第29話 終焉の刻、黎明の幕開け

 聖女達が集められようとしていた場所、そこは洞窟だった。ただその入り口は、最近まで封鎖されていたのか、自然物が塞いでいた。すぐ近くには騎士が倒れていて、恐らく力づくで空けさせたのだろう。



 近くの光景には見覚えがある。炊き出しで訪れたことがあった。その時にはこんな場所はなかった――きっと本当に忘れられていたのだろう。






 騎士達に一瞥もくれず、私は中に入る。最初は古ぼけた様子が続いていたが、だんだんと人工的に作られた痕跡が目立つようになっていく。






(この気配……強くなっていく)




(間違いない。ここにあるんだ。存在すらも忘れられてしまった、この場所に……)






 ふと壁を見ると、焦げた跡が見つかった。それは生まれたばかりで力の制御を知らず、闇雲に放たれた炎が付けたのだろうと、想像を掻き立ててくる。




 歩を進める度に高鳴る鼓動、それとは裏腹に頭は冴え渡っていて。間もなく私は最奥に到着した――







「……ひいっ!? サリア!!! お前どうしてここに……!!!」

「セオドア……」






 最奥はとても広い空間だった。こんな洞窟があるものなら真っ先に知られていそうだが、そうならなかったのは恐らく地下にあるからだろう。




 部屋の入り口から立っただけでは全体を把握することはできない。そんな大広間に、執事の燕尾服を泥と土に汚したセオドアが、血走った目をしながら辺りを駆けずり回っていた。






「はは……本性現れたね」

「てめえそんなこと言うキャラじゃなかっただろぉ!? ど、どうしちまったんだよぉー!!!」

「今になって仲間面しようったって……もう遅い」





 音もなく走ってセオドアに接近する。そして腕を強く掴み上げた。





「ひぎゃあああああああーーー!!! 痛い痛い痛い゛っ!!!」

「その汚い手で……触らないで」





 彼が持っていた黒い球体が、ごとりと地面に落ちる。私は彼の手首をそれを回収した。





「ぎゃあああああ手首がイカれたあああああ……!!! こ、これじゃあそれが壊せないじゃねえか!!!」

「壊すつもりだったの? 壊してどうするつもりだったの?」



「そ、それさえ壊せば、『邪竜帝』が力を取り戻すことはなくなるんだ!!! そうすりゃマクシミリアンは安泰……ってわけよ!!!」

「邪竜帝についてどこまで知っているの?」






「ぜ、全然知らねえ……!!! 学者共動員させて、城の書庫を探し回させて、ようやく見つかったんだ!!! この洞窟は封印された場所で、力の根源も置いてあるって……!!!」



「な、なあサリア……だったら代わりに、俺の代わりに壊してくんねえ!? そうしたら今までお前にした扱いの全てを撤回してやる!!! 英雄として処刑も取り止めにする!!! 悪い話じゃないだろ!?!?!?」








 悪い話ねえ。





「――悪いのは、この国の存在自体でしょう?」





 そう突き付けられた奴の表情の、なんと美しいことか――








「――!!!」



「うっ……ううっ!!! この期に及んで……!!!」






 突然大気中に、痺れる物がばら撒かれる。吸い込んでしまった私の身体は、身体の先から力を失いその場に倒れてしまう。





 球体も落としてしまった――それを踏み付けて、奴は私の前に姿を見せる。






「ルーファウス……ルーファウスッ!!!」

「ほーら見たことか!!! ドラゴンが殺せないなんて嘘だ!!! しっかりと殺せる兵器を人間は開発してるんだよ!!!」






 顔はマスクに覆われていて見えないが、紛うことなき元婚約者。目に当たる部分はガラスでできていて、口元は象のように伸びている。全身も分厚い上下服に包まれていて、大気の影響を受けないようになっている。






「ルーファウス゛ゥ゛!!! それ禁止兵器の毒ガスか!!! 俺もいるのに何やってんだ!!!」

「セオドア……今はサリアを殺すのが先決だ。執事なら新しいのを雇うから心配しないでくれ。お前の死は無駄にしない……」

「俺が死ぬの前提で進めるなあああああ!!! 助けるって選択肢はねーのかよぉ!!! 、甘い蜜吸いまくろうねって約束したじゃんかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」




「……お前が生きているといつ計画がバレるかわからんからなぁー!!! 今ここで死んでもらった方が都合がいいんだよぉー!!!」

「間があったってことは、そうは思ってねえんだろぉー!!! 第一俺が死んだらどうやって国の政治やってくんだよ!!! この外面だけの無能王子が!!! てめえはいつもそうだ、俺の命令にすら駄々こねやがって!!! コルネリアだってそうだ!!!」







 竜の力が流れ込んでいるはずの私ですら、動けなくなる程の猛毒。しかも遅効性なのか、倒れても中々意識が落ちていかない。




 二人の馬鹿みたいな会話ですら頭を痛ませてくる――






「何だと!!! コルたんを馬鹿にするのか!!! コルたんは可愛くて素敵な人なんだぞ!!! それこそこんな田舎娘とは大違いだ!!!」

「素直にサリアと結婚しとけばよかったのに、何で裏切るんだよ!!! お前がそんなことするからサリアはこうしてブチギレて、手に負えなくなってんだろうが!!!」

「ふん、手に負えないだとぉー? お前の目は穴空いてんのか~!? お前が恐れている女は、今僕に踏まれて死にかけている!!!」






 ルーファウスは私の身体に足を乗せ、思いっ切り踏みつけていた。



 最初は脇腹だったが、次に足を頬に乗せた。地面との間で顔が潰される――





「……うっ、ううっ、うううううううっ……!!!」

「ギャハハハハハハ!!! 獣みたいに唸ることしかできねぇか!!! お似合いの末路だぜ!!!」





 ルーファウスが足を上げる。その手にはおぞましい紫の物体と、ハンマーが握られていて――




 抵抗することも逃亡することもできず、私は彼の言葉を聞くことしかできない――





「ギロチンの刃が通らないなら、頭を叩き潰してやる!!! 外から攻撃が通らないなら、中から弱らせるまでよ!!!」




「人間の叡智舐めるなぁー!!! 人間はドラゴンを殺せるんだよぉーーーーー!!!!!」











「先程から黙って話を聞いていれば……」



「貴様は何か誤解をしているようだな?」




「彼女は余の『竜者』――そして、余の『』である」



「故に竜ではない。ちっぽけな頭如きで、思い知ったような口をほざくな」




「仮に竜だったとしても、殺せはしないが」












 それまで混沌と、鬱蒼としていた空気感が――




 彼の登場によって一気に解放される。






「……う゛っ!!!」

「な、なな、ななななななな……!!!!!」






 あらゆる重圧から解き放たれて、生の実感を噛み締めながら、私は目を開けた。






「お前っ……お前は殺したはずだ……」



「首を斬らせた上で、肉片を土と一緒に袋に入れて、ぐちゃぐちゃのけちょんけちょんにしてから、燃やして捨てたはずだ……!!!!!」






「そのような低俗な擬音語で称される方法では、余を殺せるわけがないだろう」



「死を一度見届けたからと言って、この内に眠る炎が収まるわけがない。貴様等に罰を下すまで余は死なぬ。罰を下しても生き続けるが」








 身長は私を追い越し、筋肉もたくましく成長していた。未熟さを残していた顔付きは、すっかり成熟して一人前となっている。



 翼はしっかりと生え、空を自由に飛べそうだ。尻尾を振るうだけで人は負傷するだろう。まして手足の爪が振るわれたら、一溜りもない。






 目の前には翡翠色の瞳を持つ人間が二人いる。片方はかつて憧れたもの。その奥底にある濁りを見抜くことができず、それが真実の輝きだと猛進していた。



 今やすっかり落ちぶれて、文明の利器も衝撃波にやられたのか跡形もなく破壊され、器相応のひ弱な肉体だけを共にしている。






 そしてもう片方は、本当の輝き。どんな瞬くもの――






「さて、サリアよ。復活に時間がかかってしまったこと、お前に苦労をかけたことを詫びよう。そして……礼を言う」



「余は遂に力を取り戻した。それもお前が余を導いてくれたお陰。お前はこの『邪竜帝』に多大なる貢献を残した……」




「その功績を讃え、お前を余の『竜者』とする。そしてお前は今この時より、余の『妃』となるのだ」






 優しく差し伸べられた手を、私は座り込んで立てない状態のまま、握り返す。






 誰が信じられるだろうか? 私ですらも信じないだろう。




 ほんの数日前まで、あんなに小さかった赤ちゃんドラゴンが――




 たった数日でこんなにも成長し、になるなんて――






「……ありがとう、ありがとう……ありがとうを言いたいのはこっちの方……」



「たとえあなたが『邪竜帝』じゃなかったとしても……あなたがそばにいてくれるだけで、私、嬉しい……」




「これからずっと一緒にいようね、ジェイド」

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