神様との会話

 ピュロロロー、と高い空から鳥の鳴き声が聞こえてくる。


「ん、……うう、ん」


 所々雲が流れる、澄んだ綺麗な青い空。そして眩しい日差しが全身を照りつける。


「……眩しっ!」


 目が眩む程の日の光に戸惑いながら、上半身だけをむくりと起き上がらせる。


「……ん?」


 辺りはどうやら草原。そして自分は仰向けに寝ていたらしい。


「……え? え? どういう事? え?」


 辺りの平穏な風景に混乱が収まらない。延々と続いている青々とした草の群れ。再びピョロロー、と高い空から鳥のかん高い鳴き声が耳に入る。鼻孔をくすぐる若草の香りからして、


「これ、現実だ」


 ミークは古代から伝わる夢か現実かを知る方法、頬をつねってみる。やはり痛みを感じたので、これは夢ではないと確信する。


 したのだが、そこでハッと、とある人影を探す為あちこちを見回す。


「望仁? 望仁は何処?」


 漸く脳内のAIが、左目に埋め込まれたスコープが起動する。キュィィン、と頭の奥で小さく音を立て、体調不良が無い事、自身のコンピュータが正常に作動出来ている事、左腕の機能にも問題がない事が確認される。


「……よく分からないけど望仁を探さないと」


 スックとミークは立ち上がり、親友であり生涯護ると決めた望仁の影を探ろうとするが、その時、


「ほほぅ。面白い。君は純粋だと魂を貰ってきたが、まさかそんな身体だったとはな」


 突然後ろから聞こえた声に、ミークは驚いて全身をビクっと反応させた後、咄嗟に振り返り身構え警戒する。


 (気配を察知出来なかった?)


 これまで幾つもの戦闘を経験してきたミークだが、一度として敵の気配に気づけない事は無かった。脳内に組み込まれたAIのおかげで。それなのに今、背後に居たこの男には気づかなかった。


 (私のスコープにも異常は無い。という事はこの男、相当な手練?)


 警戒心を最大にしてミークはファイティングポーズを取り対峙するが、そんなミークを前に相手の男はのほほんとした雰囲気で、ミークの警戒を気にした様子もなく、ただ物珍しそうに観察しながらもずっと微笑みを絶やさない。


「まあまあ。我は君と喧嘩したい訳じゃない。我はこの今の状況を一番詳しく知る者だ。そんなに警戒しなくて良い」


「この今の状況をよく知る者? どういう事?」


「我は所謂、神様と呼ばれる者だからね」


 男の言葉にミークは一瞬ポカンとした顔をする。が直ぐ様大声で笑い出した。


「……アハハハハ! 神様! 神様だって? アハハハハ!」


 突如笑い出すミークに、神を名乗った男は不思議そうな顔をする。


「そんなに我の言葉が可笑しかったのかい?」


「アハハハ! そりゃそうでしょ。神様なんている訳ない。もしいたのなら……」


「……あんな悲惨な状況になっていなかった。または、救いがあってもおかしくなかった、という事かい?」


「!」


 地球の悲惨な状況を知っている? その事にミークは驚いた。そしてそのまま、神を名乗る男はミークをしげしげと眺めながら話を続ける。


「……成る程成る程? 君はとある大事なお友達を身を挺して護っていたのだな。だが、どうしようもできない程の、大きな力で命を失った、と」


「そんな事まで分かるの? 本当に神様なの? なら、望仁はどうなったか知ってる?」


 努めて冷静でいようとするミークを見て感心する神様は、守っていた少年、望仁の行方を聞かれ一時困った顔をするも、努めて冷静に事実を伝える事にする。


「残念ながら亡くなったよ。というか、地球で生き残った人間はいない」


「そっか……」


 ある程度覚悟していた答えだが、改めて第三者、神と自称する、自身の様子を知っている者から言われ、それがきっと事実であろう事を理解するのは容易かった。


「そっか。そりゃそうだよな。だって、だってあんな……、あんな絶望的な状況じゃ……、うぅ、グス……」


 小さな嗚咽は徐々に号泣となり、そのま膝を落とし、暫く恥ずかしげもなく泣いた。


「うわあああーーん! 望仁、守れなくてごめん、ごめんなさいーー!! うわああああーーーー!!」


 恥ずかしげもなく号泣し続けるミークの様子を、神様は興味深げに観察し続ける。


 ……脳内と左目、それに左腕だけが機械? になっている様だ。何とも不思議な生命体だな。でも完全な機械という訳でもなく、きちんと感情もあり消化機能も生殖機能もある。この世界のゴーレムと呼ばれる無機質な魔物とも違う。……ふむ。確か地球での言い方だと、


「君はどうやらサイボーグ? とかいうやつなのかな?」


「ヒック、……え?」


 泣きはらしクシャクシャの顔のミークが、その神様の言葉を聞いて顔を上げる。


「その確認する様な言い方……、サイボーグをよく知らない? 神様なんでしょ?」


「そりゃあ我は地球ではなく、この星の神様だからな」


「この星? ここはやっぱり地球じゃないの?」


「そう。ここは地球とは遠く離れたとある星。名前はまだ無い。何故ならここに棲む者達は、星という概念すら知らない。だからまだ名前すら付けられないからね」


「一体どういう事?」


「要するに、君も等しく地球にて死んだのだが、その後この星に転生してきたのだよ。ここは地球とは違う、魔法が使える人がいて、亜人や獣人がいて魔物がいる星なのだよ」


「……」


 俄には信じがたい非常識な話。だがその話を聞いて、ミークは改めて辺りを見渡す。


 前面には青々とした草が生い茂り広がる草原。神様がいる方の後ろ側には、根を張り力強く生い茂る沢山の木々達。そして先程から、聞いた事のない鳴き声で囀る鳥が、澄みきった青空の中を飛び交っている。


 自分の知る地球は、あちこちで噴火が起こり空はずっと赤黒く、太陽を感じる事は無かった。だから地球とは違う星、というのがとてもしっくりくる。


 そして、


「私も死んだのか。というか、全て死んだのか」


 悟った様な、でも納得しなければいけないという様な、切なそうな表情でそう呟いた。そんな呟きに神様は無機質に答える。


「そういう事だ。で、我が君に興味が湧いたので、魂を拾ってこっちに連れて来たのだよ」


 神の言葉にミークは怪訝な顔で質問する。


「私に興味? どうして私をここへ?」


「君を選んだのは多くの地球人の魂の中でも綺麗だったから。そして君をここへ連れてきたのは、地球の惨状を知ったからだね。地球の神は運命に干渉するのは矜持が許さないと一切何もせず、折角誕生した人類に好きな様にさせていた。結果、あの星の人類は自身の手で自らを滅ぼすという結果に陥った。だから、我は君という一雫を落としてみて、この星の運命がどう変わるか、知りたくなったのだよ」


「……」


 分かったような分からないような理屈。でも言いたい事は何となく理解はできる。それでも中々頭の中が纏まらないミーク。


 そこで思い出したように、神様が「あ、そうそう」と言葉を続ける。


「勝手ながらさっき君の身体を分析させて貰ったんだが、君の機械の部分のエネルギー、地球では電気の力を何かしらの方法で確保し、電力で動いていたよね? でもこの世界には電気を作る構造を知る人がいないから、電気をエネルギーにする事はとても困難だろう。だからその代わり、この星の空気中に沢山漂ってる魔素を、エネルギーに変換できるようにしておいたよ。特に何もしなくてもエネルギーは自動的に補充される」


 乙女である私の身体を勝手に分析してたんだ、とその事に若干腹が立ちつつも、神様のとある言葉が気になって質問するミーク。


「マソ? って?」


「魔法を使う為に必要なエネルギー、とでも言えば分かるかな?」


 魔法、ね。ミークはそういうファンタジーなものが実際に存在するんだ、と何とも言えない顔をする。


 そこでいきなり神様が「あ、しまった」と声を上げる。


「すまないすまない。君今素っ裸だったね」


 え? ミークはそう言われて改めて自分の姿を確認。……流石のプロポーションで、確かに一糸まとわぬ美しい裸体を曝け出している。


「~~~~!」


 一気に顔面真っ赤になって、慌てて大事なところを手で咄嗟に隠すミーク。


「ちょ、ちょっと! 何で私、服着てないの?」


「……今の今まで気づかなかった君にもびっくりだけど」


「だ、だって事態が事態だからしょーがないでしょ!」


 そう言いながら今度は全身を隠そうとしゃがむミークを見ながら、神様は申し訳無さそうに提案する。


「なので、この世界で一般的な、冒険者の服装を用意するよ」


 そう言うと、瞬時にミークの身体が仄かに光り、途端白い半袖シャツに黒いスパッツの様な膝丈のパンツ、両胸を覆う形の革製の胸当て、そして膝当てと同じ材質の靴に、腰にはポシェットが現れ身に付いた。


 当に魔法の如く服が現れ、驚いて立ち上がり、自分の服装をあれこれ見ているミークを見てホッとしながら神様は微笑む。


 そして手をひらひらさせ、


「じゃ、そういう事で」


 と、そのまま消えていこうとする。ミークはハッと慌てて神様に問いかける。


「いやちょっと! 私はここで何をすれば良いの?」


 ミークの問いに神様はニコ、と、素敵なスマイルをお見舞いしながら、


「お好きに」


 と答え、「じゃあ頑張ってね」と、霧散する様に消えていった。

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