異世界侵食のワールドデバッグ

太刀河ユイ/(V名義)飛竜院在九

繝励Ο繝ュ繝シ繧ー『歩くような速さで始まる物語』

 見覚えのある森の風景。


 それが会社で見た資料に載っていた森だと気付くのに、大した時間はかからなかった。


 この森は自分を雇った会社が開発したVRMMORPG『テルスピア・オンライン』の内部である。


 今日はその『テルスピア・オンライン』の大型アップデートが行われる日だ。


 俺は新しいバージョンのデバッグ作業を兼ねて、ログインルームからゲーム世界へとダイブしていた。


 しかし、ダイブした直後にサーバールームで停電が発生。


 タイトル画面を視認した瞬間、俺の意識は途切れた。


 気付けば、こんな森の中だ。


 仕様通りであれば、意識がハッキリしてからチュートリアルが直接頭の中に響いてくる。


 今回の場合であれば、大型アップデートの内容だな。


 追加されたマップ、ダンジョンの情報、レベル上限の更新など。


 通常のアップデートよりも内容量は多いから、最速でメッセージをスキップしても五秒はかかる。


 気付かない間にスキップした覚えもない。


「これもバグか? 修正する箇所は多そうだな」


 自分の仕事がまた一つ増えた。つい溜息が漏れる。


 この会社に雇われたのは、こんなバグが次々と生まれる現状に悲鳴をあげたプログラマー達の代役を引き受けた為だ。


 俺は知り合いから紹介と推薦を受け、高い給料に釣られて二つ返事で承諾してしまった。


 だが、ここのプログラマーはゲームのバグが原因で何人も退職してしまったと聞いたのはその後の事。


 何も知らない。


 俺は自分にそう言い聞かせながら、このまま作業を進めはじめた。


 俺の腕にはゲーム内に持ち込める作業用のノートパソコンが抱えられている。


 これでゲーム内の資料を閲覧したり、バグを修正したりもできる。


 適当な岩場に腰を降ろし、畳まれているノートパソコンを開く。


 テキストアプリを起動。修正箇所をメモしていく。


 剣と魔法のファンタジー世界には似つかわしくない代物と光景だが、必要ならゲーム内でも仕事が可能である。


 このノートパソコンは常に認証機能が働いていて、俺以外には扱えない。


 キチンと機能していれば、の話だけどな。


 手頃なところから始めるか。


 視界の端に『それ』を見つけた。


 茂みのテクスチャが剝がれており、緑のグラフィックには歪んだ影が落ちていた。


 モザイク処理でもされたかのようなブロックノイズも混じっている。


 プログラムの不具合から生まれた『バグ』の一種だ。


「ここだけコードが文字化けしているのか?」


 原因は不明だが、茂みの部分に重なっているプログラムコードが文字化けしていてキチンと表示されていない。


 これを仕様通りに修正し、改めて出力させる。


 コイツの修正はそれほど難しくはない。


 ゲーム内のオブジェクトはそれぞれ独立していて、プログラムコードが組み込まれている。


 それを正しい文字列に戻してやればいい。


 書き直されたコードを読み取った『世界』は、その通りに事象を再構築する。


 再出力された茂みは一瞬だけ青白く発光し、本来の色に戻っていく。


 文字化けでプログラムのコードが機能していないとなると、他にもいろんなバグが発生している事だろう。


 次はどんなバグに会えることやら。


 俺がそんな不安の中で溜息をつくも、それを中断させるようにアナウンスが鳴り響く。


【ワールドデバッガーの職業レベルが上がりました。】

【『魔法:アクセス』が解放されました。】

【レベル5以下の対象に使用が可能になりました。】


「えっ?」


 聞き慣れない単語が耳に入り、思わずチャット形式の履歴機能を確認する。


 聞き間違いじゃない。


 アナウンスは、確かにそう発言していた。


 なんだ、これ。


 ワールドデバッガー?


 こんな職業、このゲームあったか?


 存在しないはずの仕様に困惑するものの、まずはデータの確認だ。


『職業:ワールドデバッガー』

『世界修正者。創造主の遣いとして降臨した存在。』


 冗談のようなテキストも、このゲームに合わせて書かれているのが実に腹立たしい。


「誰が仕込んだ、こんなイタズラ」


 イタズラ。そう、イタズラだ。


 ゲームのプログラムは何人ものプログラマーが担当している。


 既に会社を退職した者も合わせ、少しでも関わった者をカウントするなら三十人ほどか。


 誰がこんな事をしたのか、それを追求するのはまた今度にしよう。


 どんな動作になるのか、それを検証して確認してみなければ修正もできない。


 マップでモンスターがポップしそうな場所を探そう。


 開発者用に表示されるマップは通常プレイヤーが使っている機能の他にNPCとモンスターの位置が表示される。


 その近くにモンスターが数体。NPCの周りに集まっている。


 襲われている?


 今回のアップデートで追加されたNPC救出系のイベントか。


 こんなバグが溢れたゲームを見ているとイベントがキチンと進んでいってくれるのか、不安で仕方ない。


 マップ上で確認できるデータの中には、現在ログインしているプレイヤーの数と位置も表示できる。


 だが、これもバグなのか機能していないらしい。


【現在のログイン人数:0人】


 これはあり得ないだろ。

 アップデート直後だぞ?


 表記のバグか、機能自体が死んでいるのか。

 ここもあとでチェックしないと。


 再びNPCの位置を確認、そいつを取り囲んでいるモンスターの元へと歩を進めていく。


 これが、俺――白鳥改星しらとりかいせいが歩み出した最初の物語。

 世界を修正する為に動き出した、その最初の歩み。

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