勇者王誕生


「勇者さま、危ないですわ! 後ろ!!」


 シスターさんがそう叫んだのを聞いてから、僕は振り返った。すると、僕の背後では他のゴブリンが弓を引いて僕を狙っていたのだった。どうやら最後の生き残りのようだ。


(しまった! 油断していた!!)


 そう思うも時すでに遅し。矢は既に放たれており、僕に向かってくるところだった。今から避けようとしても間に合わない。このままでは当たってしまうだろう。


 ―――そう思った時だった。突如として目の前に人影―――シスターさんが飛び出してきたかと思うと、彼女は左手を前に突き出してからこう叫んだ。


「プ〇テクトウォール!!」


 彼女がそう叫ぶと、突き出した左手から光の障壁が現れ、ゴブリンが放った矢を防いだのだった。


「不意打ちだなんて、何て卑劣なのでしょうか!」


 怒り心頭といった様子で言い放つ彼女を見て、僕は思った。


(あれ? もしかしてこの子ってかなり強いんじゃね?)


 と。その証拠にゴブリンの方はと言うと、完全に怯えきっており、今にも逃げ出しそうな雰囲気である。


 そんなゴブリンに対してシスターさんはゆっくりと近づいていくと、優しく微笑み掛けた。その笑みはまるで聖母のように慈愛に満ち溢れていたが、どこか恐ろしさを感じさせるものだった。


「あなたは罪を犯しました。勇者さまに対して非礼を働いたのです。よって、罰を与えねばなりません」


 そしてシスターさんは両腕を大きく広げた後に、大きくこう叫ぶのだった。


「ヘル! アンド! ヘブン!!」


 何やら恐ろしいまでの威圧感が彼女の周りに漂い始めるのを感じた。それを受けて、ゴブリンの方も本能的に危険を察知したのだろう。即座に背を向けて逃げ出したのだ。


「逃がしません!」


 シスターさんはそう口にしてから、両手を組み合わせてゴブリンに向かって突き出した。すると、謎の竜巻のような渦が発生して、逃げようとするゴブリンを捉えたのだった。受けたゴブリンはまるで金縛りにあったかの如く、動けなくなっていた。


 そんなゴブリン目掛けて、彼女は凄まじい速度で突進をしていく。その際に、両手は組み合わせたままだった。シスターさんはゴブリンに迫ると、勢い良く両手をゴブリンの心臓がある辺りを狙い、背中から突き刺したのだ。その瞬間、ゴブリンの悲鳴が響き渡った。


「ゴブッ!?」


 口から血を吐き出しながら絶命するゴブリン。しかし、彼女の攻撃はそれで終わりじゃなかった。彼女が両手を引き抜くと、そこには何とゴブリンの心臓が握られていた。というか、心臓を無理やりに引き抜いていたのだった。


「ふんっ!!」


 そして彼女はそんな掛け声と共に、握られた心臓を思い切り握り潰した。グチャリという嫌な音を立てながら潰れ、彼女は血の雨を浴びることとなった。そんな彼女の姿を見て、僕は思わず呟いた。


「うわぁ……」


 正直、ドン引きである。いくら魔物とはいえ、あんな残酷な殺し方をするなんて信じられないと思った。というか、何で僧侶枠の彼女がこんなにもインファイターなんだ? おかしいだろ! そう思って唖然としていると、彼女はニコリと微笑んだ。


「これでもう大丈夫ですよね、勇者さま!」


 そう笑う彼女はゴブリンの返り血を大量に浴びていて、正直ともて恐ろしく感じた。というか、怖くて漏らしそうだった。だって、笑顔が滅茶苦茶怖いんだもの。っていうか、そもそもゴブリンの死骸から心臓を抜き取って潰す必要ありましたかね!? そんなことを思いながらも、僕はどうにか笑顔を作って返事をすることにした。


「……あ、ありがとう」


 そう言うと、シスターさんは嬉しそうに笑った。その笑顔はとても可愛らしいものではあったけども、同時に得体の知れない恐怖も感じられた。しかしそれでも、僕は必死に笑顔を取り繕っていた。ここで少しでも怖じ気づいた素振りを見せたら、何をされるか分からないからだ。


「それでは行きましょう、勇者さま」


 そう言って手を差し出してくる彼女に対し、僕は恐る恐るその手を取った。その際、ふと違和感を覚えたので自分の手を見てみる。すると、何故か手にはべっとりと血が付いていたのだった。


「ひっ!?」


 それを見て悲鳴を上げる僕を見て、シスターさんが不思議そうに首を傾げる。


「どうかなさいましたか?」


「え、えっと……なんでもないです……」


 慌てて誤魔化す僕だったが、内心では動揺を隠しきれなかった。


「そ、それじゃあ行こうか……」


 そう言って歩き出す僕であったが、内心は不安でいっぱいだった。何故なら、シスターさんの手の感触が未だに残っているからである。あの生暖かい感触を思い出すだけで寒気がする。それと同時に恐怖が込み上げてきた。


(ヤバいよ、この人ヤバすぎるよ……!)


 そう思いつつも表面上は平静を装って歩く僕ではあったが、心の中では冷や汗を流しまくっていた。しかしその一方で、彼女は平然としている様子だった。それどころか鼻歌を歌いながらスキップまでしていたくらいだ。本当に何を考えているのか分からない人だ。


 ―――こうして、僕らの冒険の幕は上がったのである。これは勇者の僕が果敢に魔物たちと戦い、仲間を増やしていき、魔王を倒す物語―――では、無く。破壊神であり、勇者である僕以上の実力を持つ、神によって選ばれし聖戦士であるシスターさんと共に旅をし、彼女に守られながら冒険をするだけのお話だ。


 どうしてこうなったの(泣)

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破壊神にして勇者王なシスターさん 八木崎 @yagisaki717

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