初めての異世界人※但し盗賊

「きもちい~い」


 きっと今は昼頃だろう。空高く見える太陽は真上辺りに浮かび、雲一つない青空の中を、ミークは時速20km程で目的地の人工物へ、空を飛んで向かっていた。


「こんな澄んだ空気、初めてかも知れない」


 余りにも自然の空気が気持ちよくて、そして別に急ぎの用事もないので、この心地良さをじっくり味わいながら、楽しみながら飛んでいた。


「……」


 何となく空中で仰向けになってみる。瞬間、眩しい太陽の日差しがミークの瞳に入ってくるも、遮れば良いのは右目だけ。左目は一切問題ないまま、そのまばゆい光を一身に浴びる。


 確か地球も、遠い昔は青くて美しい星、自然豊かで水が豊富だったって先生言ってたなあ、と、学校で習った事を思い出すミーク。だが、自分が知っているのは、地下都市の高い天井、そしてそれが破壊され、否応なく地表に出た時に見た、赤黒い雲に覆われた空と息苦しい空気。とても美しいとは形容出来ない、ある意味地獄の様な様相だった。


「何でああなっちゃったんだろうなあ」


 神様の、「あの星の人類は、自身の手で自らを滅ぼすという結果に陥った」という言葉に、複雑な思いを抱く。


「何故私達は、自身の手で自分達を滅ぼしちゃったんだろう?」


 ーー現在目的地から約3km地点ですーー


 自問自答している最中、唐突に脳内AIからの言葉が聞こえたので「了解」と独り言の様に答えるミーク。そして、もしかしたらこの世界は、人が飛ぶのが珍しいかもしれない、とも思ったので、悪目立ちしない様、目的地の人工物から少し離れたところで一旦着陸する事にした。


 音もなくそのまま地上に近づき、ホバリング状態となってからそっと地面に降り立つ。そしてそこから歩いて向かう事にした。


「ん? これ、道路舗装されてるよね? コンクリートでもレンガでもなく、地面を押し固めた様な感じだけど」


 という事は、この道は普段生活道路として使用されている可能性が高いという事だ。


「でも原始的だなあ。電気がない、とか神様が言ってたけど、という事は科学技術も全然発達してないのかも……。じゃあ、私のこの身体の事は、余り知られない方が良さ気だね」


 これからはより慎重になろう、と気を引き締めながら、とりあえず紅い左目を右目同様、黒茶色に変えておく。そして土を固めただけの道路を歩いて行く。


 突如、脳内AIがミークに話しかける。


 ーー生命体の気配。どうやら人の模様。8人はいます。物陰に隠れ、こちらの様子を伺っていますーー


「物陰に隠れてる?」


 て事は、これもさっきの緑の生物同様友好的じゃないな、と判断したミークは、とりあえずいつでも左腕を使える様にしておきながら、相手の出方を伺おうと、何知らぬ顔でそのままあるき続けるにした。


 すると、草むらの陰から、髭を生やしっぱなしの小汚い、上半身ほぼ裸の、筋骨隆々で背の高い男達が8名、バッとミークの行く先を塞ぐ様に現れ、何やら大声で話しかけてきた。


「&%ッLi'+^¥;!」


「……何を言ってるのか分からない」


「>’%$”=@!!」


 何やら興奮しているっぽいが、言葉が一切分からないミーク。


「あ、そっか! ここ地球と違うから言葉も違うんだ!」


 それに気づいたミークはAIに「解析して」と命令。


 ーー参考言語が少なすぎます。もう少し何か話をさせて下さいーー


 ええー、無茶を言う~、とミークは思ったが、AIの言う事も最もなのでとりあえず、「え、えーっと、こんにちは~、お元気ですか~? あなたのお名前は~? どんなご要件~?」と努めて笑顔で話しかけてみる。


 当然男達もミークが何を言ってるのか分からないので、皆して「「「???」」」と首を傾げている。


「’’&%()’~¥@:*?」


「「”#&ってんのか、わか’(=$!」


「え~と、もうちょっと何か話してほしいな」


「何て言って&%んだ? まあいい。¥%”のいい女だ。とっ$’#ろ」


 AIの解析が進んで、とりあえず半分程度は聞き取れたが、その言葉の中にどうも良ろしくないワードがあるのは辛うじて判った。それでももう少し会話せねば。でも何を話したら? と、ミークが呑気に考えている間に、突如2人の男達がミークを後ろから羽交い締めにした。


 咄嗟の事に驚き、無反応だったAIに文句を言うミーク。


「え? AI何やってんの? ちゃんと危機管理してよ!」


 ーー言語解析に間取り失念していました。解析完了ーー


「はあ? あんたが失念? てか、とりあえず私も話せる様にして!」


 ーー了解。ところでこの羽交い締めどうしますか?ーー


「解くに決まってるでしょ!」


 AIの処理のおかげで、ミークもこの世界の言葉が話せる様になったので、ミークを取り囲んだ男達は何を言ってるのか理解した様だ。ミークのその言葉を聞いてゲラゲラ笑い出す男達。


「おい! 何を解くだって? まさか拘束を解く、とかじゃないだろうな?」


「ギャハハハ! 男2人で抑えてんのに解ける訳ねーだろ!」


「しっかし、まさかこんな上玉がこんな辺鄙な場所にいるなんてなあ! 俺達ツイてるぜ!」


 そして正面に立っている、リーダー格と思しき男が、肩に担いだ大剣とトントンと肩叩きしつつ、ゲッヘッヘと下卑た嗤いをしながらより大きな声を張る。


「こいつぁ滅多にお目にかかれねぇレベルだ! お前ら丁重に扱えよぉ? 傷ついちまったら価値下がるんだからよ! ま、当然俺が味見してから売るんだけどなぁ!」


 完全に意味を悟ったミークが、明らかに嫌な顔をする。


「うわぁ……。解析止めときゃ良かったかも」


「何だ? 解析?」


「あ、ううん。こっちの話」


「って、おい! お前ら何のびてんだ!」


 そうやってミークが呑気にリーダー格の男と会話している間に、いつの間にか背後から取り押さえていた2人の男は気絶し仰向けに倒れていた。


……ま、悪党なのは間違いないだろうけど、さっきの緑の生物同様、とりあえず殺さない様にしとこう。この世界のルールとか詳しく知らないしね。


 ミークは周りの男達が気付かれない様、左腕をそっと切り離し、羽交い締めにしていた男達2人の後方から、手刀で首を叩き気絶させすぐ左腕を戻していたのだ。


 リーダー格と残り5名は、何が起きたか分からない事もあり、さっきまでの余裕ある様子からうって変わり、手に持つ武器を構え警戒する。


「もしかしてこの女、魔法か何か使ったのか? チッ! だとしたら面倒だ。おいお前ら! 多少の傷は仕方ねえ! 一斉に飛びかかって捕まえんぞー!」


 リーダー格の男の大声に呼応し、他の5人が「「「おおーー!!」」」と雄叫びを上げた後、一斉にミークに飛びかかった。


 ーーバックステップから左腕で顔を守って下さい。それから左腕から粒子ビームを発射しますーー


「却下! ビームは使用不可! 白兵戦でお願い!」


 ビーム使うと間違いなく瞬殺してしまうだろう。なので、ビームでの攻撃を止めさせる様指示。それをAIが了解、と返事する間、バックステップするミーク。瞬間ミークが居たその場所に1人の男が振り下ろした剣が地面に突き刺さる。続いてもう1人が横薙ぎで剣を振るうも、ミークはそれを左腕で受け止め事なきを得る。


「腕で剣を受け止めただと?」


「身体強化の魔法か? やっぱこいつ魔法使いだ!」


 ミークの所作に騒然とする男達。一方のミークは男達から聞こえてきた「魔法使い」という言葉に反応する。


……何だか魔法使い、とか思われてるっぽい? ふーむ、そういう存在が居るんだ? てか、もしかしたらビームも魔法と勘違いされるなら使えるかも?


 ーー右斜め後ろへ後退。その後左腕で……ーー


「あーもう一々指示聞いてるの面倒だからオートで!」


 ーー了解。オートディフェインスに変更しますーー


 AIからの細かい指示が面倒になったミークはそう言うと、AIからの指示の声が無くなったと同時に、左腕を前にしてファイティングポーズを取る。


「おいおい。俺達男6人相手に戦う気かよ」


「超のつく美人だが調子に乗りすぎだな」


「ま、いい女ってのは間違いないから、程々に動けない様にして楽しませて貰うけどなあ!」


 リーダー格がそう叫びながら巨体ながら大きく上にジャンプ、そしてミークにゴオオと大剣を思い切り叩きつけた。


「怪我しても後でポーションで治してやっから、潔くやられとけよ!」


 だが、その強烈な攻撃を、ミークは難なく左腕を横にしてガシイ、と止めた。「……え?」ポカンとするリーダー格の男。


 「……素肌の腕で、俺の大剣を、受け止めやがった、だと?」


 周りの男達も唖然とする。だが、リーダー格の男が攻撃した事により、一瞬ミークの動きが止まったので、戸惑いを隠せずも他の5人も一斉にミークに襲いかかる。それを見てミークは、左腕で受け止めていたリーダー格の大剣を、そのまま思い切り「えい!」と上に突き上げた。「うおおおお?」そのままフワっと空に打ち上げられ、仰向けにドスーンと大きな音を立て仰向けに倒れるリーダー格。そして直ぐ様、一斉に襲いかかってきた男達の攻撃を、ミークは上にジャンプし全て躱した。


 そしてそのまま地上には降りず、10m程上空でホバリング状態で静止し男達を見下ろす。


「な? ……う、浮いてやがる」


「あ、しまった」


 悪目立ちしたくないから空をとぶのはよそう、そうさっきまで思っていたのに、つい地球にいた頃の癖で浮かんでしまったミーク。AIに戦闘中は空飛ばない様に、と指示するの忘れていた事を反省しつつも、もうこうなったら仕方ないので、「じゃ、そういう事で」と気不味そうに言い残し、そのままヒュン、と更に上空高く舞い上がり、消えていった。


 呆気にとられる男達。


「……何が、じゃ、そういう事、なんだ?」


 1人の男の暢気な疑問に他の連中がハッと気付く。


「い、いやそれより、女逃しちまったじゃねーか!」


「あ! 本当だ! 何やってんだお前ら!」


「いやでもだって、空飛ぶなんて分かんねーっすよ!」


 男達の怒声を遠くで聞きながら、ミークは「やっぱり空飛ぶって珍しいんだ。これからは使い所考えないとなあ」と呟きつつ、目的地である人工物の方へ飛んで行った。

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