第35話 想いは見えなくても


 雨が降ると幽霊が見える。そんなことを世理せりくんが言い出して私はびっくりした。


「……なんで、雨?」

「知らないよ。やっぱりあれじゃね、雨は世界をめぐるいのち、てやつ」

「いやー、それ感じてたの私じゃないから」


 わかんないなー、とごまかし笑いするとため息をつかれた。


「やっぱりはこべは見えてないんだ」


 幽霊なんて気づいたことないよ。ていうかやっぱり、て何。


「私も魂揺たまゆらの世界には行ったけど、ほら、お客さんだったじゃない? そこが世理くんとは違うんじゃないかな……ね、この辺にもいるの?」

「えーと、今は見えるところにはいない。さっき道の脇の家の庭に立ってるおじいさん見つけて、ちょっとびびった」


 雨の中で突っ立ってるのはビクッてなるよね。

 いやでも、世理くんだってはそういうことをしていたわけですけど? 私もけっこうドキドキさせられたんだよ。


 今日の雨はパラパラと音を立て、強くはないけど弱くもない。その中にたたずむ、

 この雨にいろいろな想い残りがただよっているような気がして、私は遠くを透かして見た。でも私には何も感じられない。


「あ! 体育祭で雨が降ってきた時、そういうの見えたんでしょ」

「あー、うん」


 校庭を見つめて動きが止まったやつ。どうしたのかと思ったけど――えええ、怖っ!


「学校にもいるんだ……」

「どうだろ。今日はいなかったから、あの日見に来てた親とか近所の人に想いが残ってるのかも。それか、体育祭そのものとか」

「うええ、切ないよう」


 世理くんはがっくりとうなだれた。


「そんなの見えてもさ。別にいらない力だよな、これ」

「うーん……霊感少年レイくん、爆誕ばくたん?」

「爆誕したくねえ……」


 うめきながらトボトボ歩くのがなんだかおもしろくて、私は笑い出した。それをうらめしげににらんでくる。


「ちくしょう、ひとごとだからって」

「だってさあ。世理くんはに片足突っ込んだからね、私と違って」

「はこべのこと助けたせいなのに!」

「うんうん、ありがとー」


 私は軽く受け流す。まじめにお礼を言うのは帰ってくる時にやったから、もういいんだ。ずっと気にしてみせなくても、私が本当は感謝してる、て世理くんにはわかってると思う。


「ねえ、そのそこら辺にいるのことは助けないの?」

「なんでそんなこと」

「撫子と豆だいふくのことは助けてくれたじゃない」


 世理くんは大げさにハア? という顔をしてみせた。


「それはさ、はこべとのつながりがあったからだろ。そのおかげで簡単に心の中に入れたんだから」

「知らない人だとむずかしいのか」

「そりゃそう。それに、本当にヤバい霊だったらどうすんだよ。ガチで連れて行かれるかも」

「やだやだやだ」


 はい、ヤバくはないけど大好きすぎて連れて行かれかけた経験者です。無関係の人にそんなことされたくないね。


「それに助けようにも、もうできないかもしれない」

「なんで?」

「けっこう前に死んだ人なんかだと、想いを残した人も物も、もうない可能性あるだろ」

「あ……」


 そうか。そんなこともあるんだ。

 もういない人を想ってさまよい続ける――ロマンチックだけど、つらいなあ。


「それは悲しいね……」

「うん。そういうの、だんだん薄くなっていったりすればいいんだけどな。想いも、その幽霊の存在も」


 長く残ってしまうのは、強い気持ちだからだよね。

 その心が、この雨にすこしずつとけて、世界へとかえっていけるように願わずにいられない。想いは残すのも残されるのも、つらい。

 人の気持ちって、自分でも思うようには動かせないものなんだ。だからせめて雨にそれを助けてもらえたらと考えて、私は空を見あげた。





「水族館とか行かね?」


 昼休みによっしーが言い出して、私と世理くんは顔を見あわせた。鈴菜すずなちゃんとれんくんもいる。


「テスト終わったしさ、土曜か日曜に。夏休みになると忙しくて遊べないだろ」


 そう、中学生の夏休みなんて部活や夏期講習や旅行やなんかでそれぞれに予定が詰まっていて、みんなで遊ぶなんて意外とできない。蓮くんがうんうんとうなずいた。


「世理が戻ってきてから遊んでないしな」

「だろ。水族館なら雨でもだいじょうぶだし、俺、休み前にいやされたい」

「あー、よっしーテストだめだったのね」


 鈴菜ちゃんが冷たく言った。なんだよう、とよっしーは机に突っ伏す。こりゃ夏休みは塾通いなのかな。

 しかし水族館かあ。久しぶりだけど、世理くんとはこの間行ったんだよね。そう思ってチラリと見ると、向こうも私を見たところだった。そ知らぬ顔で世理くんは言う。


「ん-まあ、水族館好きだけど。みんなそれでいい? はこべは行く?」

「うん、いいよ。私も好きだよ」

「んじゃあおにも声かけるか」

麻美あさみちゃんもね」


 別クラスの二人の名前をあげると、よっしーはさっさと飛び出して行った。世理くんが大笑いする。


「早っ! そんなにあわてるか」

「フットワークの軽さがよっしーのいいところだから」


 蓮くんと笑っているのを横目にして、鈴菜ちゃんが私にコソッと言った。


撫子なでしこちゃんペンギン好きだったよね。去年、行けばよかった」

「……そうだね」


 だけど私はニッコリした。誰かと撫子の話ができるのがうれしい。


 ねえ、撫子。

 撫子の好きなもの、おぼえている人がいるよ。一緒に遊べばよかったって言ってくれたよ。撫子が行きたかった水族館、みんなで行ってくるよ。


 撫子はもういないけど、そのいのちも想いも水になって雨になって世界のどこかにきっとある。

 もう私には見えなくても。



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