第35話  大移動

 霧香は04の背にまたがって帰り道を急いだ。五分ほどで集落に着いた。


 ヘンプ人たちは騒然としていた。

 ドローンが集落上空を飛び交っていた。もう霧香と04に眼もくれない。

 ヘンプ人たちのほうは霧香と恐ろしげな04の姿に驚き、騒乱に拍車がかかっただけだ。子供の泣き声とおろおろする女性、怒号。

 ありとあらゆる形状のドローンがポルトガル語と英語で呼びかけていた。

 「みなさん、支度を急ぐのです。われわれは南に移動します。いますぐ移動しなければなりません……」

 霧香は04から降りてドローンたちに協力した。間近に立ち尽くしていた女性の手を取り、肩に手をかけて話しかけた。

 「ねえ、あなたの名前は?」

 「エリー……デス」

 「わたしはマリオン、よろしくねエリー。やらなければいけないことは分かってる?」

 エリーはぼんやり頷いた。

 「それじゃあ、子供たちをつれて逃げよう。ほかの女の子たちにも呼びかけて、みんなで出掛けるのよ」

 霧香は泣いている五歳くらいの男の子を抱きかかえ、安心させるように背中を叩いた。そうしながらエリーを見ると、彼女も頷いて同じようにした。荷物を抱えてうろたえている別の女性の肩に手をかけてなにか言っていた。


 まもなく霧香とエリーを中心にして子供たちが集まり、集落の出口近くに秩序だった動きが形成された。村人が集結し、それを取り囲むようにドローンが集まった。

 「エリー、みんなと一緒に谷を上がって」吊り橋の向こうを指さした。「ずっとずっと歩いて、ここからできるだけはなれ、谷から遠ざかるのよ」

 ドローンの一団が先に移動を開始した。

 「ついていくのよ」

 ヘンプ人たちも吊り橋を渡りはじめた。霧香は全員が渡り終えるあいだに広場を見回した。

 「04,生体反応はある?」

04は広場に頭部を向けた。霧香はタコムのホロ画面を注視した。ヘンプ人たちは鶏まですべて持ち出している。集落は完全に無人だった。

 振り返ると、全員が吊り橋を渡りきったところだった。

 「わたしたちも行こう。04,あなたは重すぎて吊り橋を渡れないから、対岸まで飛んで」

 だが霧香が吊り橋を渡りはじめると同時に地面が揺れはじめた。

 激しい揺れで、霧香はその場に立ち往生するしかなかった。吊り橋が激しく揺すぶられ、立っていられなくなった。揺れが激しすぎて集落のほうに戻ることもできず、茫然と手摺の柵にしがみついていた。

 なんとなく現実離れしたばかばかしい気分だ。

 (そのうち収まる)と思った。だが揺れはますますひどくなり、吊り橋がぴんと張って霧香の身体を勢いよく持ち上げると、次の瞬間手摺がちぎれた。

 それから世界がラード漬けなったように緩慢になり、悪夢的なスローモーションで吊り橋が崩壊しはじめた。

 04が飛行モードで霧香の頭上を旋回していた。だがたわみ続ける吊り橋の上で揺すぶられて霧香は足を踏ん張ることができず、04に飛び移ることもできない。

 「ホワイトラブ少尉!」

 名前を呼ばれて霧香は上を見た。

 なにか大きな物体が頭上にのしかかっていた。それが気球のようなものだとわかり、ついでその気球からロープが垂れ下がっているのを見た。霧香はそのロープにほとんど倒れ込みながら手を伸ばし、掴んだ。

 気球は霧香を引っ張り上げて上昇した。

 ぶら下がった霧香の下で吊り橋が崩落した。その橋が落下するはずの川はいつの間にか姿を消し、底なしの深淵に変わっていた。地面の裂け目が広がっている。

 ロープにぶら下がったまま対岸に辿り着くと、霧香は地面に飛び降りた。足が笑っていて、よろめき手を付きそうになった。

 地震は収まっていた……だがかすかな振動は消えておらず、山鳴りも続いていた。頭上の気球を振り仰いだ。ゴンドラからシンシア・コレットが頭を突きだしていた。

 「ミス・コレット、おかげで助かった!」

 「借りは返さないとね……ホワイトラブ少尉。あんたも無事で良かった。危険だからこの気球に乗りなよ」

 「ヘンプ人……あの集落の住人たちを引率して安全な場所に移動させなくてはならない。あなたは先回りして、ランドール中尉に伝えて。降下艇を寄こすように。もう迎撃される心配はない」

 「分かったわ……連絡を絶やさないでよ。気をつけて」

 霧香は道を急いだ。

 ヘンプ人たちはさほど遠くない場所でうずくまっていた。霧香の姿をみとめて何人かが立ち上がった。

 「みんな!立ち上がって!歩くのよ」

 怯えきった人々を元気づけるのは容易ではなかったが、なんとかなだめすかして「あちらが安全だ」と示した。最後には恐怖よりも生存本能が勝り、ヘンプ人たちはぞろぞろ歩き出した。


 霧香は比較的恐れ知らずの幼い子供をふたり04の背中に乗せてあげて、列の先頭に立たせた。巨大なドロイドが安全だと分かると、子供たちは04を取り囲み、物珍しそうに眺めながら一緒に歩いた。代わる代わる交代で背中に乗せてあげた。

 狭い階段を進むため列の進行はじれったいほど遅かったが、一時間ほどで谷底から盆地に抜け出した。

 見晴らしの良い場所に出た一行はしばしその場に立ち竦んだ。地形が様変わりしていた。集落のむこう側に存在していたはずの峰が丸ごと無くなっていた。

「さあみんな、もっとあちらに行くのよ!」霧香は南を指さした。「谷から離れなくては」

 誰かが叫んだ。「ミテ!」

 霧香はみなが注目するほうに振り返った。昼に出発した男性の一団が帰ってきたのだ。

 やはり異変を感じて帰ってきたのだろう。それともプローブが呼び戻したのかもしれない。

 かれらが再開を喜びあい、次にどうすべきか相談するあいだに、霧香は04にその場の様子を記録させた。輸送船に乗せる人数を把握させるためだ。記録はランドール中尉に送信した。


 ヘンプ人たちは「移住」させられるだろう。かれらが好むかどうかにかかわらず、強制的にこの惑星から退去させられるはずだ。


 むろん、長期的に見ればそのほうが良い。彼らは間もなく優秀な保護者を失うからだ。

 それでも住み慣れた土地を追い出され、得体の知れない異世界に無理やり連れ去られるのは嫌だろう。

 別の世界なんて行きたくない……霧香は彼らがそう言い出すのを恐れた。そうした心情に反対するには大いに気力が要る。

 彼らのアフターケアもGPDが取り仕切るよう働きかけるべきだ。それなら少なくとも、彼らはタウ・ケティ・マイナーに移送され、手厚く、そして進歩的な保護を受けられる。どこぞの収容所に押し込まれたまま研究者の観察対象にされたり厄介者扱いされ、忘れ去られるべきではない。

 彼らに入れ込みすぎているだろうか。

 たぶんそうだ。霧香は首を振った。これから先のことは新米少尉の出る幕ではない。だいたい「これから先」がどうなるのかぜんぜん分からないのに。

 ヘンプ人の大人たちと相談して、行く先を決めた。霧香はエルドラド台地の立体地図をオープン表示させ、村長らに広い平地に行くよう促した。宇宙船が着陸できる場所だ。

 ルート選択は彼らに任せたほうが良い。なんと言っても安全地帯を熟知している……砲弾のような種子が飛んでこないところだ。

 霧香は一行のしんがりを努めた。

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