燼となれ! ≪インフェルノ≫!」


 ……。

 …………。


 インフェルノ。

 炎属性の最高位に該当する魔法だが、そんなものは一切発動せずに少女の透き通った声だけが森に広がっていく。


 ちなみに少女の呪文は間違っていない。


「ああもう! なぜじゃ! 怒りをくべろ! ≪ボルケーノ・ストライク≫!」


 ……。これは同じ炎属性の中級魔法だったか?


 発動していれば初期マップに出てくるゴブリンなど文字通り灰と経験値になっていただろう。


 しかし、ゴブリンは四体とも無傷で少女の前に立っている。


 またしても少女の魔法は発動しなかった。

 そもそも本当に扱えるのかは不明だが、その魔法は発動する兆しさえ見えない。


「な、なぜじゃ?」


 ふざけている? 演技か?

 いや、それもないか。


 ゴブリンとは言え、自分の命を狙って来るモンスターを相手にそんな余裕はないはずだ。


(こんなイベントあったかな?)


 まずは彼女を助けよう。


「イベントフラグ、立てるとしますか」


 こういうゲームでは、NPCと関わってイベントを進めるのが最優先だと相場が決まっている。


 襲われているやつは、助けるに限る。


 無造作に茂みから飛び出し、俺はゴブリン達の注意を惹き付けるように叫ぶ。


「≪アクセス≫!」


 スキルの発動は口頭での宣言によって発動するのがこのゲームの基本となる。

 その例に漏れず、仕様外のスキル≪アクセス≫は無事に発動した。


 一部の視界が歪み、ゴブリン達のグラフィックがブレる。


【ゴブリン Lv.2 装備:小さな棍棒 スキル:なし】

【ゴブリン Lv.2 装備:小さな棍棒 スキル:なし】

【ゴブリン Lv.2 装備:小さな棍棒 スキル:なし】

【ゴブリンリーダー Lv.4 装備:立派な棍棒 スキル:リーダーシップ】


 小さなウィンドウでステータス画面が視界に四つ出現。

 それぞれがモンスター達に紐付けられた。


 ゴブリンリーダーは先頭に立つ大きな体格の持ち主で、他のゴブリンと比べると持っている武器も少し立派だ。


「な、なんじゃ?」


 この女の子は魔法が使えないところを見ると戦力外。


 俺も丸腰だ。

 最弱の敵モンスターであるゴブリンとはいえ、初期レベルで武器もなしに四体を相手するのは厳しい。


「……?」


 ゴブリン達もいきなり現れた俺に一瞬戸惑っていたようだ。

 邪魔をするなら俺に対しても容赦はしない姿勢を見せて威嚇してくる。


 しかし、俺だって勝算もなく前に出て来たわけじゃない。


 アクセス。

 この『魔法』の機能をすべて理解したわけではないが、面白いシステムに気が付いた。


 魔法スキルの説明には、こう書かれている。


『キャラクター、モンスターのステータスを表示して干渉できる。』


 そう、干渉だ。

 出現したウィンドウに映る敵モンスターの装備欄、そこに触れられるのを確認。


 ゴブリンの小さな棍棒を示しているアイコンに触れて、弾くように指を振る。


「ギっ……!」


 小さな驚嘆の声は、俺の指が跳ねるのと同時に沸き上がった。


 一匹のゴブリンが持つ棍棒は、彼の手から弾かれるように宙へと放たれた。

 床へと転がり落ちていくのと同時に、取り巻きのゴブリン達が持っていた二つの棍棒も振り落とした。


「ギギっ!」


 これで最後。

 このゴブリンリーダーが持っている立派な棍棒を、俺の装備欄へと『引きずるように移動』させる。


 ドラッグ、成功。


「……ギッ?」


 ゴブリンリーダーは、自分の手元を不思議そうに見つめていた。


 先ほどまでゴブリンリーダーが持っていた立派な棍棒は、目の前にいる人間の手に握られていたのだから。


 瞬きでもしたような、そんな刹那の間に。


 俺はゴブリン達が背中を見せて逃げようとする前に駆け出し、ゴブリン達に向けてその棍棒を振りかぶった。


 ゴブリン四体を殲滅。

 強力な武器を奪取し、俺は完勝と呼ぶに相応しい戦果を上げた。


「よし」


 俺はほぼ初期レベルであるにも関わらず、複数体との戦闘で優位に立てた。


 ワールドデバッガーとやらの職業レベルは上がらなかったが、キャラクターレベルが上がる経験値も手に入った。


 これもこのスキルのおかげだな。


 アクセス。

 ステータスに干渉できるスキルとしか書かれていなかった為、どんな効果なのか不明だった。


 まさか相手の武器装備を無効にして、それを奪うことまで出来るとは思わなかった。


「おい、大丈夫か?」


 尻もちをつき、こちらを眺めていた魔法不発少女に手を差し出す。


「すまん。礼を言う。余はベガ。ライラ・ベガじゃ!」


 少女はその小さな胸を張りながら立ち上がり、確かにそう名乗った。


「ベガリーで良いぞ!」


 ライラ・ベガ。ベガリー。

 これも資料か何かで見たような気がする。


「ああ、よろしく。ベガリー。魔法が使えないのか?」

「うむ。今朝から妙に調子が悪くてのう、初級魔法一回で魔力切れじゃ」


 試してみるか。


「≪アクセス≫」


 対象は目の前にいる少女だ。


【名称:ライラ・ベガ Lv.4 職業:魔王(Lv.1)】


「は? 魔王?」

「ほう、よく見ておる。その通り。余こそが魔王、ライラ・ベガである! ベガリーで良いぞ」


 それはさっき聞いたよ。

 さて、続きのステータスは?


【オーバーロード】

 大幅な魔力増強。超身体能力強化。聖属性以外の魔法取得。

【ソウルデグレード】

 MP低下(極)。


 あれ。デバフスキルだよな、これ?

 ここで、俺はスルーしていた表記に視線を送る。

 キャラクターのステータス、現在のライフポイントのすぐ下にある数字である。

 主にここは魔法を使用したり、スキルを使用したりする際に消費するポイントだ。


【MP2/5】


 MPがたったの……五?

 こんな数値じゃ、初級魔法を一度使えば素寒貧じゃないか。


「ええ……」


 この魔王、頼りなさすぎだろ。

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