第24話 豪雨


 崖沿いに半マイルほど移動すると水流の音が聞こえた。

 川が谷底に流れ込み、滝になっていた。サッカーボール大の岩石を頂いた高さ6フィートの円錐状の小山が何百と並んでいる奇妙な地形だ。視界は効かないがそのぶんはロボットのセンサーに期待できそうだ。

 川沿いに進むとすこし開けた平地に出たので、霧香はテントを張り。02が器用に腰を屈めてランドールを中に納めた。彼女はすでに眠っていた。


 夜明け前に雨が降り出した。ひどい土砂降りだった。

 ロボットの背中の収納庫にはいろいろな道具が納められていた。その中に15フィート四方のポリマーシートがあったので、霧香はそのシートでサボテンのあいだに天幕を張った。

 信じられないような激しい豪雨で、大粒の雨だれがテントを叩きつける音がすさまじく、会話する気になれないほどだ。あたりの様子も霞んでほとんど分からない。天幕のおかげでようやくいくらか雨音が遠のき、一息つくことができた。

 予備の医療パッドもあったので、ランドールの太腿にあてがった。

 本格的な低気圧が到来したようで、あたりの気温が急激に低下していた。


 外で作業したついでに素っ裸になり、自然のシャワーを浴びた。GPDのコスモストリングはほとんど裸同然だが、こうした激しい雨だとリフレクション型フォースフィールドが働いてしまうので、装着したままではろくに濡れないのだ。

 危険行為なうえに土壌も汚染してしまうだろうが、もう半分ヤケになっていた。どうせほかにも大勢人間がいるのだ。

 異世界であれ雨は大気中で凝縮した水分だ。ヘンプⅢ独自のバクテリア類を比較的含んでいないはずだった。少なくとも見た目だけは旅の汚れを洗い落としてスッキリしたが、おかげで身体はすっかり冷えた。

 川は濁流に変わり、近寄るのは危険だ。しかし……霧香は豪雨の続く空を見て皮肉っぽく思った。水には事欠かない……。

 ランドールは楽な姿勢で横たわっていた。ようやく寝返りを打てるほど回復したので、満喫しているようだ。テントは密閉式ではないが大気濾過フィルターを備えているため、においも最小限に抑えていた。テントの材質そのものが一種のふいごで、肺のように収縮を繰り返して外の空気を取り込み、内部を外より高い気圧に保っている。

 歩哨はロボットに任せ、霧香たちはすることもなく天候の回復を待ち続けた。

 やがてランドールがふと呟いた。

 「残りの一体のロボット……05はどうしたかな……」

 霧香はさっそくコマンドラインをあらため、シグナルを送ってみた。間もなく05から応答があった。

 「あら、まだ健在だ!」

 囮に使い、もう撃墜されたと思い込んでいたのだ。短い暗号通信が交わされ、05は大量のデータを送ってきた。やはりなにかと戦ったらしい。データにはガンカメラが記録した交戦の様子が含まれていた。紡錘形の飛行物体とすれ違い、その際に銃撃されていた。

 しかし今回は05も戦闘モードに切り替えていたため、一方的にやられてはいない。敵メカの二体をレーザーで切り裂き、もう一体を捕まえ、金属の腕で叩き潰していた。05は腕と背中にダメージを受け、いまは水中に隠れて自己修復中だった。移動も子細に記録されていた。10マイルあまりを飛び回り、相手が飛来する方向もレーダーでしっかり記憶していた。

 「暴れ回ったらしいわね」

 「呼び寄せますか?」

 「いえ……このまま囮役になってもらいましょう。そしてわたしたちとオンタリオステーションの通信を中継してもらう」

 「なるほど……05に定期的にバースト通信を送信させるわけですね」

 霧香はマップをじっと眺め、05の現在位置に気付いた。

 「あら……05の位置ですけど、わたしの墜落現場から2マイルも離れていませんね」

 「シャトル?プラネットピース一味の機体ね」

 「はい。05をそこに行かせて様子を探らせたいんですが」

 「そうね。あなたが置いてきた連中が無事なら、ロボットをもう一体か二体寄こしてここに連れてきてもいいでしょう」

 「それではさっそく」

 霧香は複雑な指令を打ち込み、05を再起動させた。


 15分ほど経過すると、05がまた応答した。

 どうやらシャトルを見つけたらしい。

 カメラはシャトルの百ヤードほど手前からその姿を捕らえていた。あたりに動きはない。見たところシャトルは外観を失っていた。切り刻まれ、ランドールのフローバイク同様中身を持ち去られている。

 05をさらに近づけ、あたりの様子を探らせた。残骸は周囲に散らばっていたが、サリーとタンクの姿、あるいはその遺体の痕跡も見あたらなかった。

 周囲を捜索したがなにも見つからなかった。霧香は05に待機を命じた。


 「逃げたのか、あのメカに捕まってどこかに連れ去られたのか……」

 「あいつらはなんで機械類を物色するのかしら?」

 「仲間のために必要なのでは?ここでは金属は貴重だから」

 「そんなところか……」

 「あのメカや人間たちは、どうしていままで発見されなかったんですかね?」

 「さあね……だけどヘンプⅢはずっと立ち入り禁止で、フィールドワークできなかった。研究の多くは軌道上の観測衛星と、たまに送り込まれるドローンの情報だけに限られていた。研究者はせいぜい50人か、その程度。それでは惑星ひとつを精査するには到底じゅうぶんとは言えないでしょう……地球だってあらかた探検し尽くすには何世紀もかかったのだから」

 おたがい惑星観察学の専門家ではなかったが、ランドールの話しはもっとものように聞こえたので霧香は頷いた。


 暇つぶしのために、オンタリオステーションの国連データベースからダウンロードした記録を読み耽っていた。今度冒険に出掛けるときはタコムに小説でも入れておこうと思った。

 国連のブレント・パワリーから渡されたデータと掛け合わせてみると、いろいろと興味深い符号が垣間見えてきた。霧香はデータベースを読み込んで判明したことを聞かせた。

 「あらためて記録を見ると、ヘンプⅢで事故に遭遇する率はとても高いんですよ。ケースひとつひとつの間が開いていたから、誰もそれぞれのケースに関連があるとは思わなかったんですね……」

 「気の長い分析システムに調べさせていれば、パターンに気付いていたかもしれないのね……」

そうしたことが積み重なり、巡り巡って、研究者でさえない霧香たちが多くを発見するに至った。やっぱり調査ってのは直接現地に赴かなければままならないのね……霧香は皮肉な気分で思った。

 すでに未知のメカの存在やその他の状況は上に知らされ、いまごろステーションは大騒ぎだろう。救援してもらうには充分すぎる船が押しかけてくるかもしれない。

 ただし軌道上で攻撃される可能性も知らせたので、直ちにとはいかないだろうが……。


 まる一日じゅう降り続いた末に雨が止んだ。夜明けとともに目を覚ました霧香たちは、周囲が様変わりしていることに気付いて驚いた。テントは膝くらいの高さに伸びた草むらに埋没していた。たった数時間で発芽成長したらしい。ひょろりとした蔓草が一斉に芽吹いたのだ。

 それだけではなかった。テントのまわりにいくつも立っている岩石を頂きに据えた小山――地質学的な形状に過ぎないと思っていたそれが変化していた。頂の岩石が棘だらけの塊に変化していたのだ。

 「植物だったのね……」

 豪雨によって岩のような擬態が剥がれたのか、理由は分からないが急激な変化だった。

 「まずい」霧香は呟いた。「あのとげとげの塊は……ヘンプⅢ特有の爆発性伝播種子なんじゃありませんか……?」

 「そうだ!」ランドールも驚愕して叫んだ。種子の塊はいまにも弾けそうに見えた。

 「どこか待避場所を探さないと……」

 遠くのほうでボカンという破裂音が響き渡った。始まってしまったようだ。

 「ロボットを呼び寄せます!三体でテントのまわりを囲わせて、しのぎましょう」


 それからしばらくにぎやかだった。

 巨大な種子が断続的に弾け、あたりは騒然とした。ロボットたちはテントに覆い被さり、周囲の爆発現象から霧香たちを護っている。間近の種子が弾ける音は本物の砲撃かなにかのように凄まじかった。衝撃波が大気を伝わり、地面を揺るがしている。ロボットのボディにいくつもの種が当たっていたが、低初速なのでダメージは受けていないようだ。霧香たちは身体を丸めて頭を両腕で覆い、なんとか弾に当たらないよう祈り続けるしかなかった。

 爆発は十分ほど続き、やがてあたりに静寂が戻った。それでも霧香たちはじっとしていた。さらに十分後、ようやく騒ぎが終わったと判断して霧香は立ち上がった。耳がどうかなっていた。頭を振ったが、爆発の残響が耳から抜けない。

 たったひとつだけ、種がロボットたちのあいだをすり抜けてテントを突き破っていた。ちょっとした砲弾のような塊が転がっていた。タケノコに似ているが、根本には白い触手が生え、弱々しく蠢いていた。植物というよりは動物のようだ。

 気味が悪いので拾い上げてテントの外に放り出した。すると白い触手が地面を探り、驚くべき活発さで根を張り始めた。あっという間に地面に直立して根を張ってしまった。

霧香の脇で種子が根を張る様子を見ていたランドールが、気の抜けた声で言った。


 「けっこう可愛いじゃない」


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