第16話「新生! 魔法少女!【後編】」

「……だ、大丈夫ですか? 先輩? 命運めより先輩?」


 人形のように固まってしまった命運に声を掛けてみるも、空を見上げたままで返事すら返ってこない。


 彼女は唯々ただただ、敵の壮大さに圧倒される事しかできなかった。

 自分をバラバラにした斬撃など力のに過ぎない。

 今の自分では武器すら持てないであろう、持てたとしてもどう攻撃すれば良い?


 なんて弱い、なんて、なんてなんて──


「……あれ、隕石こっちに──危ないぃッ‼」


 恐怖に惑う最中さなか、命運と侑弥の躰が熱に浮かされた。

 屋上駐車場が抉れ、無意味な瓦礫となって炎の中を弾け飛ぶ神秘的な光景だけが視界の中に収まっていき──最後はぷつりと遮断される。

 まるで冥界への入り口に迷い込んだような体験だったが、それから直ぐに二人は地獄げんじつへと戻った。


 命運は何かに抱きしめられている様な感覚があった。まるで自分から身を隠してくれているかの様にあったそれには、温もりがある。──これはいったい。


 ふと顔を上げると、息を荒げながら痛みに顔を歪ませる侑弥の顔があった。

 いまだ状況が読めず、視線を左へ移す。──彼の服が右肩に掛けて破れ、瓦礫が突き刺さっているのが見える。

 深々と貫かれた彼の体から流れた血は彼女の白い頬を伝り、命運は悲鳴を上げた。


「ゆ、侑弥君! な、何をして! 大丈夫か君! 血が! 刺さってる!」


 酷く乱れた話し方をする命運に対し、侑弥は自分の耳を塞ぐようにして右手を差し出した。


「声、でかいっすよ……」


 弱々しい声で喋る彼の躰はかなり不味い状況で、背負っていたリュックも半分が削られている。

 『庇った』──その事実だけで、不安定状態に陥っていた彼女は自分を責め続けた。


「わ、私なんて、構わなくて良いのに……戦うって決めたのに、いざとなったら戦えない私なんて……」


 双眸をうるわせた彼女の嘆きに疑問を抱きながらも、侑弥はか細い声で彼女を話しかけ続けた。


「……魔法少女に変身する前は……みんな、女の子なんすから。

 ここで命貼らなきゃ……男じゃねぇでしょう……」


 単純明快な回答に命運は涙を溢しつつ、彼を見つめ直した。


 ──だから、彼はここまで着いて来てくれたんだ。

 侑弥君から流れてくる血も、私を護ろうとしてくれたこの温もりも本来、人が持っているモノ。

 その全てが、今この星から失われようとしている。

 戦わなきゃ、こうやって被害が増えていく。皆、皆、目の前にいるこの男だって死んでしまう。


「あっ……でも、さすがにやべぇ……今度ばかりは、もう、駄目かも……」


 まるで最後を受け入れるかのような侑弥の言葉を耳にして、命運はゆっくりと上空を見上げた。


 壊れかけている灰色の空、蒼色の炎を纏いながら此方こちらに向かって落下する隕石を目視する。

 このまま行くと隕石はショッピングモールを破壊し、最悪地下まで直撃を喰らう。


 そうなったら、あの兄妹たちもどうなる? まだシェルターに辿り着いていないかもしれないのに。

 このままでは……このまま……このまま、で……良いわけない。


 蒼い隕石は閃光弾の様に小さな二人を照らしながら、破壊する悪熱おねつと共にモールを押し潰そうとしてくる。

 せめて見ないようにと目を瞑り、無意識に命運を守ろうと抱きしめた──


 しかし、月野命運は侑弥の目の前から忽然と姿を消した。


 彼女の姿を探すと、上空にいたはずの蒼い隕石が無くなっている事に気付いた。

 顔を上げてみるとあろうことか隕石は、まるでかの様に加速を掛け──大空へと昇天し吹き飛ばされていたのだ。

 暗くよどんだ曇を貫通すると其処を中心にして一気に晴れ渡っていき、太陽の光は柱となって街を照らし出していった。


 天使の祝福か、神のご加護か、侑弥の前で背中越しに佇んでいた魔法少女は光を神々しく浴び、薄水色のポニーテールを美々しく煌めかせる。

 衝撃は心臓の鼓動を速め、肩に刺さっていた痛みさえも忘れさせていく。


「私はもう……」


 その強き手に持つ大槍ラージ・ランサーの先端から赤く熟された高熱と蒼い光沢を放ち、振り向いた彼女の薄水のリップが微笑を見せる。


「大丈夫だよ」


 月野命運は今、再び変身した。

 否、生まれ変わったのだ。

 “新生”へと転生した彼女は、天から加護を受け──新たな守護者『リリィ・ミスルト』としてこの世界に聖誕する。


 その決定的瞬間に侑弥の思考は停止し、美しさと強靭さに言葉を失ってしまう。


 大槍を消しさると、きめ細やかな特殊魔製女服ジェネレイティブ・スーツのスカートをふわりと舞わせながら侑弥に近づき──抱き抱えると損壊したショッピングモールの屋上駐車場から飛び降りて行った。


「うわぁぁぁあああああああああああああ‼」


 予告すらなく突然高い所から降ろされ、侑弥は安全性の薄いジェットコースターに乗る様な感覚と高所恐怖症による恐怖が込み上げて絶叫するも──ミスルトは無言のまま片手に召喚した槍を使い、隕石群を弾き返していく。

 熱と揺れに吐瀉物を吐くのを抑えながらも、まだ生きているシェルターゲートの前へと下ろされた。


 フラフラになった侑弥でスマホを取り出すと、ミスルトは知らない国の言語を三回に分けて話しだし──誰かに通じたのか日本語で会話を始めた。


「こちらリリィ・ミスルト、メヨリ・ツキノ──現在、EZ-2-3のシェルター入り口前に右肩に怪我を負った男性を一人運びました。

 名前は『橘侑弥たちばな ゆうや』、市内に住む高校二年生です。──えぇ、はい。代わりに医療班で保護して欲しいのです。私はこれから行動を開始するので──救助ではありません、戦闘です。それじゃ」


 スマホを仕舞うと「そこで待ってればすぐに来るから」と言いながらブーツのかかとを整える彼女に、侑弥は心配そうな表情を浮かべながらも声を掛けた。


「もう、平気なんすか……?」


 また戦えなくなってしまえば、彼女が死んでしまうかもしれない。

 そんな一抹の不安を抱く彼を見て、彼女は屈託のない笑みを返す。


平気へーき


 笑顔で言い放った瞬間、ミスルトの躰は神速となって敵のもとへと飛び去って行った。

 風圧に前髪を巻き上げられながらも彼女の消え去った蒼穹を見上げ、侑弥は少しの間、感傷に浸る様にして一人押し黙っていた。


 すると、リュックが壊れていた事に気付きエネシアの写真を急いで取り出した。


「あ、あぁ……」


 彼の宝物、その全てが黒焦げになって全てが無価値となっていた。宝は海の底に沈んだ。


「……まぁ、スマホに残ってるし、また印刷しに行けば……ん?」


 ズボンのポケットから出したスマホを幾ら操作しようとも反応すらしない。

 それもそのはず、先の衝撃で液晶も破損してしまったのだ。

 再び絶句し言葉も出ないでいると、侑弥はまた空を見上げだした。

 灰色の薄気味悪い叢雲むらくもが嘘だったかのように、今の空は彼女に似た鮮やかな蒼色で埋め尽くされている。


 燦々さんさんと輝く太陽には程遠いかもしれぬが、彼の頬もそれに劣らず静かに染め上がっていた。


 ※


「クソ! その声やめろってんだよッ‼」


 もう迷わないと誓ったが──あの姉に似た声色は幾度とタイテイを惑わせようとし、戦いは既に三十分以上が経過していた。

 すると、ブラックエネシアは突如背中から広大で純白微々な双翼そうよくを生やしだした。

 その姿は文字通り、での天使様。

 しかし、その優雅さも今に書き換えられる。


 羽の一つ一つが一斉に逆立ち、狙い定めた先にあるのは日本列島。

 翔を大きく反り上げると、純白の羽を弾丸の様に射出しだしたのだ。


「ッ⁉」


 羽は驚くべき事か様々な色彩の隕石へと大きさを変え、各地に墜落しぜていった。

 だが、アレでも隕石の威力は方。

 ボンコイの言っていた通りブラックエネシアの攻撃には隙しかなく、倒そうという気迫が全く感じられない。

 素人の俺でも受け流させ、フレイムの剣で弾き返すことが出来るほど単調な攻撃。


 それでも日本全域に被害が出ているのは事実であり、五体満足に戦う事すらもできない自分に歯がゆさを覚える。

 敵の懐まで接近できない上、できたとしてもそれは相手が此方の前までワープしてきた時であり──その場合、強打撃が襲い掛かって来る。


 先輩の病室から戦域に戻って来てからも、あの天使は黒い涙を溢して泣きじゃくり続けている。

 駄々をこねた子供の様な激情の乱数ランダム攻撃を避けて──


「──やば」


 体力も身体も限界に達しようとしていたその時、タイテイの全体を覆い囲むようにしてワームホールから大鎌の触手たちが一斉に飛び掛かって来た。

 残りコンマという時間の差で、全身にやいばが喰い込まれる。

 徐々に切り刻まれていくタイテイの特殊魔製女服ジェネレイティブ・スーツに、絶体絶命の状況。


 されど、真士は諦めていなかった。

 心の底から負けることなど考えていなかった。


 姉さんを助けるまでは、何があっても死ねない……‼




「──確かに……一人じゃ限界があるみたいね」




 突然スーツに触れていた大鎌たちが一斉に切り裂かれていき、タイテイの全体から無惨な状態で海へと朽ち果てていった。

 絶体絶命を脱したタイテイの眼の先にいたのは海の上に立ち、双槍ツインランサーを構えた一人の蒼い魔法少女。

 一度は姉を襲った人物であり、嫌われた正義の魔法少女。


「来てくれたんですね、月……リリィ・ミスルト先輩」


 本名で呼ぶのを止め魔法少女名で呼ばれるも、ミスルトは『リリィ・ミスルト先輩』という言葉に少しもどかしさを覚えたが、自分もやっていた事を思い出して羞恥心を込み上げらせる。


「そういう呼ばれ方をすると違和感あるから、呼び捨てで良いよ……。

 ──遅くなってごめん」


 迷いを無くした屈託の無いサファイアに復活した彼女を見ると、タイテイは聞いておきたかった事を問いてみた。


「リリィ・ミスルトは……何のために、戦うんですか?」


 仮面の男から出てきた咄嗟の質問に対して、ミスルトは迷う事すらせず率直に答えだす。


「正義の為、人類の為……エネシア先輩を越える為に戦う」


 もはや憧れではなく好目標となっていた事を知り、仮面越しに微笑を溢しながらも彼は話していく。


「俺は……正直、人とか正義とかわからない。

 だから……今は姉さんを助けるためだけに戦いますよ」


 タイテイもその想いを心に刻み、心から信頼できる仲間だとリリィ・ミスルトは確信する。


「目的は違えど……倒すべき敵、救いたい者は一緒って事ね」


 戦場で二人の魔法少女は、目の前にいる強大な悪の前で笑い出す。

 『共に笑えば魔法少女は皆、姉妹』──いや、この場合は“姉弟”か。


 一通り笑い終えると互いに持っていたソードと双槍を投げ合って持った瞬間、二人はその場から消え──




 ブラックエネシアの首を前後同時に突き刺した。

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