『うつけ者(三)』

 母屋の奥のへ足を運んだ成虎セイコだったが、扉に掛けた手が止まり、その眼が閉じられた。幾度か深呼吸した後、意を決したように勢い良く扉を開いた。

 

「————よう、親父! 呼んだか?」

 

 成虎が明るく声を掛けた先には大きな寝台が置いてあり、その上には負けじと大きな体格の男が横たわっていた。しかし、その身体は細く痩せ衰えており、長い間伏せっているものと思われる。

 

 

 ————代々、郭家カクけ興安こうあん城市まちで医者の家系であったが、書文ショブンと成虎の父・郭功カクコウは若い頃に患者の一人から治療の礼として内功の手ほどきを受けた。元々、体格に恵まれていたコウは内功の才能も持ち合わせており、やがて家業のかたわら妖怪退治の依頼も引き受けるようになった。そして、その志は二人の息子へと引き継がれていたのである。しかし、数年前より病気で身体を損ない、近頃はほぼ寝たきりの状態になっていた。

 

 

 閉じられていた功の眼がゆっくりと開かれる。身体は病魔に冒されていようとも眼光は鋭く、その姿はまるで密林の老虎のようであった。

 

「……成虎、妖怪はどうなった?」

「ああ、兄貴がほとんど退治しちまったよ。俺が着いた頃にゃ、雑魚しか残ってなかった」

 

 成虎が眼を逸らしながら答えると、功の鋭い眼光が息子を捕らえる。

 

「近頃、女郎屋に入り浸っているそうだな……?」

「親父殿までお説教かよ? いいぜ、今日は日が暮れるまで聞いてやるよ」

 

 成虎は近くの椅子にドカッと腰掛ける。

 

「……成虎、お前は不器用だな。そして……、優しい」

「————はあ?」

 

 てっきり父から大目玉を食らうと思っていた成虎は素っ頓狂な声を上げた。

 

「おいおい、親父。アタマは健在なんだろ? 兄貴と俺を間違えてんじゃねえのか?」

「書文は死んだ母親似だが、お前は俺によく似ている。お前の考えていることは分かっているつもりだ」

「————!」

 

 全て見透かされているような父の双眸に見据えられると、成虎は何も言えなくなった。

 

「……すまんな。俺が人に請われて始めたことが、お前たちを縛りつける『かせ』になってしまった」

「……んなこと、ねえよ……」

 

 消え入りそうな声で成虎が答えると、

 

「お前は興安ここを出て行け」

「ああ⁉︎ やっぱり怒ってんのかよ、親父!」

「————成虎、聞け……。俺はもう、永くは無い……」

「————ばっ、馬鹿なこと言うなよ、親父! あんだけデカくて強かったアンタがやまいなんぞでくたばるワケねえだろ!」

 

 功は横たえていた上半身を起こし、血相を変えて立ち上がった成虎へまっすぐに顔を向けた。

 

「お前にこの城市まちは狭すぎる。『枷』を外し『おり』から出て自由に生きろ、成虎……‼︎」

「…………‼︎」

 

 ここまで話すと、功は激しく咳き込み出した。その手には赤黒いものがあった。

 

「親父! 大丈夫か⁉︎」

「————兄上‼︎」

 

 血相を変えて成虎が立ち上がったと同時に、叔父・ソウが部屋に飛び込んで来た。

 

「兄上、お気を確かに! 成虎! 貴様は出て行け! 兄上のお身体にさわる‼︎」

「————…………」

 

 創に突き飛ばされた成虎は、呆然とした顔つきで父の部屋を後にした。

 

 

 

 ————夜のとばりが降りる頃、成虎は庭にある亭で阿呆あほうのように口を開けて虚空を見つめていた。

 

 背後から人の気配を感じた成虎は振り返らずに口を動かす。

 

「書文兄貴か……」

「…………」

 

 書文は無表情だったが、眼のふちが僅かに赤身を帯びていた。

 

「————父上が、亡くなった…………」

「…………そうかい」

 

 やはり振り返らずに成虎が答える。その返事に、能面のようだった書文の顔に表情が宿った。

 

「……お前の、お前のせいだ……!」

「……ああ」

 

 書文は歯を食いしばり、成虎へ指を突きつけた。

 

「————父上は! ……父上は、まだ亡くなられるような状態ではなかった。それを、お前が掛けた心労がお身体に障ったんだ……‼︎」

「……そうだな」

 

 突きつけていた指を下ろすと、書文は弟に背を向けた。

 

「お前は……、郭家ここを出て行け……ッ」

「…………」

 

 兄弟の視線は最後まで交わらず、郭家の長い夜は更けていった————。

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