第25話 クエイク

 どうやら地面の蔓植物は土壌深くから一気に芽吹いたらしく、雨のあとで地面はとても柔らかくなっていた。

 足首まで泥に埋まってしまいそうだ。タケノコ状種子が簡単に根を張れるはずだった。これもふたつの植物の共生関係を示しているのか。

 霧香たちは泥濘を避けるため、四本足形態になったドロイドにまたがって移動するしかなかった。


 シンシア・コレットが消息を絶ったあたりに行き、謎のメカたちの防衛システムを止めて、そのあとはどこか安全な潜伏場所を探して救助を待つ……計画はシンプルだった。

 とにかく、いったんランドール中尉だけでも安全圏に連れ戻すことだ。

 明日以降食料が無くなったら、あとは我慢比べになる。少なくとも水は飲み放題だ。数日は生きていられるだろう。


 いくらも進まないうちに霧香はドロイドに停止を命じた。

 「少尉、どうしたの?」ランドールが後ろから呼びかけた。霧香は手を上げて制した。

 女性の声が聞こえる。

 大勢の女が声を掛け合っているようだった。ランドールも聞こえたらしい。声をひそめて尋ねた。

 「誰かいるのね?」

 「大勢いるようです」霧香はドロイドに命令した。

 「04,前方を偵察して」

 04の頭部から細いリールが生えて、前方にするすると伸びていった。霧香はカメラアイの映像をホロモニターに映し出した。

 「これは……!」

 粗末な服を纏ったさまざまな年齢の女たちが、網袋を抱えてなにか作業していた。

 「どうも、農作業といった様子だけど……」

 「どうやら、あの四散した植物の種子を引き抜いているみたいです」

 「そうね。採取している。たぶん食用なのよ。それにしてもいったい何人いるんだろう……」

 ドロイドはセンサーの及ぶかぎり正確にカウントしていた。24人という結果が出ていた。体格も測定していた。身長五フィートを超えるものはほとんどいなかった。みなアジア系の肌と顔立ちだ。

 「あのひとたちはイプシロンの同族でしょうね。彼らのコロニーは意外と近くにあるかも」

 「そうね、辿っていけば正体が判明しそうだわ……どうする?後をつけてみる?」

 「そうですね。彼らの居留地はいちど見てみたいです。そこにシンシア・コレットかサリーたちが捕まっているか確認する必要があります」


 だが農作業はすぐには終わりそうになかった。またしても待機の時間だな……霧香は数時間待たなければならないと覚悟した。

 しかし、女性の集団を追跡する機会は意外と早く訪れた。

 どこからか、低い地鳴りが聞こえ、霧香はなんだろうとあたりを見回した。

 最初はロボットの足が故障したのかと思った。それから突然、地面が揺れているのだと気付いた。地鳴りも響き渡っている。

 「ゆっ揺れてる!地面が揺れてる!」喘ぐように叫んだのは霧香だった。

 「落ち着いて少尉!地震よ!」

 「じ・地震……?」

 言葉だけは知っていた。地震アースクエイク


 「マリオン、地球の地面はユサユサ揺れるんだってよ」

 「え?ウソだぁ、そんなはずないでしょ」

 「だってアースクエイクって言葉があるんだもの」


 子供の頃の会話を思い出した。そのときは姉にからかわれていると思った。

 地面が揺れ出すなど、霧香の常識では考えられないことだった。

 もうすこし経ってから、実際に地球では地殻プレートの移動によって地震という現象が起こるという事実を知らされた。さらにその地殻プレート活動は霧香の故郷である惑星ノイタニスにももちろんあり、テラフォームによって柔らかくなった地表が安定する数世紀後には地震が起こり始める……。


 知識としては知っていたのだ。だが体験したことは一度もなかった。

 これほど悪夢的な現象だとは想像できなかった。

 世の中には知らずに済めばいいことがあるが、これは想像を絶していた。

 やがて、長い長い恐怖ののちに揺れは収まった。

 霧香はロボットの背中にぶざまに伏せたまま身動きせず、口から飛び出しそうな心臓の鼓動を感じていた。

 「だいじょうぶか?少尉」

 霧香が肩越しに振り向くと、信じられないことに、ランドールはロボットの上で背筋を伸ばしてまたがり、けろっとしていた。良いほうの足を地面に据えさえしている。霧香の取り乱しようを面白がってはいないが、ちょっと同情的な笑みを浮かべていた。

 「たしかにいまの揺れはすこしひどかったな……マグニチュード5・5といったところだ」

 霧香はなんとか身を起こした。

 「中尉は……こんなの経験されているんですか」

 ランドールは頷いた。

 「地球……わたしは南半球のニュージーランド出身だけど、たまに揺れた。時には死者も出る……もっとひどく揺れるとね」

 いまの揺れで誰も死なないとはちょっと信じられなかった。地球には人口密集地帯もたくさんあるはずなのだ。

 「もっとって、その、マグニチュードではどれほど……?」

 「マグニチュードってのはリヒタースケールという震度を表す単位なのだけど、数字がひとつ増えると地殻が放出するエネルギーは千倍になる……死者が出るような揺れだとマグニチュード7か8よ。いまどき地震で崩壊する建造物なんて無いからよほど運がわるい人だけだけど……。滅多にないけど過去に9もあった」

 いまの揺れの十万倍。霧香は身震いした。金輪際地球には行かないと誓った。


 地震は女性たちも怯えさせたらしく、収穫物を抱えていそいそと退散し始めていた。

 霧香たちは後を追いかけた。

 03を先行させ、いざという時は逃げ出せるよう距離を置いて追跡した。女性たちはすぐに歩き始めたので、のんびりした追跡だった。

 「ちょっと引っかかるんですけど」

 「なにが?」

 「あの女性たちも地震に驚いたようです。大事な食物の収穫を中断するほど驚いたとすると、あのひとたちも地震に慣れていないのでは?」

 ランドールは考え込んだ。

 「かもしれない……」

 だがそうだとすると、そこから導き出される結論は、やや不吉だった。

 「いままで揺れたことがなかった地面が揺れた。このエルドラド台地が不安定化しているかもしれない、あなたはそう思ってるの?」

「はい」

 ランドールは認めた。

 「たしかに以前、べつのテーブル台地が崩落した記録があったと思う……高さ千メートルも垂直にそびえた台地だ。過酷な冷たい海とガスの風に煽られ、土台が浸食される。倒れることもあるでしょう……」

 

 だけど今じゃなくていいではないか!霧香は内心叫んだ。


 「上に知らせたほうがいいですね?」

 「そうね。だけど地震なら衛星から観測できたと思う。上も気付いているわ。なにが起こっているかわたしたちよりずっと詳しく」


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