『うつけ者(二)』

 成虎セイコは兄・書文ショブンに肩を貸し、残る手では昏倒する二人の男を抱えて興安こうあん城市まちへと戻って来た。

 

 城門へと辿り着いた時にはすでに夜が明け、朝日が顔を覗かせていた。成虎は大きな声で門番を呼ばわる。

 

「オラ、カク書文とお供が城外の妖怪を退治して来てやったぞ! さっさと城門を開けやがらねえとブチ破っちまうぞ!」

 

 成虎に急き立てられた門番たちは慌てて城門を開いて英雄たちを迎え入れる。

 

「お疲れ様です! ————や、大若先生! お怪我を⁉︎」

「ああ、私は大丈夫さ。それより、この二人を私の家まで運んでくれないだろうか?」

「承知しました!」

 

 門番たちは昏倒する連れの二人を担架に乗せて運んで行く。

 

「兄貴、俺たちも帰ろうぜ。俺ぁ腹が減っちまったよ」

「ああ、そうしよう」

 

 成虎は書文に肩を貸したまま歩き出した。郭家カクけ城市まちの最奥の区画にある。そこまでは大通りを練り歩かねばならない。

 

 郭兄弟の姿を眼にした人々が口々に声を発する。

 

「大若先生! 妖怪退治、いつもありがとうございます」

(『うつけ』の弟は、また女郎屋に入り浸っていたらしいぞ)

「大若先生! 傷は大丈夫ですか⁉︎」

(『うつけ』めは全くの無傷じゃないか。きっと、終わった頃に顔を出したに違いない)

「書文先生、いつ見ても凛とされているわね〜」

(それに比べて弟ときたら、図体ばかり大きくてだらしない)

 

 複雑な表情で歩く兄とは対照的に、成虎の足取りは軽かった。

 

 

 

 ————四半刻後、二人は大きな屋敷に到着した。扁額へんがくには『郭医院』とある。

 

 二人が敷居を跨いだ瞬間、ドスの効いた怒鳴り声が聞こえて来た。

 

「————成虎‼︎」

 

 出し抜けに名前を呼ばれた成虎が顔を向けると、大柄な中年の男がこめかみに青筋を立てている姿があった。怒り顔の男とは反対に、成虎はだらしなく笑って見せる。

 

「あらぁ、これはこれはソウの叔父貴じゃねえですか。相変わらずお元気そうで何よりですなあ」

「叔父貴と言うな! 叔父上と呼べと言ったろう‼︎」

「へーへー。んで? わざわざ遠い所から今日は何の御用で?」

「……兄上のご様子を窺いに来たのだ……」

 

 急に神妙になった創はここで息を継ぎ、

 

「成虎、貴様! また色街に行っていたそうだな‼︎」

「お耳が早いこって。ただ、そんなデケぇ声だと通りの先まで聞こえちまうんじゃねえかなあ」

 

 通りの方へ顔を向けながら成虎が言うと、叔父・郭創カクソウは慌てて口元を覆った。

 

「……成虎、貴様という奴は……! まだ十六だというに、『飲む・打つ・買う』を地で行きおって……! 由緒正しい郭家の子息が、その体たらくは何だ……‼︎」

「ゴロツキと喧嘩ってのが抜けてるぜ、叔父貴」

 

 幾分か抑えた声で話す創に対して成虎が補足すると、ブチっという音が聞こえた。

 

「————貴様! 今日という今日はもう勘弁ならん! ワシが貴様の腐った性根を叩き直してやるわ‼︎」

 

 先ほどよりも大きながなり声を上げた創が、親の仇でも見つけたような形相で近寄ってくる。

 

「叔父上、お許しください! 成虎には、兄である私から言って聞かせます!」

「ええい、退け! この不届き者はワシが直接————」

 

 両腕を広げた書文が成虎を庇うと、その胸に滲む血に気付いた創は少し冷静さを取り戻した。

 

「書文! 怪我をしたのか⁉︎」

「大したことはありません。それより、先に運ばれた二人は————」

「傷は深いが命に別状は無い! さあ、お前も早く処置をせんと!」

 

 先ほどまでの形相は何処どこへやら、創は心配そうに書文へ肩を貸した。

 

「……成虎、貴様も少しは書文を見習え。恥ずかしくはないのか……!」

「恥ずかしくはねえが、兄貴のことは見習ってるぜ。俺なりにな」

 

 肩をすくめて言う成虎を睨みつけると、創は書文を伴って母屋へと入って行った。その背中を見つめながら成虎が何事か思案していると、男が声を掛けてきた。

 

「……若先生」

「ったく、おめえは口がかりいなあ。お陰で大説教食らうとこだったぜ」

 

 茶化すように成虎が言うと『玉慈院ぎょくじいん』まで呼びに来た男はバツが悪い顔になった。

 

「……若先生、旦那様がお呼びです」

「……分かった」

 

 男の言葉を聞いた成虎はヘラヘラした顔つきを収め、母屋の奥へと歩き出した。

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