第22話 縋ってきた物を焼き尽くす炎

「うっ……ううっ、うっ……」





 脇目も振らず走ってきた。いつしか使用人すらもいない、屋敷の端にまでやってきている。




 並び立つ扉の一つの前で止まり、そこで膝を抱えて縮こまる。誰も見てやしないのに、人に泣いている姿を見られたくないという恥が勝ったのだ。





「えぐっ……うわああああああん……」




 こんなに泣いたのはあの日故郷が焼かれた時以来だ。逆に言うと、あの時と同じぐらい悲しかった。



 そして今まで頭から消し去っていた、あの疑問を脳裏に浮かべる――








 これまでの私の人生は、一体何だったんだ








「……っ?」





 ばたばたばた、と耳につく足音がした。どれぐらいの間泣いていたのかもわからない。




 誰かここまで来たのかな、と自然に思う。それならしばらくパーティから離れて休みたいってこと、説明しないとな。




 私は立ち上がり、まだ泣きたい気持ちを一旦こらえて、その足音がした方向に向かう――だが結構歩くことになるとは思わなかった。








「ここって……誰かの控室……?」





 やってきた先は、一番最初に私が来た廊下よりも日当たりがよく、掃除もされているであろう綺麗な部屋が並んでいる。




 使用人がいないのは変わらない。きっと全員パーティに駆り出されているのだろう。だがその中でも空いている扉を見つけた。






 同時に、そこから力を失くして伸びている、血を流した状態の手も。






「ぐへ、ぐへへ、やっと二人きりだね……♡」

「いっ……嫌あああああああ……!」








 ――別に見捨てればよかったのに。助けた所で返ってくるのは罵倒と侮蔑だけなのに。




 でも私の本能がそれを許さなかった。自分が殺されてしまうという不安より、困っている誰かを見捨てるのが嫌だった。






 そんなことだから今まで食い物にされてきたんだろう








「なっ、何してるの――」





 両手で魔法を放つ準備をしながら、声の主達に姿を見せる。




 一人は先程散々聞いてきた通り、コルネリアさんだった。彼女は化粧が中途半端に落ちた顔で、恐怖に青褪めていた。彼女の足下には抵抗しようとした使用人が倒れていて、きっと今からお色直しだったんだろう。




 そこにもう一人が――私が来た途端、警戒してナイフを向ける手をぴたりと止めた、ひげもじゃの男が襲ってきたというわけか。どう見ても貴族の顔付きじゃないのに、服装だけはぴっちりと整われている男だった。






「ギャーッ!!! サリア!!! いい所に!!! こいつぶっ飛ばしてくれ!!! そうしたらルーファウス様にぐらいにはしてもらおうように言わないこともねえ!!!」




「……」






 恐怖に駆り立てられるコルネリアさんとは対照的に、男はぞっとするほど静かだった。




 ぎょろぎょろと剥いた目で私を舐め回すように見つめ、そしてこう言った――





「おめえ、『流星の森』の生き残りかぁ?」








「……えっ?」

「ああ、忘れもしねえその顔……俺が始末しようと思ったら、父親が割り込んできて、逃がしちまった小娘!」




「……な、んで、」

「参ったな……まさかこんな所で出会うとは思わんかった。これじゃあセオドアに地位も財産も取り上げられちまうぜ……」




「……!!! い、今なんて!!!」

「おう、だーからよ、俺と仲間達はセオドアに頼まれて『流星の森』を襲ったのさ! そこに物凄い力を持つ小娘がいるってことだったんだが、中々森から出ようとしねえってな……」






 一番の被害者であろうコルネリアさんを置いておいて、私と男との間でやり取りは続いていく。






「力を持つ、娘……」

「んで森から出てこねえってんなら、森自体を焼き尽くしちまえばいいと! そう話しながら莫大な額を提示してくれたっけなぁ~~~。その娘を利用して、ルーファウスの小僧を王位に就かせて、自分も側近としてガッポガッポと……」




「……!!!」

「でもその娘がどういう顔してたかは聞いてなかったな……ん? もしかしておめえか? だとするとこんな所で出会っちまったのも理由がつくな?」






 私は我を失っていた。故に自分の体格が、到底男には敵わないものだということを忘れていた。




 もっと話を聞こうと、男の首元を掴もうとする。しかしその腕は、直前で掴まれ逆に握り返されてしまう。






「あっ、あああああああああっ……!!!」

「いやしかし別品な娘に育ったな~!!! ちょうどいい、証拠隠滅と一緒に売り飛ばすか! ついでにコルネリアたんも連れていくからね♡」





 私に間の抜けた声を向けていた男は、コルネリアさんに対しては甘ったるい態度を見せている。一体この二人に何の関係があるのだろうか?





「も、もう何なのよ~~~~~!!! あんたとコルちゃんに一体どんな関係があるってわけーーーーー!?!?!?!?!?」

「関係なら大ありじゃないか!!! 前にコルネリアたんは、『マスブレ』で一緒のチームになった時に、『たくさんキルしてくれてありがとう結婚しよ♡』って言ってくれたじゃ~~~ん!!!」



「言ってねえよそんなこと!!! 『好きだよ♡』ぐらいは言ったかもしれな……あ……」

「好きってことは結婚してもいいってことだよぬぇ~~~!?!?!? 素直じゃないなぁコルネリアたんは♡♡♡」






 男はとんでもなく馬鹿だが、戦闘能力だけは高い。私を掴んでいた手から魔力を流し込み、その圧力によってどんどん意識が遠のいていく。何も抵抗できないまま、コルネリアさんが様子を黙って見ることしかできない。





 いや、それは私にも言えることか――それにこの意識が遠のく感じ、男は無関係なように思えて――






「そしてぼくのことも忘れて、あんな変な金ピカに現を抜かしやがって!!! 今目を覚まさせてあげるからねコルネリアたん!!!」



「ひいっ!!! な、なあいくら欲しい!? ルーファウスに頼んで積ませてやっから!!! いくら積めば逃がしてくれるんだよぉぉぉぉぉーーーーーー!!!!!!」



「そんなのコルネリアたんと一緒になれるってんなら、びた一文もいらねえんだよぉぉぉぉーーーーーーッ!!! 愛の力舐めるなぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!!!!」









 叫び散らかした男が、ナイフを振り上げてコルネリアさんを襲おうとした刹那――




 周囲を熱波が包み込む。空気を奪う死の炎、その息苦しさが光明に思えた。





 私は気付く。意識が遠のいていたのは、男に何かされたからではないと。




 身体の細部から迸るこの炎に、身体機能が追い付いていないだけだったのだ。







「ぐっ……!? ぬおおおおおおおおおお!!!!!」





 男は急上昇していく体温と共に、悶えていき私の腕を離した。




 そしてすぐに、地面に落ち切った私を、誰かが抱え上げてくれた。軽々と私を背負い、背中におぶった。




 頬の近くで何かがはためいて、それが命中しくすぐったい――






「……不快だ。実に不愉快だ。我が従者との契約を破棄する者も、擦り寄ろうとする者も、侮辱し嘲笑い存在価値がないと否定する者も――」




「全てにおいて、人間共はオレ様の神経を逆撫でることしかしないな」








 ――もう私には何も残されていないと思っていた。





「……す、すごいねキミ~! コルちゃん気に入っちゃった♪」

「ん?」





 これからは一生聖女として、で過ごすのかと思っていた。





「この度はコルちゃんのピンチを救ってくれるなんて立派だ! 褒めてつかわす! ルゥくんとは大違いだね~いや~比べ物にならない! いよっ! コルちゃんの王子様!」

「……」





 誰もかもに使い潰され、報われない人生を送るのかと思っていた。





「そこでだ! キミには特別にコルちゃんファンクラブの1ケタ会員になる許可を出そう! すっごいぞ~これは名誉なことなんだぞ~コルちゃんのカワイさを間近で見れるんだから~!!!」

「……はぁ」





 でもそれは思い上がった誤解だった。さっき立場を確認したばかりなのに、もう忘れていた。周りが見えてないだな、私は――





「冗談ならその面構えだけにしてもらいたいものだな」

「あ゛? 舐めてんのかクソガキ? でもコルちゃんは助けてもらった恩があるからぁー、笑顔で受け流すのだー! きゃぴっ☆」






「さあさあコルちゃんファンクラブはいいぞぉー特典が山盛りだぁー! 今話題の仮想魔術遊戯『マスターブレイバー』にて、コルちゃんと優先的に遊び放題なんだからなぁー! これに乗らない選択肢はうっぼう゛ええええええええ!!!!!!!!!!!!!」









 助けてジェイド。翡翠色の瞳を持つ、偉大なるドラゴン。




 全てを燃やしてしまって。貴方の美しい炎で、何もかもを灰に還して。




 私の故郷がそうされたように――!!!








「――そのつもりでやってきたのだ、サリア。オレ様はお前の故郷なんぞ微塵も知らんが――」



「何もかもを灰塵に帰してやろうという執念ならば、世界の誰よりも勝っている。行くぞ」

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