第28話 逃走
「え?ちょっと!」
霧香はシンシアと背後を見回した。吊り橋を渡ってこちらに向かってくる原住民の姿が見えた。慌ててシンシアのあとを追った。
「04,敵が追ってくる。わたしたちは撤退する。援護しながら撤退よ!」霧香はタコムを介さずただ叫んだ。30ヤード離れた04には聞こえたはずだ。
霧香の大ざっぱな指示を04がどう解釈したか定かではないが、間もなく機動モードに変形した04が空中に躍り上がりながら霧香の頭上を飛び越え、ターンして、飛来するメカに向かった。
「わたしたちを追ってくる人間に危害を加えないでね!」
走りながら霧香は04に指示を追加した。もとよりGPDが装備するロボットは人間を殺傷するようにできていないが、念には念を入れてだ。
それからシダ植物が生い茂るゴツゴツした岩場を懸命に這い上がり、シンシア・コレットの背後に追いついた。
「あなた!シンシア・コレット?」
「そうよ!」シンシアはちょっとだけ霧香に振り返って答えた。「あんたは?」
「霧香=マリオン・ホワイトラブ。GPDよ」
「GPD!?」シンシアが面白そうに繰り返した。
「はいはい」
「知らない子ね。ジェシカ・ランドール中尉はどうしたのよ」
「六日前あなたを救出するため降下したわよ!それで大けがしたんだから!」
「えっ!?」シンシアはほとんど立ち止まりそうになった。霧香は「とっとと行って!」というように手を振った。
「それは申し訳ないことしたわ……わざわざわたしのために」
「謝罪は本人に言って。近くにいるはずだから」
頭上でメカ同士の戦いが始まっていた。ランドール中尉も気付いたことだろう。それにしても敵の数が多すぎる。火力は04のほうが勝っているが、数で圧倒されそうだ。
「あの一機だけでも手に入れば助かるんだけど……」
「なぜ?」
「インターフェイスを通じてマザー……やつらを操っているメインフレームにアクセスできるかもしれないからよ」
「なるほど……ところでわたしたちどこに向かって逃げてるのよ?」
「知るもんですか……あんたは?」
「なによ!やみくもに逃げ回ってるだけ!?」
「どうしろってのよ!?」
「ああもう!」霧香は叫んだ。「わたしに付いてきなさい!」そう言うなりシンシアを追い抜いた。
絶壁を左に見ながら平行に走った。行く手の谷底はだんだん狭まり、分岐している。袋小路になっていないことを祈りながら川がある左のほうに向かった。だが間もなく草木はまばらになり、視界が開けた河原に出てしまった。走りやすくなったのは良いが追っ手からは丸見えだ。
シンシアが後ろから尋ねた。「これが良い計画?」
「うるさい」
霧香は立ち止まり、シンシアに「先に行って!」と指示した。それから振り返ってライフルを構えた。インジケーターをチラッと見て、装填されている弾種を確認した。散弾と小型留弾が込められていた。留弾を選択した。立て続けに三発、追っ手がやってくる方向に発砲した。派手な爆発が起こり、オレンジ色の火球と黒煙が立ちのぼった。
霧香はふたたびシンシアを追って走った。いまの爆発に追っ手がたじろぎ、追跡の足が鈍ることを期待した。
やがて行く手が竹のバリケードに遮られた。ふたりは立ち止まり、背後を見た。追っ手の姿はまだ見えない。
彼らが狩りで生活していたとは思えない。獲物が存在していないからだ。
効率的な追跡の経験はないかも知れない。
だとしたら、このバリケードはなにか?害獣の侵入を阻止するためでないとしたら……。
バリケードが築かれているのは川岸だけだ。だが川は5フィートほど垂直に落ち込んだところを流れていた。飛び込んだら這い上がるのに苦労しそうだった。
「この先に行きましょう」霧香はナイフを取りだし、バリケードを縛る荒縄を切った。竹を寄り合わせているのはアシ植物の荒縄だから簡単にばらばらになった。竹を蹴って倒し、ひとりぶんの道を造った。ふたりはそれを通り抜けてふたたび走った。
一マイルほど走り続けるとシンシアが不平を訴えた。
「ねえそろそろ止まらない!?追っ手の姿はないし……」
「まだよ」
それでも歩調は少しゆるめた。霧香は後ろの気配に耳を傾けながら川岸を進み続けた。頭上になにか飛んでいるのに気付いて立ち止まった。霧香はライフルを構えた。ホワイトの球体が数個、頭上30フィートくらいの高さに浮かんでいた。直径は10インチほどだろうか。
「待って!撃っちゃだめ!」
霧香はライフルを降ろしてシンシアを見た。
「あれわたしのなの!ステレオ記録ポッドよ」
「記録用ポッドって……」
「つまり撮影機材に過ぎないの。音声と立体映像だけだけど」
「なに?それじゃあ、ずっと撮影してたの……?」
「そうよ」
「呆れた」霧香たちはふたたび進み始めた。「いったいなにしてるのよ?」
「わたしはメディアプランナーなのよ。いまはこの星のいろいろをああして記録してるの」
「なんのために?」
「ネットワーク用のプログラム作り。ソフトを作って流すのよ。分かるでしょ?ヒットすれば人類領域全体に売れる。何十億何百億の視聴者」
霧香の繰り出す質問にシンシアは嬉々として答え続けた。
おそらく何日も孤独に過ごしたあとなので、少し饒舌になっている。良い機会だからいろいろ聞き出したかった。あとあと尋問で口をつぐんでしまうと面倒だった。
慎重に話を促した。
「なるほど。それでどうしてヘンプⅢに来たわけ?」
シンシアは真相に近いものを語りはじめた。
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