第29話 真相

 「話せば長い話よ。あんたも聞いたことあるでしょう?暗黒時代、ワープ技術が確立する直前の、狂乱的宇宙進出競争について」

 「24世紀?――ありとあらゆる国、企業宗教団体とかが欧州連合製や米国製ロケットを買って、なりふり構わずといった具合で太陽系から脱出しようとした?」

 「その時代。ほとんどの船は妨害を避けるために極秘計画で打ち上げられて、おかげでいまでは記録も残ってない。無事どこかに辿り着いたという記録もほぼ皆無……」

 霧香は頷いた。

 ワープテクノロジーが確立する直前のわずか一世紀。人類は核融合推進や反物質ロケット、バザードラムジェットを組み合わせた亜光速船を作って太陽系外に進出しようとしたのだ。

 人類滅亡までわずかと人々がなかば確信していた時代だ。多少無理のある計画でも地球で燻り続けるよりはましと思われていたのだ。


 「だけど一年前、ある商船がね、お隣のグリーゼ832星系で信号を拾ったの。意味不明なシグナルだったけど、そういうのは出すとこに出せばそれなりに値段が付く。抜け目のない船長がその信号記録をオークションにかけた。わたしの会社……と言うかわたしがそれを競り落とした。そしてその信号を専門業者の分析に出した。ところが……」

 「邪魔が入った?」

 「正解!分析業者のばかな奴がそれを横流ししようとした。だけど相手が悪かったの……。マフィアに売りつけようとしたのよ。そいつは痛い目に遭い、信号データも盗まれちゃった。そのときには解析は終わっていて、古いスターシップのシグナルだと判明していた。適切なコードを逆送信してあげれば信号元の船が大声で歌い出し、船の居所が分かるはずだった。わたしは追いかけたわ。それで、わたしの宝を横取りしたのがプラネットピースのサリー・ヘラルドだと知り、信号の出所ヘンプⅢに向かおうとしてたので後を追いかけた……」

 「それでサリーたちからデータを盗み返したってわけ?」

 「その通り。やつらが恒星間連絡船の酒場で豪遊しているときにあの汚い船に忍びこんで……大変だったんだから」

 「ずいぶん大胆だこと……」

 「わたしはそのまま偽の情報を置いて船から逃げて、タウ・ケティ経由でここに来た。やつらはわたしがエリダヌスに逃げたと思い込んだはず。それで一週間くらい時間が稼げる……」

 「で、ヘンプⅢに到着早々シグナルを送信してみた。そしてヘンプⅢに接近したとたんあなたは攻撃され、遭難したのか……」霧香は溜息をついた。

 「まあね」

 「そろそろ聞かせてよ。その船はなんだったの?」

 「ああ……教えてあげるけどさ、口外無用だからね?」

 「分かったわよ」

 「あの信号は古い暗号コードで、いわば任務完了を知らせるためのものだった」

 「それは、ひょっとしてけっこうすごい話ね……」

 「でしょでしょ?それでね、データベースを洗い出したら、まあ技術的なあれこれは省くけど、7世紀前に打ち上げられた亜光速船のものだと分かったの。どこの国が打ち上げたのか……。とにかく無事任務を達成して、このヘンプⅢに辿り着いた船があったのよ。わたしはその宇宙船を探しに来たの。古き北アメリカ製のプロトコルで、ちゃんとしたコードを送り返せば応答してくれるはずだった……」

 霧香は立ち止まった。

 「……ってことは、つまり……」

 シンシアも数歩先で立ち止まり、黙って霧香の次の言葉を待った。

 「……あなた、間違ったコードを送信したの?」

 「ご名答……」苦い笑みを浮かべて人差し指を振った。

 「まったくもう!」

 霧香は憮然とした顔でふたたび歩きだした。「それで、ヘンプⅢに漂着したその古い宇宙船はおそらく、フル警戒モードに移行してしまったのか……」

 「どうやらそのようね。おかげで遭難しちゃった……」

 「そう……まあ元気そうでなにより」

 霧香はこの野心満々の女性の気楽そうな態度に呆れながら言った。「それで、宇宙船の正体は判明した?」

 「まだ宇宙船そのものは見ていないのよ……でもあの集落のそばにあるのは間違いない。メカユニットが飛び出してきたあたりよ。もうどんな船かは見当付くわよね?」

 「遺伝子伝搬船」

 「そう!正真正銘、極めつけのヴィンテージテクノロジー。成功例は初めて確認されたんじゃないかしら。大センセーション間違いなし!」


 シンシアの声は弾んでいた。無理もない。

 遠い昔に難破した自動探査船が発見された、というニュースはごく稀にあるが、完全自動の遺伝子伝搬船が数世紀間機能し続け、処女惑星で人類の子孫を作りだしていた、というのはおそらく初めてだろう。世界的なニュースとなるに違いない。ただし……。

 「この星から脱出できればだけどね……」

 「なに言ってるのよ。あんた連れ戻しに来てくれたんでしょ?宇宙船はどこに置いてあるの?」

 「残念だけどわたしも墜落したの。救助隊はいつ来るか分からない」

 「冗談でしょ!?」

 「冗談じゃありません」

 「どうすんのよ……」

 「ある程度通信はできてる。だから問題は上が、いつ救助船を派遣してくれるかよ。だけどそれにはまず、あなたが揺り起こしちゃったフル警戒モードを解かないと」

 「なんか……頼りない話だなあ……」

 「悪かったわね」

霧香は立ち止まった。谷底が急速に狭まりつつある。そして下流からなにやら轟々という音が響いてくる。

 「どうも、行き止まりっぽい」

 「音から察するに、奥は滝みたいね……」

 「滝か……あのバリケードは、子供がこちら側に行かないようにするためのものだったのね……」

 「なるほど……どうするの?」

 背後を振り返った。追っ手はまだ見えない。

 「もう少し進んでみる」

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