第5話
化け物を探しに校内を練り歩く。前にキド君とカナタ君。私は後ろをついていく。
さて、自分で言うのもなんだけど、今の私はよくしゃべる。
コノカちゃんならこうするって考えながらロールプレイするのは結構楽しい。もともとコノカちゃんみたいになりたいって思ってたから、コノカちゃんに近づけてるようでうれしくなっちゃう。
さすがに明日からも続けるわけにはいかないけどね。
地味で目立たない私が、いきなりコノカちゃんみたいになったらクラスのみんな変に思うから。
今だけ。
この特殊な空間の今だけ。
ちょっと寂しく思いつつ、二人には気づかれないように笑顔で話しかける。
「化け物退治って具体的にはどうやるの?」
答えたのはキド君。
「
「えっ、そんなことできるの? 私の時は術なんて設定できなかったよ」
「正しい使い方すればできるんだよ」
「なるほど」
聞かれたことを答えたつもりだったけど、それだけじゃダメだったってことかあ。
どうすればいいか、ちょっと気になるな。
そんな私の興味心を察したようにキド君が口角を上げた。
「方法、知りたいか?」
「え、う──」
「おい、
勢いよく首を縦に振ろうとしたのを遮るようにカナタ君がキド君に文句を言う。
続けて、
「
と、心配そうな顔で言ってきた。
「そ……」
その言い方、仲間外れみたいで傷つく。
出かかった言葉を、ぐっとこらえる。
うん。カナタ君は私の心配をしてるんだもんね。
ここで関わりたいなんて言っていいのは、関われる実力もある本当のコノカちゃんだけ。性格よせただけの
コノカちゃんに近づけてるかもなんて調子乗っちゃったな。
あははっと笑って言葉を続ける。
「危ないもんね。私には無理だわ」
頭を掻きながら、カナタ君が望む言葉を
「……ばーか」
前方で小さくキド君がつぶやいた気がした。
「
私の様子にカナタ君は小首をかしげるけど、それ以上は聞いてこない。
「化け物退治は、虹色に光る核を割ればおしまいだから
というだけ。
うん。後ろで見てるのは得意だから。大丈夫。
化け物と戦いたいのかって聞かれたらそうじゃないし。
慣れた二人に任せるのがいいに決まってるし。
怖い思いをしたいわけじゃないし。
うん。
うん。
──ただ、ちょっとだけ。
ちょっとだけでいいから私も──。
「いたぞ!」
「下がって、
私の思考を遮るように二人が身構える。
廊下の角を曲がってすぐ、私たちを待ち構えるかのように大勢の魚人が立っていた。魚人のぎょろりとした目が一斉にこちらに向く。
私は再び魚人を見てしまう。
さっきの教室での死の感覚がよみがえってくる。
「──」
気づけば私は叫ぶための息を吸い込んでいた。
声が漏れる。その瞬間、
「大丈夫だ、落ち着け。俺たちが何とかする」
優しい声が私を包み込んだ。
正気を取り戻した私の目に映るのはキド君とカナタ君の背中。二人が前に立ってくれているおかげで、魚人の姿が見えなくなっていた。
「動ける、
カナタ君が背を向けたまま私に問いかける。
「う、うん」
返事は小さな声しか出なかった。
でも、カナタ君は怒ることはない。むしろ安心したような声を出す。
「なら良かった。僕らはアレを倒すから
「でき、る……」
「そっか。なら、三秒数えるから走ってね。……三、二、一」
「っ」
私は言われた通り、角を曲がって身を隠す。
曲がった直後、足がもつれて転んでしまったけど、カナタ君のカウントに合わせて走り出せただけよかったのかもしれない。
声を抑えて体を起こし、膝を抱えた状態で座る。
角の向こうからは戦う音が聞こえる。
そういえばキド君、刀をもってたっけな。あれで戦ってるのかも。カナタ君は何も持ってないように見えたけど、でも無策で挑むわけないし何か方法があるんだと思う。
二人ともすごいな。
震える手で、膝小僧からジワリとにじむ血をぬぐう。
……転んだ音、戦闘音でかき消されてよかった。
迷惑、かけたくない。
何もできなくても、せめてお荷物にはなりたくないんだ。嫌われるくらいなら空気のように目立たず生きていく方がましだって、そう思って過ごしてきた。
だから、かな。
自分以外の誰かになれるって聞いた時、ちょっと期待したの。
もしかしたらこんな私でも、誰かの役に立てる、誰かに認めてもらえる、そんな存在になれるんじゃないかって──。
「?」
ふいに周囲が明るくなった気がして顔を上げる。
なんだろう。
のっそり立ち上がりながら光の出どころを探してみれば、キド君たちが戦っているのとは反対方向に宙に浮かぶ虹色の球があった。そのすぐそばには魚人が一匹。魚人は私に気づいてない。
虹色の球体。多分あれがカナタ君の言ってた核ってやつだ。
じゃあアレを壊せたら終わり。
どうしよう、キド君たち呼ばなきゃ。
そしたら終わる。
でも、あの魚人、核を持って逃げちゃいそう。
二人を呼びに行ってたら間に合わない。
どうしよう。
今、ここにいるのは私だけで。
──どうしよう。
今、核に気づいてるのも私だけで。
────どうしよう。
今、私が動けば間に合うかもしれなくて。
──、──、──。
今、私がしなくちゃいけないことなんだと思う。
「!」
私は魚人に向かって走り出す。
私、変わりたいと思ったの。
コノカちゃんのロールプレイして積極性が増したような気がしてなんでもできる気がしたけど、でもやっぱりコノカちゃんじゃないから肝心なところは参加できなくて。
でも、あきらめちゃダメなんだ。
変われるチャンスなんだ。
なりたい自分のロールプレイをするんだ!
「っ、それを、よこせぇえ!」
魚人に勢いよく体当たりをして、核を奪い取る。
割り方!
わかんない!
こうなったら!
奪い取った勢いでそのまま核を地面にたたきつける。
パリンッ
ガラスの砕ける甲高い音が鳴り、廊下が虹色の光に包まれた。
私はその光を茫然と見ている。
私に核を奪われた魚人は、光とともに消えていく。
数秒して光が収まれば、いつもの、何の変哲もない廊下に戻っていた。
終わった、のかな──?
「
「ナガタさん!」
「はっ、はいっ!」
後ろから大きな声で名前を呼ばれ、びくっと肩をあげながら返事をする。
振り返れば、キド君とカナタ君が走ってきていた。
「何があった? 大丈夫か? 怪我は?」
これはキド君の言葉。
「もしかして核を割った?」
これはカナタ君の言葉。
二人とも目を丸くして私を見てる。
私はというと、
「えっと、あの、怪我は平気、核は多分割ったと思う。虹色のやつ」
しどろもどろになりつつそう答えるだけだった。
コノカちゃん。
コノカちゃんのロールプレイ。
それならちゃんと答えられる。
呼吸を整え、コノカちゃんならどうするかシミュレーションしながら口を開いたところで、
「やるじゃん、ナガタさん」
「さすが
私の名前を呼ばれた。
私を見てもらえた。
「~~~~」
こらえきれなって泣いてしまい、二人を慌てさせる羽目になる。
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