第19話 大胆にして不穏なるドラゴン

「むぐ……美味い……なんて美味さだ……」





 あれからアップルパイは無事に焼き上がり、ジェイドは椅子に座り、テーブルに突っ伏しながらもぐもぐ食べている。堪能しているのかペースはゆっくりだ。1つは私が朝食として食べている。





「あはは、お気に召したようで。また作ろうね」

「そうだぞ! また作ろう! 次はもっと大きいのだ!」

「そうだね……」






 魔力を操って調達しているという服装は、よく見かける旅の剣士とかのそれで。機能性とデザインを突き詰めたシンプルな格好になっていた。




 突っ伏してだらけている様子だが、それでも翡翠色の瞳は輝いたままで。




 集中していないと、彼に吸い込まれてしまう。あらゆる行為が止まってしまい、叡智を超越した存在に全てを奪われそうになる。






「……サリア? どうした? オレ様に何か言いたいことでもあるのか?」

「あっ、いやっ、そんなことはないけど……」





 言いかけたのを、部屋の扉が開かれた音が遮断する。





「ん、お客様だ……ちょっと行ってくるね」

「……今から仕事というわけではあるまい?」

「それはないよ、だってまだ着替えていないもん」








 現実に引き戻してくれた訪問者に少し感謝しつつ、私は応対する。訪ねてきたのは侍女の一人で、メイド服にはマクシミリアン王国の紋章が刻まれている。



 つまり王国直属の侍従ってこと。それが意味する所は――






「サリア様。ルーファウス様より伝言です。即位記念パーティの打ち合わせを行うので、本日中に王城にいらしてくださいとのことでした」

「パーティ? ……ああ、もうそんな日なんですね」




 今日の仕事は『聖女』としてではなく、『婚約者』として行うということ。








「ただいま~……急にで申し訳ないけど、私今日は王城に行くから」

「城だと? この国を統べる、愚かな王がふんぞり返る所か」

「えっ……う、うんまあ」




 成長したら急に口悪くなったよこの子。ジェイドは空になったアップルパイの容器を指で弄りつつ、椅子に座りながら私の着替えが終わるのを待っている。




「そろそろルーファウス様の即位式が近いからね。その宣伝として、色んな国の人を集めて立食会するの。私も婚約者として出席するんだよ」

「ふむ、即位か……その人間の即位がサリアにどう関係する?」

「即位したら、私も結婚の準備をするから……成人までもうちょっとあるけどね。でも、一年も数ヶ月もあっという間だよ」

「結婚か……」






「では即位が終わったら、お前はその人間のということだな。結婚とはそういう誓いだ」








 その言葉にぞくりと背筋が凍る。




 振り向いたジェイドは両肘をテーブルにつけて、顔の前で手を軽く組んでいて、そして翡翠色の鋭い眼光を放っていた。




 軽く咳払いをして私はごまかす。ちょうど着替えも終わったので、私は早速部屋から出ようとする――






「……」

「……」





「……あの、ジェイド」

「どうした?」




「もしかして、私と一緒に来るの……?」

「そうだが?」






 私がジェイドの隣を通った瞬間、彼は椅子から立ち上がり、私の後ろを黙って歩いてきた。






「に、人間のパーティなんて、ドラゴンには何一つ面白くないと思うけどな……」

「最早オレ様は、お前が他の人間共に蹂躙されてくるのを、指を咥えて待ち続けるようなことはしない。お前に手を出す輩は全て焼き尽くしてくれる」

「え……」





 ドラゴンって、こんなにも所有物を大事にする存在なの……?




 神経質すぎるよ……少しぐらい傷ついたっていいじゃん? 死ななければさあ?





「べ、別に死ぬわけじゃないし……そんな、焼き尽くすなんて物騒なこと……」

「昨日の件を忘れたとは言わせんぞ。オレ様が救出に向かっていなければ、死んでいたではないか」

「う……」




 そ、それを引き合いに出されると、もう私何も言えない。




「とはいえ先ずは様子見だがな。サリアの説明だけでは、そのパーティとやらの目的が不明瞭だ。探らないことには始まらん」

「あ、そうですか……じゃあ物騒なことが起こらなかったら、何もしないって解釈でいい?」

「現状はそれで構わん。オレ様に力が着実に戻りつつある現状、その可能性は皆無だがな」

「……」





 もう……ね。身長もでっかくなった結果、不穏なことしか言わなくなったよこのドラゴン……




 頼むから何も事件を起こさないでほしいな……そうして最後まで平和にいてもらって。




 私は予定通り、ルーファウス様と結婚するんだ。誰にも覆してほしくない将来。結婚したら私は……








「おおサリア! 何処に行こうとしていたんだ?」

「司祭様おはようございます。今王城の方から呼ばれまして、パーティの打ち合わせの為にそちらに向かいます」




 部屋から出て教会にやってきた私。ここから王城行きの転移魔法陣部屋まで向かい、あとは魔法の力で一発で飛ぶ。




「あー、そうかサリアは婚約者だったな……それは仕方ないな……」

「まだ支援が必要な状況で、心苦しいですが……よろしくお願いします」

「うんうん、本当にこの状況でサリアがいないのはきついなあ」





 挨拶をした司祭様は、大仰に肩を竦めながら、オーバーなリアクションを交えてそう話す。





「『聖女』も『婚約者』もやる必要はないんだ! そうしたらこちらの仕事も回りやすくなる……サリアにのに!」




「そもそも国民の3分の1が死んでいるという状況で、ルーファウス様は支援を差し置いてパーティを強行するというのか? どれだけ上っ面を重視したいんだか……」








 ――司祭様が去っていった後、私は彼の発言について考える前に、とんでもない事実に気が付いた。




「ジェイド……気配の遮断が完璧だね」

「ここで騒ぎになって王城に行けなくては本末転倒だからな。潜むのが最適解と踏んだ」

「それもまあそうか……」





 私にはしっかりとジェイドの姿が視界に入っているが、道行く人々は空気のように通り過ぎていく。何なら会話をしても一切不審に思われる様子はない。





「そんな細かい魔力調整ができるの、焼きリンゴやお風呂で練習した甲斐があったかな? なーんて」

「はは、確かにその成果は考えられるな!」









 それから何事もなく、教会から王城へ移動できた。王城内には教会直通の転移魔法陣部屋があって――




 そこから出てきた私は、大勢の侍従達に頭を下げて迎え入れられる。こうして他人に敬意を振る舞われていると、自分が『次期国王陛下の婚約者』であることを、否応なしに実感するなあ。





「お待ちしておりましたサリア様。今からドレスに着替えていただきますので、お部屋に案内いたします」

「よろしくお願いします」




 さっき部屋まで来てくれた侍女さんがやってきて、私に声をかける。まあ王城のことなんてわからないから、理解している人に従うのが無難だよね。











 とまあ侍女さんに連れられて、少し広めの部屋までやってきた。




「失礼します……わあ」

「こちらに並んでおりますドレスから試着していただきます」






 ハンガーには何種類のドレスが並べ立てられており、どれも細部のデザインが違う。レースの種類やスカートのひだ、肩の露出度や胸元の切り込みの形。




 でも……いや、せっかく準備してもらってるのに、こんなことを言うのは……




 ……だけど。






「白いドレスしかないんですね……」

「……はい?」




「会話を楽しむパーティなんですから、もっとはっきりとした色のドレスもいいかなって……赤とか青とか、着てみたいなーって」

「……」











「『どうせ犯罪者風情が、度が過ぎた冗談を言うな』」





「貴様の次の台詞はこうだ」











 その言葉と共に、今まで私の後ろで静かにしているだけだった存在が、突然牙を剥いた。






「「「「ア゛ッ……アアアアアッッッッッ!!!!!」」」」





 私を連れてきてくれた侍女さんを始め、着替えの手伝いをしようと待機していた侍女さん達。全員揃って突然身体から炎を噴き上げた。






 ついでにドレスの山も一気に燃えた。痛みに係る絶叫と揺らめく熱気、布が燃える特有の臭いが部屋全体を覆う。私は一気に青褪めた。





「ジェイド……何してるの!?」

「この炎は外部に漏れることはない。騒ぎになることはないから安心しろ」

「安心って……こんなのどこが安心って言うの!!!」





 ――初めてジェイドに対して怒りを露わにした。





 だが所詮は私も一人の人間。ドラゴンにそんな感情をぶつけた所で、状況は一切変わらなかった。





「っ……!?」

「色々と言いたいことがあるが、最も不満なのはこのドレスの山だな。連中はサリアのことを何一つ理解していない」






「故にこのオレ様が直々に、最も美しい姿にしてやろうというわけだ――」






 ジェイドが私の頭の上に手を置く。そこから魔力が流れ込んでくると――





 抵抗することを一切赦されず、私の肉体も途端に炎上を始め――







「いっ……いやああああああああああああああ!!!!!!」





 身体中が焼ける痛みと乾燥に精神まで支配されることとなった――

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