第34話 鉄の方舟
人間の実。
間違いないだろう。五~六歳の子供がちょうど収まる……そんな形と大きさだった。
これが、この遺伝子伝搬船の人間保育システムなのだ。赤ん坊を異世界に放り出すリスクを避け、養育が比較的簡単になるまで実の中で育てる。
大昔の人間たちはバイオテクノロジーを駆使して人間が成る木を作りだしたのだ。
それだけではない。
霧香はふたたび植物の大ドームを見渡した。この植物じたいが有機コンピューターか、なにかそのようなシステムなのかも知れない。
考え方としては合理的だった。科学者たちは機械の耐用年数限界を考え、もっと永続的な機械的植民システムを考案した……それがこのバイオシステムだ。植物として生育する機械。人工知能とシステムじたいを一石二鳥で作り上げ、それは水と光と大気、土壌があれば勝手に育ちはじめ、やがて自己生成修復を繰り返す。
合理的で残酷だ。
かつてこのシステムを考え出した連中より新しい世代の人間として、女として、情緒的嫌悪に駆られているだけかもしれない……。
だけどこれはあまりにも割り切りすぎている。木の実から人間があんなにたくさん生まれてしまったのに、どうするつもりなのよ!
霧香は言葉にならない無情を感じて首を振った。
有機素材の人間の実は朽ちかけているものもあったが、真新しい実もあった。つい最近も人間をこのようなかたちで生み出していたのだ。おそらく……何らかの原因で自然な繁殖がままならないのか。人口増加せず赤ん坊もいないのはそんな理由だろう。
もうそろそろ、くよくよ考えている場合ではないかも知れない。
タコムでドロイドのコマンドラインを呼び出すと、ありがたいことにまだ繋がっていた。霧香は「殉死」と見なされていないようだ。04を選んで呼び出すと、間もなく要請に応じるアイコンが瞬いた。ドロイドたちはランドール中尉の指揮下で使役されている最中ではないらしい。
到着まで5分。意外と近くにいたようだ。無事飛んでこれるか……。
04の到着を待つあいだに周囲をまた調べた。
ぬかるんだ地面の一部が硬いものを踏みつけたので爪先で探ってみると、黒いケーブルだった。しゃがみ込んで手で探ると、熱を帯びていた。ケーブルの伸びている方向を辿ると、いっぽうは宇宙船の後部に、もういっぽうは格子状ドームの外に伸びている。
(見つけた)霧香はそう直感した。電源ケーブル。おそらくケーブルの先に繋がる対空レーザー砲台の電源だ。
霧香はパルスライフルを最大出力にしてケーブル焼いた。だがケーブルの皮膜はある種の絶縁体らしく、いくら照射しても簡単に分断しなかった。
霧香は舌打ちした。古いとは言えさすがに恒星間宇宙船の材料だ。一分ほどでパルスライフルの電力が尽き、急に周囲が静まりかえったように思えた。霧香は輻射熱で汗だくだった。
これではドロイドの武装でも切断は無理だろう。
背後に気配を感じて振り返ると、04が四つ足モードで歩み寄ってきた。
「よしよし」これでランドール中尉と通信可能になった。さっそく携帯端末で連絡を取った。
『少尉!無事だったか』
「ランドール中尉。そちらにシンシア・コレットがいますか?」
回線を通して溜息が伝わってきた。『いた。ちょっと前に姿を消したのよ……装備を回収するとか言って……』
霧香も溜息をついた。へんな疲労感を覚えた。
「またちょろちょろなにかしてるんですね……中尉、わたしは大昔に太陽系から撃ち出された遺伝子伝搬船らしき残骸のそばにいます」
『ついに発見したのか!コレット嬢にあらましは聞いている。その船の防衛システムがまだ生きているそうだな。切れそう?』
「まだなんとも……しかしシンシアが持っていた武装解除コードが働いているかもしれません。それさえ確認できれば……」
『できてるかもしれない。わたしは上と連絡を取った。現在二隻の船が静止軌道上に待機している。いまのところ得体の知れない電磁波は検知していないそうだ。わたしが安全確保を宣言すればすぐに降下艇を差し向けてわれわれを回収してくれる』
「そうですか。ブルックスさん……〈メアリーベル〉は無事か分かりますか?」
「ぴんぴんしていたよ。プラネットピースのちんぴらに銃で脅されていたそうだが、うっかり警告無しで加速して、その可哀相なちんぴらは20ヤードほど下の隔壁に転げ落ちたらしい」
「よかった」霧香はほっとため息をついた。
「だがまだ気を抜くな。できればすぐにそこから離れろ少尉。この台地はやっぱり大規模崩落の兆候を見せているそうだ。あなたがいま立っている谷底がその境界線なのだ」
最後にとびきりの悪い知らせだった。
「……了解です、中尉」
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