『うつけ者(三)』
母屋の奥の
「————よう、親父! 呼んだか?」
成虎が明るく声を掛けた先には大きな寝台が置いてあり、その上には負けじと大きな体格の男が横たわっていた。しかし、その身体は細く痩せ衰えており、長い間伏せっているものと思われる。
————代々、
閉じられていた功の眼がゆっくりと開かれる。身体は病魔に冒されていようとも眼光は鋭く、その姿はまるで密林の老虎のようであった。
「……成虎、妖怪はどうなった?」
「ああ、兄貴がほとんど退治しちまったよ。俺が着いた頃にゃ、雑魚しか残ってなかった」
成虎が眼を逸らしながら答えると、功の鋭い眼光が息子を捕らえる。
「近頃、女郎屋に入り浸っているそうだな……?」
「親父殿までお説教かよ? いいぜ、今日は日が暮れるまで聞いてやるよ」
成虎は近くの椅子にドカッと腰掛ける。
「……成虎、お前は不器用だな。そして……、優しい」
「————はあ?」
てっきり父から大目玉を食らうと思っていた成虎は素っ頓狂な声を上げた。
「おいおい、親父。アタマは健在なんだろ? 兄貴と俺を間違えてんじゃねえのか?」
「書文は死んだ母親似だが、お前は俺によく似ている。お前の考えていることは分かっているつもりだ」
「————!」
全て見透かされているような父の双眸に見据えられると、成虎は何も言えなくなった。
「……すまんな。俺が人に請われて始めたことが、お前たちを縛りつける『
「……んなこと、ねえよ……」
消え入りそうな声で成虎が答えると、
「お前は
「ああ⁉︎ やっぱり怒ってんのかよ、親父!」
「————成虎、聞け……。俺はもう、永くは無い……」
「————ばっ、馬鹿なこと言うなよ、親父! あんだけデカくて強かったアンタが
功は横たえていた上半身を起こし、血相を変えて立ち上がった成虎へまっすぐに顔を向けた。
「お前にこの
「…………‼︎」
ここまで話すと、功は激しく咳き込み出した。その手には赤黒いものがあった。
「親父! 大丈夫か⁉︎」
「————兄上‼︎」
血相を変えて成虎が立ち上がったと同時に、叔父・
「兄上、お気を確かに! 成虎! 貴様は出て行け! 兄上のお身体に
「————…………」
創に突き飛ばされた成虎は、呆然とした顔つきで父の部屋を後にした。
————夜の
背後から人の気配を感じた成虎は振り返らずに口を動かす。
「書文兄貴か……」
「…………」
書文は無表情だったが、眼の
「————父上が、亡くなった…………」
「…………そうかい」
やはり振り返らずに成虎が答える。その返事に、能面のようだった書文の顔に表情が宿った。
「……お前の、お前のせいだ……!」
「……ああ」
書文は歯を食いしばり、成虎へ指を突きつけた。
「————父上は! ……父上は、まだ亡くなられるような状態ではなかった。それを、お前が掛けた心労がお身体に障ったんだ……‼︎」
「……そうだな」
突きつけていた指を下ろすと、書文は弟に背を向けた。
「お前は……、
「…………」
兄弟の視線は最後まで交わらず、郭家の長い夜は更けていった————。
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