未知との遭遇

「すぅ~、はぁ~」


 神様が消えて数分後、気持ちを落ち着かせる為、両手を大きく広げ深呼吸をするミーク。


 瞬間、サアァ、と心地よい風が美しいミークの黒髪を撫でていく。ピュロロー、と相変わらず見た事もない鳥が、大空を自由に飛びながら鳴いている。


 新鮮な草木の良い香りが鼻孔をくすぐる。とても気持ちいい。こんなリラックスした気持ち、いつぶりだろう? そうやって昔を振り返るも、地球にいた頃はこんな自然の感触を知らなかった事を思い出す。


 地上ではずっと戦闘が行われていた。だからずっと当時の人達は、地下に造られた施設で産まれた時からずっと暮らしていた。その規模は都市と言える程巨大で、生活するには充分な環境が整っていた。


 地下都市内には商業施設や学校までもあった。太陽や月、星が見えない以外は普通の生活が出来ていた。地表での惨状はニュース等では知っていたが、普段の生活には全く影響がなかった。


 そんな環境でミークこと大島美玖は、一女子高生として学校にも通い普通に暮らしていた。否、その美貌と卓越した運動神経からして、校内では相当目立つ存在ではあったのだが。


 そして皇族の末裔、望仁もミークと同じ高校に通う一男子学生だった。皇族という事もあり中々クラスで馴染めない中、それを慮り積極的に声をかけ、結果気の合う友人になったのが、ミークだった。


「……私をミークって呼ぶ様になったの、結局望仁だけだったな」


 フフ、と思い出し笑いをすると同時に、急激に悲しみも襲ってくる。望仁はかけがえのない友人、いや、それ以上を意識するくらい、大事な人だった。


 あんな環境でもそれなりに思い出は沢山あった。自身の機械の左腕と左目は、望仁を生涯護ろうという証でもあった。だがその想い人は、もういない。


 右目から涙が溢れてくる。左目には涙腺がついていないので涙は出て来ないが、その機械の瞳は明らかに憂いをたたえていた。


「こんなところで独り生き返っても、何にも嬉しくないな」


 どんどん想いが溢れ出し、胸が苦しくなり、その場にへたり込み三角座りで膝を抱え嗚咽するミーク。


「ヒック、会いたいよ、ヒック、守れなくてごめん、ヒック、私これからどうしたら……」


 その時、脳内AIがミークに語りかける。


 ーー後方約50mより、未確認生物体7体接近中ーー


 脳内に響くその声に、涙で濡れた顔をハッと上げるミーク。ゴシゴシと涙を拭い直ぐ様立ち上がり後方を振り返る。


 ーーもうすぐ目視できる位置にまでやってきますーー


「未確認生物って事は、人じゃないって事だよね? じゃあ何かの動物? てかあんたも居たんだね」


 ーー勿論です。本体が死滅する、または取り除かれるまで、基本ずっと脳内におります。それはともかく、やってくる生命体は判別不能。未確認生物としか分かりませんーー


 AIがそう答えると同時に、その未確認生物7体が「グギャギャ?」と奇妙な声を上げながら、ミークの前に一斉に現れた。


「……? 何だこれ?」


 背丈1m位の小さな二足歩行動物。大きなギョロ目に尖った団扇程もある大きな耳と奇妙に不格好な大きな鷲鼻で全身緑色。気持ち程度の腰巻きをし、手には皆棍棒や斧を所持している。


「グゲ、ゲッゲッゲ」


「グヒヒヒ」


 舐め回す様に7体はミークを見る。その視線が気持ち悪いと感じながらも、とりあえず知識を持っている生命体っぽいので、ミークは話しかけてみる事にした。


「あの~。言葉、分かります?」


 作り笑顔で出来る限りフレンドリーに話しかけてみたミークだが、その緑色の生き物はそれに答えず、いきなり「グギャハア!」と何やら歓喜の声っぽい叫び声を上げながら、ミークに襲いかかってきた。


 ーー未確認生物からの攻撃です。左半歩下がって回避ーー


「え? あ、了解」


 驚いたものの、脳内AIの指示通り動くミーク。未確認生物が振り下ろした棍棒が空を切り地面を叩きつける。それが合図だったかの様に、他の緑色の生き物も一斉に武器を振り上げ、ミークに襲いかかってきた。


 ーー後方にジャンプ、後右へ1歩移動ーー


「え? はいよ!」


 戸惑いながらもAIの指示通り動き、攻撃を全部躱す。そしてミークはキッと緑の小さな人型の生き物を睨み、ファイティングポーズを取る。


「何処の誰……、というか人かどうかも分からないけど、いきなり襲ってくるって事は、友好的じゃないって証拠だよね」


 そう言いながら左腕の手のひらを開き、7体の集団に向け全滅しようとするも、ふと思い留まるミーク。


「……殺さないほうが良さげ? この世界のルールとか知らないし」


 神様以外で初めて出会うこの世界の生物。いくら自分を襲ってきたとはいえ、何かしら事情があるかもしれない。そう思って攻撃を躊躇った。


 すると、


「ギャギャア!」と叫びながら、1体が背中に背負っていたらしい弓を構えミークに向け引き絞り、矢を放った。


 「え? 弓?」


 驚きながらもそれをAIの指示もなく、簡単に左手でパシンと掴むミーク。


 「てか棍棒といい弓といい、原始的な武器ばっかなんだ」


 超科学文明の中で生きてきたミークはそれらの武器を珍しく思い感想を呟く。一方緑の生き物は「ギョゲ?」と変な声を上げながら、びっくりした顔をしている。まさか掴まれるとは思っていなかったらしい。


 それもその筈、弓で攻撃した緑の生き物とミークとの距離は5mも離れていない近距離だからだ。


「ていうか、もうこれ全然仲良く出来ない感じだよね? でも殺して良いか分からないし……。じゃあ仕方ないか。手のひらから閃光出して」


 ーー了解しましたーー


 AIがそう答えると同時に、ミークは7体の緑の生き物に向け左手のひらを広げる。するとその中央に小さな球が出来、そしていきなりピカッ、と強烈な閃光が炸裂した。


「グギャアアア?」「ギャ、ガア?」「グギィィ!」


 各々驚き叫びつつ、いきなり目眩ましを喰らい各々顔を覆う。


「いきなり攻撃してくるそっちが悪いんだからね。さて、その間にちょっと調べてみよう」


 そしてミークは左目のスコープで未だのたうち回る7匹の緑の生き物をスキャンする。ジー、とミークの紅い左目が7体を生気のない眼で見つめ続ける。


「……何だこれ? 一応関節とかは人に似てるけど構造は全く違う。……ん? 体の奥に宝石? みたいな石があるね。で、全員雄なんだ」


 もしかして自分を舐め回す様に見てたのは、こいつら雄だから? いやでも、普通種の違う生物を雌として認識するかなあ?


「ま、どっちにしろ大して強くもないみたいだし倒せちゃうけど、どうしたもんか……」


 と、少し悩んだ後、「そっか。私が移動してこいつらから離れればいいんだ」と、ミークはその生き物達とこれ以上争う事を止める事にした。


「にしても、どっちに行けば良いのか……。ちょっと見てみるか」


 左目スコープの望遠機能を利用し、草原を数キロ先まで見渡してみる。すると、とある方角に何やら人工物らしき建物を発見した。


「大体距離にして20km位かな? ま、行ってみるか」


 神様に「お好きに」と言われたものの、何をするにしてもとりあえずこの世界の情報を仕入れたいと思ったミークは、まずはスコープで発見した人工物辺りに向かう事にした。


「この世界の重力はどう?」


ーー測定します……、地球の重力を1としてこの星の重力は1,00657278。大差ありませんーー


「成る程。地球よりほんのちょっとだけ重いんだ。何でだろう? 不思議だね。まあでも其れ位なら反重力装置使えるね」


 AIに確認した後、ふわりとミークの身体が浮かび上がる。実際は左腕のみに装備してある反重力装置による浮遊なのだが、うまくバランスを調整して全身を浮かべるのを可能にしている。


 そしてさっきの緑の生き物達、通称達は、漸く目が慣れてきたところでミークが空に浮かんでいるのを見つけ、ポカーンとした顔をして一斉に見上げている。


 その間抜けな様子を上空から一瞥した後、ミークは目的地の人工物の方へそのまま飛んでいった。

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