第28話 炎の二重螺旋

「――死ねーっ!!! 消えろーっ!!! この悪女がーっ!!!」

「私達に親切にしていたのは嘘だったのね!!! ううっ……!!!」

「そうやって最初から、下に見て嗤っていたんでしょ!!!」





 声が聞こえる。





「お前がこの国をこんなことにしたんだろ!!! うおおおお……!!!」

「そうだそうだ!!! 水は止まるし魔道具も壊れたし、なんてことしてくれたんだ!!!」

「一生懸けても償えないぞー!!! このクズ外道が!!!」





 死を望む声だ。





「もう嫌だ!!! この国は滅亡するんだ……お前のせいで!!!」

「消えろーっ!!! せめてお前と一緒の地獄には落ちたくない!!!」

「二度とその姿を現世に見せないでくれーっ!!!」





 その重みを何一つ知らないのに、安直な対価を求めて声を上げる。








「――皆の者! よく集まってくれた!」






 私の態勢が変えられた後、男の声が聞こえてくる。



 私は下を向かされ、そして窪みに首を嵌められた。目を開けようにも瞼すら重い。



 多分さっき吸ってしまった霧の影響だろう。声すらも出ないのは――



 思い起こすことすら辛くなる、あの光景のせいで――






「先に触れを出した通り、この女は魔女だ! 今まで聖女を騙って王国の中枢部に近付き、我々を堕落に導いていたのだ!」





 ――目も開けられず、抵抗する気力も残っていないなら――




 耳まで潰してほしかった。これじゃあ一切の反論を挟めぬまま、あいつの、ルーファウスの言葉を聞いてしまうだけじゃないか。





「しかし彼女の悪意に気付いた我々は、必死に抵抗し、そして勝利した! あれだけ猛威を振るっていた彼女も、今やギロチンに挟まれ死を待つだけとなった!」





 どうやら彼は嘘を並べ立てることが上手らしい。人々の心に訴えかけてくる演説は、それが事実だという迫力を醸し出している。




 ――そうやって、私のことも手中に収めたのか?





「聞け、皆の者!!! 空を見上げよ!!! 神聖なるマクシミリアンの空を覆う、渦と雷を巻いた黒雲を!!!」



「奴は今にも雷を落としそうなのに、一切それを行わない!!! それはこの魔女が弱っているからだ!!! 魔女はもはや雷を落とす気力さえ残っていないのだ!!!」





 空……暗いのか。確かにごろごろと音は聞こえるけど、どかんと落ちてくる気配がない。




 弱っているから? それは違う。空のことなんてわからないけど、空気の感触がそう告げている。






 ――違う! 違う違う違う、違う――!!!






 お前如きが、一体何を知っている――勝手にを語らないで!!!








「この女さえ殺せば、我がマクシミリアンに再びの栄光が訪れる!!! そしてそれは今なのだ――!!!」





 ルーファウスの叫びが、空の彼方まで木霊した後、




 私の首に









 痛みは感じなかった。でもはする。





 ただそれは、今までに得た感覚の中で、とっても心地よかった。まるで何だか――



 今まで自分を縛ってきたもの全てから解き放たれて、自由に空を飛んでいる気分。



 それこそ翼が生えて、自分の意志で飛び回っているような。






 今度は炎に焼かれる感触を覚えた。それもただの炎じゃない。螺旋を描いている。



 二つの炎がやってきたかと思うと、私の中で螺旋を描く。あらゆる物を激しくかき混ぜ、でもどこか優しさを保ちながら、体温を徐々に高めていった。




 今まであった私の肉体は、全て炎が焼き尽くしてしまう。しかしその穴を補完するべく、新しい肉体が炎から生み出されるのだ。



 新たに生まれた肉体は、まるで元の姿を知っているかのように、完璧な形で私に収まった。中に溜まっていた不純物も、炎が全て燃やしてしまったので、とても軽く動きやすい。






 一連の感覚が終わった後、残されたのは心を燃やす炎。




 それの名は――『憎悪』。








「……!? !?!?!?!?!?!?」




「あっ、がっ、あがががががががががが……!!!」






 下に映る人々の目には、私のことはどう見えているのだろう? 私は今彼らの上空を飛んでいる。恐れ慄き何もできない、抵抗することが頭にない愚か者達が視界に入る。



 とりあえず視界には、雷や氷を内包した炎が目に入った。多分私から迸っているものだろう。絵具で塗り潰したような、黒をしていた。





 指でなぞると、それはすぐに落ち着いた。だから今度は下に向かって指を向ける。



 すると炎は人間が集っている中央に、鈍い音を立てて落ちていった。直前に気付いて逃げるような、そんな見下げた態度では、避けることすらままならない。






「――こっ、ここっ、殺せぇぇぇぇぇ――!!!」




「あいつは、もう、人間じゃない!!!!! 首を斬られたのに生きているんだ!!!!! 殺した暁には、国王ルーファウスの名に懸けて、絶対なる恩賞を約束しよう――!!!!!」






 震えながらも身分を誇示するような、小物の末路たる声が聞こえてきたが、今重要なのはそこじゃないんだ。




 私は勢いをつけこの場を去る。地上から少し足を浮かせ、影響を受けにくい高度を水平に飛ぶ。その余波で炎が舞ったが、巻き込まれるなんてことは重要じゃないんだ。









「あっ……サリア、さま!? ねえサリアさま、助けてよ!」





 性別も年齢も確認できない。止まっている暇なんてないのだから。




 聖女だった頃は一々立ち止まって、話を注意深く聞いていたことだろう。それが自分にとって得になるわけじゃないのに、思えば無駄な行為だった。





「ど、どうしてサリア様!! 我々を見捨てになられるのですか!!」





 懇願が後ろ髪を引っ張ろうとしてくる。泣き声も呻き声も。だがそれは自由を得たことによる快楽には勝らない。




 手を伸ばして縋ってくる――行く手を塞ぐ者を炎で跳ね退け、私は進む。






「て、てかサリア様黒いドレスじゃないか!? どうしちまったんだよ!?」

「全く、城下町の方で何が起こってるって言うの!? あっちからは人が来るばかりで、誰も状況を説明しちゃくれないわ――!!!」









 どれぐらいの速さで飛んでいるか、なんて実感はない。ただ本能の赴くままに飛んでいく。




 周囲の人間達が言っていることを鑑みるに、結構遠くまで来たらしい。先程の炎はこの国の地図も焼いてしまったようだ。




 そうして場所の実感も沸かぬまま、飛んでいった先――






「え゛っ!? サリア……!?」






 そこで異様な光景を見かけた。女の集団が列を成してどこかに向かっているのだ。周囲には騎士が並んでいて、私を見るや否や槍を向けてくる。




 空中にいるのにどうやって攻撃するのだろうか? そして集団の顔触れは、皆『聖女』と呼ばれていた者だということに気付く。






「さ、サリア! いい所に来たわ、私と交代しなさい!! 私が苦しい目に遭ってるのを察して、交代しに飛んできてくれたんでしょ!!! そうよねそうってことよね美しい私なんだもの!!!! さあ早く!!!!!」




「す、スカーレットさん!!! 抜け駆けはひどいです!!! 私も逃げたいです!!!」

「何言ってんのよここで!!! あんた達は私の命令に従っていればいいのよ!!! 従わないならお父様に言って首切ってもらうわよ!!!」

「こんな状況じゃ、テメエの父親もどっかで野垂れ死んでるかもなァーーーーー!!!!!」




「……なっ!?」

「前から思ってたんだよ、テメエは何かある度に父親父親だ!!! テメエ自身の力で何かをしたことがねえ!!! ってことは今ここで殺しても……!!!」

「おい、何をやっている!!! 今はセオドア様の言う通り、先に向かうんだ!!! そうすれば命は助かるって話だったろう!?」




「ちょっと、聞き耳立てていれば!!! あんた達騎士団って私達がいないと何にもできない癖に、いっつも偉そうよねぇ!?」

「もー嫌だわ!!! 命が助かるって言うけどねえ、セオドアだってどっちかと言うとあのハゲ団長と仲良くしていたクチでしょ!? 信用ならないわ!!!」

「お、おい列を乱すな!!! そもそもあのサリアずっと空中に浮いたままだし、何しでかすかわからないんだぞ――!!!」









 ――この列が向かっている先。




 今は彼女達の存在は無視しよう。私の目的地も恐らくそこだ。











「……はぁ、はぁ、はぁ……!!!!!」



「……クッソ、どこもかしこも崩れてやがる!!! なんで、なんでこんな状態にしちまったんだ……!!!」





「……俺達のご先祖のクソ共が!!! お前達がちっとも情報を残してくれないから、俺がこんなに苦労する羽目になったんじゃないか――!!!」



「ルーファウスのアホを唆して、俺は悠々自適に参謀生活の予定だったのに!!! お前のせいで全てが台無しだ――お前達が厄介事持ち込んでおきながら、何も対処しなかったせいで、何もかもが無に帰してしまう――!!!」

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