第18話 心に盛る炎

 翌日――私が部屋の外から聞こえるざわめきに、揺り起こされるようにして目を覚ました。





「ん……騒がしいな。何かあったんだろうか……」





 昨日の夜は静かだったから、相対的に環境音が大きく聞こえていたのかもしれない。







 部屋の外に出てみると、ざわめきは実態を持って私の眼前に現れる。




「……うわ」




 あまりにも凄惨すぎて、一周回った知能が低い感想しか出てこなかった。








「ゲール団長! ゲール団長……!!! ああ、何でこんな目に……!!!」

「おおおおお落ち着け、今思えばあいつはいけ好かない奴だったんだ。だからこれでいい……のか!?」

「い、いやーっ!!! 魔物の襲撃といい城下町の火災といい、マクシミリアンに一体何が起こっているのよーっ!?」






 私は教会の中からその光景を目撃したが、大半の人は入り口側からそれを見たのだろう。




 人から追及されないように、こそこそ隠れながら近付く。ある程度の距離でその歩みは止めた。




 これ以上は見る必要はないと、本能が危機を察知したのだ。






「聞いたことがある……大昔の神とか魔とか呼ばれる連中は、最も恐ろしい処刑方法として、今の、ゲール団長みたいなのを……」

「あ、あたしも知ってる!! でもそれって、生きたままわざと苦しめるように施すから、結果としてグロい形にしかならないんじゃなかったっけ!?!?」

「そ、それなのに……こんな、綺麗な……」






 『ブラッディ・イーグル』ってやつだっけ。脇腹にナイフを入れ、肋骨を全部剥いだ状態にし、そこから肺を取り出し翼に見立てる。でも誰かが喚いているように、大半は上手く取り出せずにぐちゃぐちゃになるって、教会で読める記録に残っていた。




 今ではどこの地域でもおぞましいと言ってやらなくなったこと……それをやってる誰かが存在している。その意味する所は――






「も、もうだめだわ!!! 私も下手な真似したら、ゲールみたいに殺されちゃう!!!」

「嫌だぁぁぁ死にたくないぃぃぃ~~~~!!! ルーファウス様は、ルーファウス様はこのことをご存知なのっ!?」

「あの方は……今は王城におられる。セオドア殿も走り回っていたから、教会の出来事が伝わるのは先になるだろうな……」

「待っていられるかってんですかそんなの!!! あたしもうこの国を出る!!!」






 普段決してお目にかかることのない臓物を見てしまった影響か、入り口に駆けつけた人々全てが騒ぎ立てており、私の存在は見向きもされなかった。



 でも今は……好都合かな。そもそも朝からなんてものを見てしまったんだ。






 ……というか今は朝なのかな? 時計も確認せずに出てきちゃった。あとご飯を食べて着替えもしなくっちゃ。




「でもそれを済ませた所で、仕事できるかって言うと……微妙……」




 昨日の疲れが溜まっているのか、なんとなく気分が上がらなかった。まあそんな状態でもやらないといけないのが仕事なんですけども。






 常識に心を引き戻しつつ、私が自室に戻ると――






「おお! サリア、お前も外に出ていたんだな! も今戻った所だ!」








 どくん、どくんと、心臓が大きな音を二つ立てた。



 誰? とは聞かない。そんなのわかり切っているから。



 何してたの? とも聞かない。手に成果物を持っていたから。



 どうして? すらも聞かない。ドラゴンとはそういう存在だ。






 理性が到達する極地である『疑問』すらも焼き尽くす、凄まじいまでの炎が、私の心に吹き荒れた。






「……ジェイド?」

「どうした、新たに成長したオレ様の姿に驚いたか?」

「……別に。ドラゴンってそういう生物なんでしょ」





 今目の前にいるジェイドは、身長が大きく伸びて、私よりもちょっと小さいぐらい。顔は昨日のあどけなさを残しつつも、更に整っていき目の形もスマートになっている。声色も低くなっており、私と近い年齢の男の子が必ず通る、変声期に突入していた。





「ならば何故オレ様と目を合わせない? ははーん、さてはオレ様のこの美貌に目が眩んでいるのだな!?」

「そんなんでもないよ。着替えないといけないなーって、クローゼットの方に目を向けたの」

「ふふん……そのような嘘なぞ、この『竜帝』ジェイド様にはお見通しだ!」





 彼の言う通り、目を向けたというのは嘘だった。指摘されたことで、私はジェイドに嘘をついてしまったことを自覚する。






 それが少し癪に障った――自分が嫌になった。だから着替えに行こうとする足を止め、決意を固めて彼の方に振り向く。




 翡翠色の瞳は益々輝きを増し、その光に私自身が耐えられなかった。数秒しか目を合わせることができず、視線だけを逸らしてしまう。




 幸いにも瞳から逸らせるような物体を、彼は両手で抱えていた。





「それ、手に持ってるのは……小麦粉、バター、シナモン、卵、砂糖……」

「これが気になったのか? 前にサリアが見せてくれた本にな、『アップルパイ』というのが載っていた。オレ様はそれが気になった故、作ってもらおうと材料を調達してきたのだ!」




 ……ここに来て質問したいことが出てきた。やっぱりドラゴンはわけわかんない。




「アップルパイに使われている食材が何か、理解できたの? あの本の文字を理解したの?」

「その通りだ! オレ様にかかれば、人間の言葉なんぞ容易に理解できるわ!」



「は、はあ……で、肝心のこれはどこから持ってきたの?」

「この建造物を歩いていたら、これらがたくさん置いてある場所を見つけてな。そこから持ってきたのだ!」

「な、なるほど……」




 成長しすぎだ、このドラゴン……本当に何を栄養源にして、成長して、






「サリアよ……今日は仕事のある日か? お前はこれから仕事に向かうべく、着替えに及ぼうとしていたのだろう?」

「えっ、えっと……ま、まあそうだけど……」





 ジェイドは手にしていた食材を全部テーブルに置くと――




 空いた両手を存分に使い、私の両手を包み込んだ。






(……っ!?)




「その仕事よりも、オレ様アップルパイを作る方が重要だと思わないか?」





 身長の都合により上目遣いになりながら、ジェイドは私を説得する。なんで、でもどうして、



 昨日まで散々聞いてきたジェイドの声なのに。それがたった少しだけ低くなっただけなのに。




 身体を燃やす炎はこんなにも収まらないんだ? 今にも熱くて、薄手で短い袖の服に着替えたいぐらいに火照っている。



 だけど同時に――それをいつまでも堪能していたいと思う自分がいる――





「わ、わかったよジェイド。その代わりちゃんと手伝ってよ」

「元よりそのつもりだ! オレ様の炎が活躍できるまたとない機会だからな!」

「料理のこと、そんな風に捉えてくれて何よりだよ」









 こうして朝の忙しい時間に、パイというかなり工程を経ないといけない料理を作ることになった。



 でもジェイドが手伝ってくれるから、何にも不安なんてなかった。彼は炎を自在に操れると同時に、その体格に見合う腕っぷしの強い若者になっていた。






「うおおおおおー!! りゃー!!」

「ちょっ、水飛んだよ!! 飛ばない程度に力込めて!!」

「む……注文が多いな!! だがサリアがそう言うのなら、いいだろう!!」





 パイに必須な生地を作る工程は、ジェイドにやってもらう。ドラゴン特有の腕力でたちどころに小麦粉と水が練られていく。



 私はその隣でリンゴの皮剥きだ。ついでに容器に入る大きさにカットしていくが、ジェイドのペースが早くてこっちの準備が終わっていないという事態に。





「サリア!! 言われていた通りの固さにまで練ったぞ!!」

「早っ!? でもいいや、あとは何とかなるか!!」




 ジェイドから生地を受け取り、半分を容器に敷き詰める。そうしたら切ったリンゴを並べるのだ。




「次はこの上にシナモンと砂糖をふりかけるッ」

「おお! ここで来るのかシナモン!」



「そうしたらもう半分の生地で全体を覆って……」

「生地とリンゴの匂いだけでも美味そうだ!! もうオレ様は食いたいぞ!!」



「だめです、私も食べるんだから! 卵黄液をスプーンの裏でちゃっちゃと塗る! こうすると焼き上がりが美しい!」

「そこまで拘ってあの本は書かれていたのか!? 何という策士!!」

「いや褒められるような策は練ってないよ!! でもって、ほい!!」





 私はパイ生地が入った容器を浮かせ、それを魔力で包み込む。これは熱を通すように仕込んであるので、





「ジェイド、あなたの炎でこれを焼き上げて! この前リンゴを焼いたような炎で、20分!!!」

「20分だと!? ふ……やってやろうではないか!!」




 わざわざかまどを起動させる時間の短縮。ジェイドをおだてて協力してもらう方が手っ取り早い。




「理解していると思うがオレ様は手加減せんぞー!!! うおおおおおおー!!!」

「だろうねそんなこったろうと思ったー!!!」






 部屋が炎で焼け落ちないように、私は自分の魔法で温度を調節しながら、20分耐えるのだった。








 その間彼の操る炎を間近で受けることになったのだが――気づけたことがある。




 今もなお心で盛っている炎は、料理に使うそれとは、ものである、ということ――

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