第20話 身に宿す色は

「うむ。我ながら完璧だ。やはりオレ様は天才だ」




「……完璧? 天才? これのどこがそうだって言うの……」




「お前の魅力が最大限引き立つように仕上げた、完璧以外の何物でもないデザインだ。鏡で確認するがいい」




「あっ……いやっ、こんなのっ、なんで……」










 身体の炎上が止まった後、私に火傷は一切残らなかった。内臓の不調も感じられない。変わったのは服装だけ――でも、そっちも問題だった。




 無理矢理ジェイドに連れられた姿見に、私の全身が映る。そこにいる自分は、黒色のドレスを着ていた。




 しかもスカートの丈はミニ。膝がギリギリ隠れるかってぐらい。肩は全部露出し、胸元にはよくわからない宝石が埋め込まれているので、当然目を引かれる。






「こんなの……こんなのおかしい……」






「お前に似合う色は黒だ。オレ様がそう判断したのだから間違いない。それにお前自身、先程白以外のドレスも着てみたいと言っていただろう」



「言ったけど……黒は、黒は嫌だ……よりにもよって……」





 姿見から離れ、隣で満足そうに口角を上げていたジェイドに寄りかかる。




 そしてそのままさめざめと泣いた。こんなんじゃ、こんなんじゃだめなんだよ……





「今すぐ変えて……黒から白に……」

「どうした? 今度は白がいいだと? 先程赤か青がいいと言っていたのは何だったんだ?」

「色指定しないとジェイドはとんでもない色にするでしょ……!」




 この状態で起こるであろう仕打ちを予想して、私は涙が止まらなくなってしまった。




「何故それ程までに黒を嫌がる? お前が一番引き立つ色だぞ?」

「その引き立つってのが問題なの!!! 今回のパーティは、ルーファウス様が主役だから……私が目立っちゃいけない……!!!」

「……?」




 そうだ、そうだよね。ドラゴンには人間の格式ばったマナーなんてわかんないか……




「私は主役じゃない、あくまでも脇役だから、落ち着いた色合いにしないといけないの……赤とか青でも、薄い色とかにして……! この黒なんて周りを飲み込む感じじゃない!! それじゃいけないの!!!」

「……」






「お願い、お願いだから、このままじゃ騒ぎになって追放され――!!!!!」








 私が泣き喚くのも、必死に縋るのも、彼が顔を右手一つで持ち上げただけで中断された。




 細く引き締まった指が頬に食い込む。爪が刺さって傷口になりそうな痛みがした。




 こんな態勢じゃ目線は正面にしか向けられない。ついこの間まだ赤ちゃんだったドラゴンは、人間の中でもトップクラスに整った顔立ちで、私をじっと見ている。






「サリアよ。お前、自分の立場を忘れているようだな? この際だからもう一度伝えておくとしよう」



「お前は『』でオレ様は『主君』。従う者は、主の命令は絶対に聞かなければならん。その対価として地位や生活を保障しているのだからな」



「故に何と言われようが、そのドレスを変えるつもりはない。オレ様に選ばれた素質ある人間として、存分に振る舞うといい」







 そう言うとジェイドは右手の力を抜き、私を元の位置に立たせた。



 解放された私はまたしてもジェイドに寄りかかり、変えられなかった現実の衝撃にむせび泣いた。堂々と振る舞うって、そんなの許される場じゃないのに……




 でも……なんだろう、なんでだろう。最後の一言が、なんだかじんわりと心に溶け込んでくる。



 ジェイドに選ばれた……仕事に追われるだけの小娘である私を、彼は選んでくれた……



 たったそれだけで……なんだか報われた気持ちになれるのは、何故なんだろう……








「……わかった。ドレスについては諦める。でもそれとは別に一つだけ言わせて」




 空いているソファーに座りながら、私はジェイドに言う。




「何だ、まだ文句があるのか。言っておくがデザインについても変更は受け付けないぞ」

「それも承知してる……何で黒にしたのか、それが知りたいだけ」




 私が引き立つ色って、何を根拠にそんな……








「簡単なことだ。生命は誰もがその身に色を宿している」





 ジェイドは私の隣に座り、腕を組みながら偉そうに――



 いや、長い歳月を生きてきた経験からくる説得力で、大層真面目に話した。





「それは環境に応じて変化するが、必ず存在している。オレ様はそれが見えるのだ。見た結果お前の場合は黒だった……それだけのことよ」

「……じゃあ、もしも似合う色が赤だったら、赤にしてくれた?」

「ああ、それは勿論」

「そっか……」




 似合う色なんて……考えたこともなかった。聖女だから、婚約者だから白って、思考が停止したように思っていた。




「ジェイドが黒だから、従者の私もそれに引っ張られたのかな……?」

「それもだろうが、オレ様が見るに、仮にオレ様と契約を結んでいなくても黒になっていたと思うぞ」

「……えっ」






 黒色……どう考えても聖なる力とは結び付けられない色だ。邪悪な感情、歪な思惑、傲慢な態度……




 私が……そんな感情を抱いたことなんて、あったかなあ。心当たりなんて一切ないけど――








 そんなことを思っていると、部屋の扉が叩かれた。騎士の一人が私を呼びに来たらしく、そろそろ打ち合わせの時間らしい。



 ジェイドには――もう頭がいっぱいになっていたので、あえて自由行動してもらうことに。何をしでかしても、きっと彼を止められる人なんて、存在しないんだろうな……






「失礼します。遅れてしまい申し訳ありません」






 そうしてやってきたのはルーファウス様のお部屋。もちろんルーファウス様と彼の執事であるセオドアさんが待機していて、他にも豪華な鎧を着た騎士達が複数名待っていた。




 ――そしてその全員の目が、私のドレスに向かう。






「……いや、別に大丈夫だよ。ドレスを選ぶのに時間がかかったのかい?」

「その通りです。気合を入れすぎてしまって」

「気合ねえ……ふうん……」





 ……ルーファウス様の眉が吊り上がっている。目は平らになって、品定めするように私を眺めていた。





「このパーティは僕が即位するということを、大々的に知らせるパーティだ。つまる所僕が主役というわけだ。だがその色は、僕より目立つんじゃないのかな……?」

「あの……実は昨日の襲撃の折に、呪いを受けてしまって」

「呪いだぁ?」




 落ち着いた物言いから一転、ルーファウス様は間の抜けた声を出す。そして私の口からは、短い時間で考えた嘘がつらつらと出てくる。




「ええ。ドレスを着ようとすると、全て大胆な露出になってしまうという、そういう方向性の呪いです。魔法の類なので脱がせられませんよ。試してみてもいいです」

「えっ、じゃ、じゃあお言葉に甘えて、っ」




 ルーファウス様は流れるような手付きで、私の胸元に手をかける。そして布を両手で引き裂こうとするが、言った通り破れなかった。




「ぜぇぜぇ……これは、またけったいな呪いだな……」

「はい……なので今回はこれでどうにか……」

「ぬぐぅ……脱がせられないならどうしようも、どうしようもないんだが……な?」





 ここで口を挟んできたのはセオドアさん。私に向けてきた冷ややかな視線から一転、ルーファウス様には場を和ませるような笑顔を見せながら。





「まあまあ気に病むことでありませんよ、ルーファウス陛下。彼女の輝きが変えられないなら、貴方様が変わればいいだけのこと。黒が霞むような黄金の服を用意させましょう」

「そ、その発想はなかったな。よし、黄金をまとって気分一新だ!」





 ああ……セオドアさん、本当にここぞとばかりに入ってくれるなあ。黙っているなんてひどいなんて思ったこともあるけど、それはタイミングをうかがっているだけ。




 ルーファウス様も上手く説得されて、とりあえずドレスについての問題は解決かな――








「――っ!?」




「うっ……!!! あああああああああああああああああっ!!!」







 話が次に進むかとなった瞬間、私のちょうど真後ろにあった扉が開け放たれて――




 そこから真っ直ぐ向かってきた炎が、私を包み込んだ。







「なっ!!! コルネリア、一体何をやってるんだい!? ここは僕の部屋だぞ!!!」

「うるせェ知るかァハナッタレがよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」






 どんどん炎が放たれる距離は狭まっていき、比例して身に喰らう温度も上がっていく。




 熱で頭が支配され、私は立っていられなくなり、顔からその場に倒れ込む――






「このアマがよォーッ!!! てめえコルちゃんより目立つドレス着やがってよおおおおおおおおお!!!!! 着替えるつもりねーってんなら燃やしてやる!!!!! その服装ごと灰にしてくれるわーッ!!!!!」

「やめろ!!! いくらコルネリア様であろうとも看過できん!!! 羽交い絞めにしろ!!!」








 ――いつしか燃えている感覚よりも、背後で人がもみくちゃになっている音の方が気になっていく。




 そしてさっき、ジェイドに言いたいことが一つあるって言ったけど……




 すっかり忘れていた。もう一つあった。それは、炎に包まれたこの感覚のことだ。

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