第28話「おねえちゃんってよんで【後編】」(終)

「……ひでぇ熱だ」


 結局二人に送られる形で早退し、冷えピタを張って解熱剤を飲むと俺は自室のベッドへと横になった。


 体温はピッタリ40度、死ぬ。


 しかし、これで済んだだけでも奇跡に等しいらしく、生きていること事態なのだ。


 俺はあそこで死ぬはずだった。


 細胞の一片も変えぬまま、ましてや男が特殊魔製女服ジェネレイティブ・スーツを装着する事は自殺以外の何物でもない。

 それを数時間も、限界を超えるまでやったのだから死んでない方がおかしいと言える。


 だというのに──俺は五日後に目を覚ました。

 最初に姉の泣き顔を目にしながら。


 ずっと横になっているのも駄目だと思い学校に出たが、やはり負担は大きい。

 これは明日の終業式も出れないな。


「……明日は明日、今日はゆっくり休み──」


 カチャッ。


「ん?」


 突然不可解な音が聞こえ視線を向けてみると、エアコンの為に閉めていたはずの窓の鍵が内鍵にも関わらず開錠されていた。


 すると今度は手の影が映り、そのまま横に開けられると──ビニール袋を片手に不法侵入して降り立ってきた。


 薄桃のミニスカロリータに身を包んだ、白菫ピンクメッシュツインテールの子は──全身を伝っていた汗を拭きもせずに肩で息をしながら、ただジッと、俺を潤んだ宝石ひとみで凝視していた。

 そんな如何いかにも怪しい相手に対して内心で溜息を溢し、目を細めていく。


「今、全世界が捜索しているであろう魔法少女さんが、俺の部屋にいったい何の御用でしょうか……」


 鬱陶うっとうしい宗教勧誘を断るかのような低い声質トーンで話すと魔法少女は「えっ」と体を震わせ、慌てながらも声を上げた。




「え、えと! 早城真士君が熱を出して早退したという連絡を受けたわた──お姉さんの早城奈朶音はやしろ なたねさんから頼まれて、代わりに推参しました!

 ま、魔法少女エネシア! 貴方の純情、守ってみせます!」


 うわ、ヤベェのが来た。


 赤面しながら決め台詞を叫ぶと彼女は武器である大鎌サイスを手に持ち、前に突き出しながら片手でピースとウィンクでポーズを取る。

 『風邪を引いた時に見る夢ってこんな感じか』と一人納得し、ポーズで強調された胸の谷間と見えかけている下着から視線を逸らしながらも声を掛けた。


「あの……武器しまって」

「は、はい」


 そう頼むと、少し落ち着いた様子でエネシアは決めポーズのまま大鎌を消滅させた。


「あと土足で入らないで」

「さ、三ミリ浮いてるから大丈夫です!」

「ドラえもんか、お前は」


 ポーズを解くと少し申し訳なさそうにしながらエネシアは近づき、ベッドに腰かけた。

 彫刻の様に整った横顔が愛らしく見え──ビニール袋の中にはゼリーやお菓子、薬などが入っている。


 そんなエネシアを見つめ静かに頭を触ると、俺の胸に寄り添わせた。

 彼女の小さな頭が俺を小突き、その振動に心地よさを覚える。


「天使と戦ってた?」

「うん……そんなに問題なかったけど、そっからお菓子やゼリーを買いに行ってたの」

「そのままの状態で買いに行ったの?」

「高速で買ったよ……誰にもぶつかって無いし、お金もちゃんと払った」


 「ありえない」と言いたい気持ちを抑えながらも俺はエネシアの頭を撫で、指の隙間から水のように流れ落ちていく髪に安堵の色を浮かべてしまう。


「がんばったな。ありがとう、今日も」

「……うん」


 この時の彼女はまるで本物の少女の様に、甘えたそうに、此方こちらを大きな双眸で求めていた。


 俺が昏睡状態だった間、四六時中泣きながらろくに寝ようともせず、俺の好きな献立ばかりを作って起きる時をずっと待ってくれていた──というのをボンコイから聞いた。

 こんな小さな体で、自分の方が辛いってのに……「目を開けた時に、家族がいたら安心するだろうから」と言って。


「し、しかし! エネシアの仕事はまだ終わっていません!」


 すると突如大きく声を張りながら脚を拡げ、俺の前へと雄々おおしく立ち上がりだした。


「お姉ちゃ……魔法少女エネシア、早城真士君の看病を引き受けます!」


 迫力のある宣言。

 されど、それはあまりにも彼女の力に見合っていない内容であり、俺は呆れたように髪を掻き上げる。


 ──何度も世界を救って、命や建物を再生させた奴のする仕事か……?

 


「いや、別に良いから……自分の部屋で休んでッ⁉」




 と、つぜん、視界が止まった。

 否、




 彼女の魔法に掛かった訳ではない。

 ただ一つの光景が視線へと映り、強制停止してしまったのだ。


 俺の前に立つエネシア、そしてミニスカートから垣間見える一筋の巧妙。

 そして魔道力燃料で生成したであろう純白の下着から──幾つもの縮れた触手が出て──


「おいィッ! 上に立つな!」


 俺の叫び声に、エネシアは驚いた表情を浮かべる。


「な、なんで」

「……パンツ見えてんだよ!」

「──え、ひゃっ!」


 その言葉に反応し急いでスカートを隠すと、まるで振り落とされたかのようにエネシアは俺の太腿へと腰を落としてきた。

 魔法少女状態だからか、重くも無いし痛くもない。


 しかして、話を戻す。


「スカート丈伸ばせて言ったろ!」

「に、二センチ伸ばしました!」

「もっとやれよ!」


 大声で口喧嘩をし合うとエネシアは不貞腐ふてくされたように両頬を膨らませ、視線を逸らしだす。


「……この前の戦いで十二年間溜めていた魔道力燃料マナが無くなりました。

 シンちゃんの看病の為に回復魔法も使って、今やスカート丈すら伸ばすこともできません」


 嫌味ったらしく、そんなことを言う。

 タイテイへの変身、強化形体の使用、二人同時変身、更に魔法聖少女へのパワーアップ、そして俺も、更には回復魔法……この全てを考えると──




「…………大変申し訳ございませんでした」


 頭は上がらず、何も言い返せない。


「……ん? おぉ、おいおいおい! な、なな、何してるんだよ!」


 するとエネシアは俺の隙を狙って布団を剥がしだし、ベッドの中へと侵入してきた。


「体をくっつけて、私の力で熱を治していきます」


 と赤面しながらも彼女は隣に寝て、俺の体を抱きしめてくる。

 離そうと努力するが、魔法少女の腕から逃れる事は普通の人間では到底できない。


「おい! 魔法でどうにか出来ねぇのかよ、ボンコイ!」


 エネシアの特殊魔製女服となっているボンコイに助けを求めると、すぐに渋い声で言葉が返ってくる。


できますよユーキャンドゥーイット

「んじゃあ、お前のマスターに言え!」

「お断りします」

「ナゼェッ⁉」

我が魔法少女マスターが幸せそうなので」


 と、ボンコイは誇らしげに俺への救助要請を断ってしまう。


「ッ~~~! 仮にも契約していた間柄なのに……ふざけんなぁ!」


 ここまで生意気の性格だったろうか、俺と契約したせいでこうなったのかは知らないが、この状況は本当にマズい。


「ってコラ! 手握るな! 風邪移るだろ!」

「魔法少女は風邪にならないよ」


 ベッドが軋み、エネシアは俺を断固として放そうとはしてくれない。


 そのかん、熱に侵された体に様々な部位が触れていた。

 破裂しそうなほど大きな太腿ふともも、柔らかくたるんだ腹部、西瓜すいかの様に膨らんだ乳房、そして湿気が体臭と汗の匂いに混じり、布団からむせた空気を漂わせてくる。

 その全てが変身前から持ち合わている物だと考えると、本当に末恐ろしい。


 駄目、本当に駄目、これ以上は、触れられたら絶対駄目。


「よ、夜這いみたいなことは望んでねぇ! べ、別の方法で看病しろよ!」

「そ、そういうの考えてないよ! それにそういうのは順序が……」


 余所余所よそよそしそうに言葉を詰まらせるが、そういう問題ではない。


「つうか、下の毛剃れよ!」

「あぁぁぁ……み、見たの⁉ ……し、仕方ないじゃん! 剃る時痛いんだもん! 血出たことあるんだもん!」

「クリーム使え! 25にもなって『だもん』じゃねぇよ! 痛いのはその年も考えていない恰好だけにしろ!」

「あ~~~~‼ 酷い! 今最低なこと言った!」


 俺たちの口喧嘩は止まらず、両者一歩も引かないこの状況にらちが明かなくなってきた。


「いきなりラブコメみたいな雰囲気を出すな! 俺たちそういうのじゃないだろ!」


 彼女をベッドから出そうと様々な罵詈雑言を投げかけ──すると、彼女は少し潮らしげな態度を見せた。

 我に返り、自分に嫌気が差してくる。


 ──またやっちまった……何やってんだ、俺。




「こ、これから……」




 エネシアはそっと布団から身を引いていくと、今度は俺の太腿の上にぺたりと座りこみだした。


 いや、そこにまた座るなよ。


「……これから──関係に、なっちゃダメですか?」


 甘式かんしきな声色と涙が乗った紅水晶の眸に、俺の思考が停止する。

 代わりに、火照りと心臓の鼓動が唸りを上げてくる。


「こ、こんな時に言うのは違うだろうけど……」


 エネシアは俺を見つめたまま大きく深呼吸をして調子を整えると、舌の上に心奥にある想いを乗せだした。








「わ、私! 魔法少女エネシア、十三年生は!

 魔法少女タイテイ……早城真士君に助けられて、ひ、一目ぼれしてしまいました!」




「……え?」




 俗にいう、告白というものだった。

 しかし変だ。彼女はいつも以上に火照て見える。高速で飛んできただけでこうなるものだろうか。

 吐息も妙に甘く感じる。


 ──そういえば……魔法少女は変身するとに行動してしまう特徴があるって……。


 ん? え、いや、でも、待て待て待て、そうなるとこの状況は……いや、血が繋がっていないとはいえ………でも今の彼女は魔法少女エネシアで…………えっと。


 もう、この熱が俺のせいなのか、今の状況のせいなのかもわからない。


 しかし、エネシアから目を背ける事は出来なかった。




「付き合ってなんて言わない……でも、今後も一緒にいて欲しくて……」


 エネシアは太腿に座り込んだまま、覆いかぶさろうと小さな顔を俺に近づけてくる。


 止めなくちゃ、これ以上少しでも近づくと大変なことになってしまう。


 もう限界だというのに、彼女はそれでも美少女の顔をして俺を望んでくる。


 痛いのに、25歳で魔法少女をしている痛い人のはずなのに……。




 今はそれでも、可愛いと思ってしまっている。




「私……シンちゃんが苦しんでるものをね……」

「わ、わかったから……少し離れよ、な?」


 自分から「シンちゃん」と呼んでしまっている事に気付いていない程、魔法少女の思考は熱を上げている。


 しかし、いけない、俺たちはそういう関係じゃ……だけど、そういう関係に、本当になってしまうのか?




「全部……出してあげたいの……」




 お互いの胸が合わさり、髪が俺の手に絡まり、鼻と鼻でキスをする。




 このまま──このままでは、可愛らしく、泣き虫で、妖艶で、世界や人類よりもおれの事ばかり思っているこの姉さん魔法少女のことを──








「だからお願い……お姉ちゃんに全部……」











 本気で、好きになってしまいそうだ。

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【完】魔法聖少女⛧姉姉姉姉 糖園 理違 @SugarGarden

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