『うつけ者(四)』
————二日後、
参列者たちが大粒の涙を流しながら献花を行う中、喪主の
「————文、————書文!」
「…………え……?」
がなり声にハッとした書文が顔を上げると、いつにも増して不機嫌そうな叔父・
「何を
「申し訳ありません、叔父上……」
書文が頭を下げると、
「あの『うつけめ』はどうした⁉︎」
「……あれから姿が見えません……」
「————
「心当たりには人を
「女郎屋にも居なかったのか⁉︎」
口に出してから、創は葬儀の場には
「……実の父親の葬儀にも顔を出さんとは何たる奴だ! もう奴めに
「…………」
ズシンズシンと足を踏み鳴らして創は顔馴染みの参列者たちへ挨拶に向かって行った。その背を見送りながら書文は再びうつむいた。
(……
その時、調子外れの笛の
一同が不協和音の元へ眼を向けると、一人の巨漢が戸口に立っているのが見えた。その明らかに場違いな装いに、
男は花婿が着用するような真っ赤な衣装を身に纏い、遊女が身に付けるような派手な柄の帯には金笛を差していた。更にはあろうことか、右手に大きな
「せ、成虎……!」
郭家の次男・郭成虎は普段以上のボサボサ頭でフラフラと歩み出した。眼は半眼でトロンとして、口元からはだらしなく
「……んあー? どうしたあ、おめえら幽霊でも見たような面しやがって?」
「成虎! 貴様あッ‼︎」
愉快そうに辺りを見回す成虎に創が掴み掛かった。
「貴様、呑んでいるな! この場を何と心得ている⁉︎」
「おお、おお、叔父貴じゃねえか。相変わらずデケエ声で、気付けには持ってこいだな」
「貴様————」
言葉の途中で創の巨体が宙を舞った。
「……ガタガタうるせえんだよ、おっさん」
「…………‼︎」
甥に殴られ床にドスンと打ち付けられた創は信じられぬという表情を浮かべ押し黙った。成虎は床に伏す叔父に眼を向けることなく、中央の祭壇へと歩を進める。
父・
「旦那様の棺に何てことをするんだ!」
「この大うつけめッ!」
「恥を知れ、貴様ッ!」
「郭先生が泣いているぞ!」
この前代未聞の振る舞いに、静寂だった葬儀場は蜂の巣を
「————成虎ッ‼︎」
ここまで黙っていた書文が、退席しようとする成虎を呼び止めた。
「……兄貴、親父がやってたクソみてえな慈善事業はアンタが引き継ぎな。真面目腐ったアンタにゃ、ピッタリな仕事だ」
「…………!」
成虎の言葉に再び書文が黙り込むと、その背後から創が怒鳴り声を上げる。
「————成虎、貴様! 金輪際、郭家の————いや! 興安の城門をくぐることは許さんッ! 二度と顔を見せるなッ‼︎」
「言われねえでも、こんなブサイクな女しかいねえ
「……貴様……ッ‼︎」
様々な罵詈雑言が飛ぶ中、成虎は嬉しそうに
————城門をくぐる成虎の足取りは、千鳥足だった先ほどまでとは打って変わって力強く悠然としたものだった。濁っていたその眼にはしっかりと光が宿っており、
「————待てッ‼︎」
呼び止められた成虎が振り向くと、肩を揺らす書文の姿があった。
「どうしたよ、兄貴? 勘当された俺を見送りに来たら、叔父貴にドヤされちまうぜ?」
「……私————俺は、子供の頃からお前が妬ましかった……」
「…………」
「お前は、体格・武術・学問・芸事全てにおいて、兄である俺を上回る才能を持って生まれた」
「…………」
兄の告白を成虎は無言のまま聞いていた。
「この
「…………」
「————分かっていたさ、お前も『うつけ』という役割を演じていたのはな」
「…………」
「……お前は、
皮肉な笑みを浮かべながら話していた書文だったが、突然その表情が歪んだ。
「————俺はッ! そんなお前の気持ちを分かっていながら享受していた! 情けなくも利用していたんだ‼︎」
「…………」
書文は爪が食い込んで血が滲むほど拳を握りしめ
「……成虎、郭家はお前が継げ。事情を説明すれば今からでも遅くは————」
「やーだね、そんなめんどくせえこと」
「な…………」
ここまで無言で聞いていた成虎がようやく口を開いた。
「兄貴。俺は確かにアンタよりも優れてるかも知れねえが、一個だけアンタに敵わねえモンがある」
「何……⁉︎」
信じられないといった表情で書文が訊き返す。
「アンタは、誰にでも分け隔てなく優しい」
「優しい……だと……?」
「ああ、俺には到底できねえことだ。正直言って俺は赤の他人がどうなろうと
成虎は興安の
「この
「…………!」
書文の顔から険が消えたことを確認した成虎は再び背を向けた。
「兄貴、郭家とこの
「待て、成虎! 何も出て行く必要はない! 俺と一緒に————」
「————うつけ者の『郭成虎』は死んだ————」
「…………⁉︎」
成虎は首だけ振り向いて魅力的な笑みを見せた。
「そういうことにしといてくれ。俺はこれから『
「……『岳』————」
————岳氏とは亡くなった母方の姓である。書文は弟がもう戻らぬ覚悟だと悟った。
「じゃあな、郭書文先生」
「…………ああ、さらばだ。岳成虎……!」
今生の別れだというのに、成虎はまるで隣町に買い物にでも出掛けるように後ろ手で手を振って行ってしまった。
「……父上、母上。成虎にどうか御加護を————」
その大きな背に書文は叩頭した。
———— 第二章に続く ————
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