第21話 婚約破棄

「……ひいっ!? なんで、なんで立ち上がるの……!?!?!?!?!?」




「コルネリアさんには説明していませんでしたね……私、呪いを受けてしまって、このドレス破れないし燃えないんです」






 数分程して、私の肉体に放たれた炎は、自然に消火されていった。傷一つ負っていない状態で立ち上がり、じっとコルネリアさんを見据える。






「意味わかんないんだけど!!! ルゥくんこいつ追い出して!!! 燃えても死なないなんて人間じゃないよ!!!」

「落ち着いてくれコルネリア!!! ……サリア、君にする話はもうない。彼女と話があるから出ていってくれないか!」





 ルーファウス様がコルネリアさんに負けないように声を張り上げて、私にそう言った。目からも急かす気持ちが伝わってきたので、私は従う。




 ルーファウス様と少しでも一緒にいたい――なんて、ほんの少し浮かんだ気持ちを抑えながら。








「……ふう。あ、来てたんだ」

「お前の気配を探ってきたら、この部屋に到着したのだ」





 部屋を出てすぐに、廊下で待っていたジェイドに出くわした。太陽の光が注ぐ窓を背に、腕を組んで壁に寄りかかっている。





「オレ様の用事も済んだ故、改めてサリアと行動することにしたのだ。部屋の中から人間の騒がしい声がするが、何があったのか?」

「えっとね、コルネリアさんって人が入ってきて、私を燃やした」

「燃やした……何を用いていた?」

「あれは……『火炎放射器』って呼ばれるやつだったかな。魔法が苦手でも炎を放てる道具だよ」

「ふん、つまりは素人でも扱える、何の感情も籠っていない火か。ははっ!」





 ジェイドは誇らしそうに鼻で笑う。ああ……やっぱりそうなんだ。





「さっきジェイドが燃やしてきた時と、火炎放射器で燃やされた時……全然感覚が違ったよ。ジェイドの炎の方が気持ちよかった」

「そうだろうそうだろう、オレ様の炎なのだからな」



「何故か焼かれているのに痛いとか苦しいとかはなくて……不思議な感じだった」

「オレ様と契約をしているからだな。オレ様の血を舐めているが故、力を継承しているのだ」

「……そうなんだ」






 薄々そんな気はしていた。血が果たす効力というのは、人間が想像する以上に大きい。




 私の中にもジェイドの力が流れている……それが彼の従者であることの証明。




 炎で焼かれないの次は、一体どうなってしまうのだろう。予想はたくさん立てられるけど、不思議と不安はなかった。






「ジェイドは……何してたの? 城の中探索してたの?」

「まあそうだな……最も偉い人間の巣窟になら、オレ様の痕跡があると思ったが。どこにも存在していなかったよ」





 幻滅したようにジェイドは溜息をこぼす。本人はそう思っているのかもしれないけど――




 私の目には、自分の痕跡がどこにもなくて、悔しさや寂しさを感じているように見えた。





「……そう失望することもないんじゃない? 世界にあるのはマクシミリアンだけじゃないんだから、どこかには痕跡あるよ。それに痕跡なら、従者という形で私が残している」

「……今はその言葉、しっかりと受け止めておこうか」








 残された時間をジェイドと過ごしたり、屋敷への移動に使い、とうとうパーティの時間になった。




 この屋敷はマクシミリアンの国境ギリギリにあり、外部の人間を受け入れている数少ない所である。大体色んな国の貴族を集めてパーティをする際には、ここが会場になる。




 私も何度か行ったことがある場所だが、今日は緊張感が増している。普段のパーティより人が多い……気がする。






「さあサリア、そろそろ入場の時間だ。わかっていると思うが、僕を引き立たせるように歩くんだぞ」

「はい……」




 私はルーファウス様と一緒に、応接室の一つで待機していた。場が温まってきたら入場するという流れである。



 ここでもジェイドは自由行動にさせておいた。もっともこっちは、立食会の料理に夢中になっている様子だったので、ある程度は大丈夫かな……




「ふふふ……僕はとても美しくて立派だ。そう思わないか?」

「ええ、今のルーファウス様は誰よりも輝いておいでです」




 さっきセオドアさんが言っていた通り、ルーファウス様は黄金の礼服を着ていた。チカチカして眩しいというのは口が裂けても言えない。そうさせてしまった私にも責任があるし……




 と思っていたら、そのセオドアさんが顔を覗かせた。





「ルーファウス様、そろそろお時間であります。サリア様もお願いします」

「ありがとうセオドア。ではそろそろ……」








 ルーファウス様の一歩後ろを歩きながら、私は屋敷のホールに向かう。階段の上から大勢のお客様を見下ろす。



 お辞儀と礼で軽く応える。その間にざっと人波を見回してみるが、ジェイドらしき姿はどこにもなかった。皆彼と似たような服装をしていたというのもあるかもしれない。






「――ご来賓の皆様! 今日はこのルーファウス・フォン・マクシミリアンの即位直前パーティにいらしていただき、誠に感謝いたします! 皆様の支えがなければ、僕は国の運営に携わることはできなかったでしょう――」




 ルーファウス様の演説が始まる。私は隣に立ち、お客様と彼とを適度に見つめながら耳を傾ける――







「さて、ここにいらっしゃった皆様に、重大なお話があります。それは僕の婚約者であるサリアのことです」



「ご存知の通り、サリアは僕と将来を誓い合った仲です。ですが彼女はまだ成人に達しない年齢……その間に世界を知ってもらいたいと思い、彼女には聖女としての仕事を任せました。そうしたらそれが彼女にとってのだったようで……」



「様々な現場に赴き、身分問わず大勢の人を救ってくれたのです! その活躍たるや、マクシミリアン建国の物語にもある大聖女に匹敵する偉業だ!」



「ですので彼女にはこれからも――尽くしてもらおうと考えたのです!」






「その為に、本当にのですが……! サリアとは『婚約破棄』させていただきます!」








 えっ




 ええっ




 えっ……








「さてサリアよ。今話した通りだが、改めて伝える。僕は君との婚約を、今日この場を持って破棄させてもらう!」








 ????????????????????








「ああ皆様、どうかお静かに。僕の今後について心配するお気持ちはわかります。ですが僕はもう既に、新しい伴侶を見つけているのです! どうぞ入ってきてくれ!」




「はーい! 皆様こんにちはぁー、私はコルネリアって言いますぅ~! あっもう自己紹介しなくても知っているかな! きゃぴっ♪」












 ――つまり、ルーファウス様は。




 私から『婚約者』としての立場を剥奪し、一生『聖女』として過ごせと。




 他の聖女は仕事をせずサボってばかり、司祭は何も事情を聞いてくれない、騎士団はとことん嫌ってくる、救うべき民すらも犯罪者と呼んで後ろ指を差す――




 そんな仕事を『天職』だと――






「それでは皆様、これより会食をお楽しみください! 僕とコルネリアが挨拶に伺います!」

「コルちゃんのことぉ、しっかりと覚えて帰ってよね~!」



「こらっコルネリア! 人前では『私』って言うようにって、さっき話したばかりじゃないかぁ~!」

「あっそうだった~! いっけな~い! 許してちょーだいなっ、てへっ!」






 ルーファウス様はもう私に興味を示さない。コルネリア――と、階段を降りていき、丁寧に挨拶回りに向かう。






 きっと彼らは幸福の絶頂にいるのだろう。私を踏みつけて、踏み台にして昇っていった。





「うっ……」





 私は肉体的に立てなくなっていた。もう何が何だかわからなくなっていた。




 震える足で何とか立ち上がり、慣れないヒールの靴で、ルーファウス様とは逆方向の階段を気合で降りる――








「いやはやサリア殿……この度は災難でしたな。ですが一つの災難の後には、幸運が降りかかってくるもの」



「……えっ」





 転びそうになった私を支えたのは、数いるお客様の一人。服装は……と眺める前に、他にもお客様がぞろぞろと。



 皆私を見て、にこやかな笑顔を見せている。そして一番最初に声をかけてきた人と、同じように――





「どうです、サリア様。私達の所に来ません? 我が国はかの魔道具工房『フェルニッヒ』を擁しております。便利な生活が待っていますよ」

「いやいや、ここは我々に任せてください。こっちは南の楽園ですよ? 年がら年中真夏のパラダイス! マクシミリアンなんか目も当てられない!」

「こら、勝手に割り込んで勝手なことを言うな! さあさあサリア様、こんなの相手にせず我々と――神族が治める至高の地ですよ!」









 彼らは皆優しさを振る舞っているつもりだろうが、今の私にはそれすら受け止めたくなかった。






「あっ、あのっ……ごめんなさい、失礼します……!!!」






 涙がこぼれるのも気に留めず、立ち上がって走り出す。

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