第17話「頼んでいるみたいでイヤなんだけど」

 ブラックエネシアの純白な薄皮を貫こうとするは鋭利な三つの──にも関らず華奢な首には穴一つ開かず、闇の華は凛として咲き誇っている。

 リリィ・ミスルトは武器越しに伝わる敵の強靭さ、邪気に怖気おじけ、心が折れそうになってしまうが守る者たちを思い出し何とか意思を保った。


 火花散る刹那、ミスルトはブラックエネシア怪物と視線が合う。

 つたっていた黒涙こくるいが白頬から消え失せていき──薄桃色の髪を針に変え、突き刺そうとする。

 ミスルトはその攻撃に瞬時対応し、急いで後退した。


「……速いっ!」

「大丈夫ですか⁉」


 ミスルトに近寄ると、タイテイの特殊魔製女服ジェネレイティブ・スーツとなっていたボンコイが話しかけてきた。


「──今のは明らかに速度、威力が向上していました」

「嘘だろ⁉ 相手が二人になったからか!?」

「──来ます」


 ボンコイの報告と同時に突如ミスルトの背後にワームホールが出現し、大鎌の転移奇襲が彼女を襲い出した。

 ミスルトは斬撃全てを全速で回避するも、それだけで攻撃の手はとどまらなかった。


 ミスルトの行く先々でワームホールが回り込み──大鎌サイスの転移攻撃だけで飽き足らず、何本ものソードが弓の様に射出され、上手く回避すると上空に展開された数多くのワームホールから荷電粒子砲カノンが雷鳴の如く撃ち放たれていく。

 容赦のない攻撃を得意の高速で避けるも、状況はかなり押されており彼女の特殊魔製女服ジェネレイティブ・スーツの一部が焼き焦げていた。

 タイテイが駆けつけようとするも、何発も放たれ続けていく連撃に入る隙間が無い。


「クソ、このままじゃ……!」

「タイテイッ! 君は来なくていい!」


 真剣な顔色で叫ばれた言葉に、タイテイの動きが静止される。


「私は彼女に! だからこそ私はおとりに徹した方が良いんだ!」


 弾幕の中を飛び交う彼女の言葉に耳を疑う。──嫌う? 天使が個人を?


「──一理ありますア・ポイント

 ブラックエネシア解放の条件トリガー我が魔法少女マスターを傷つけたリリィ・ミスルトを完膚なきまでに殺そうとするのは自然かと」

「じゃあ、猶更なおさら助けないとダメじゃん!」

「では……彼女の覚悟を踏みにじっても良いという事ですね?」


 機械的に告げたボンコイの言葉に、タイテイは平静を取り戻していく。


 ブラックエネシアに恐れていたリリィ・ミスルト彼女がここまで来てくれた。死ぬかもしれないと脅えていたそんな彼女が囮役まで買って。

 あの威力、一撃でも直撃すれば変身解除は免れない。──そうなれば生身のまま海へと真っ逆さま、最悪それ以上の殺され方をされるかもしれない。


 死への恐怖はまだ彼女の心の中でくすぶっている。逃げられるのであれば逃げ出したい。

 、逃げたい以上の感情も心の中にある。その感情が臆病な彼女を戦いへと疾走さ向かわせてくれている。


 回避を続けるミスルトの姿も今や神速の域に達し、肉眼で捕らえることは出来ない。

 その奥には先程とは打って変わり、細長く鋭い目つきで魔法少女を追いかけるブラックエネシアの姿がある。

 タイテイはブラックエネシア目掛け突撃しながら『アクア』へとフォームを変え、手に取ったガンを最大出力まで溜めた。


「傷は付けられなくても……それでもッ!」


 ブラックエネシアの右眼に向け撃ち放った最大威力の蒼き光弾は、見事命中するもダメージが通ることはなく、ただ視線だけをタイテイへと移り変えた。

 その刹那、ミスルトに放ち続けていた攻撃の威力は徐々に弱まりだし、タイテイのは確信に至る。


「やっぱり……俺にだけは手加減が掛かるって事だな」


 エネシアは『地球最強』と称賛される程の魔法少女、その力が加わればどんな奴だろうと太刀打ちできないのは通り。

 しかし、そんな彼女の目的はとしての行動ばかりだった。

 そんなエネシアをコアにするという事は、逆に弱点も吸収してしまっているということ。

 唯一の守護対象であるタイテイ真士が相手となれば、必然か威力も弱まる。


「この地球ほしで一番強い魔法少女に寄生したのは誤算だったな──つまり、お前を倒せるのはおれって事だッ‼」


 なら活路はある──となれば。


「ミスルト! リリィ・ミスルト! おとり交代っす!」


 無意味な射撃を続けながらもタイテイは大声を出し、ミスルトに耳を傾けさせる。

 俺にだけ送られてくるブラックエネシア銀河あかい視線、好機は今しか無い。


「リリィ・ミスルト、貴方には……英雄になってもらう!」


 ※


 オレンジ掛かった蛍色のベッドライトが照らし、睡眠前に温もりと安心感を与えてくれる。

 されど、深夜のニュース番組を見ながら寝室のベッドで横になっていた彼女にとってはそんな安らぎなど無意味に近く、眉を顰めながら歯がゆさを覚えた。

 全世界で話題をかっさらっている新種の天使。その姿は未だ確認する事も出来ぬまま台風が如く道なき道を突き進んでおり、次は日本に上陸するとのことだ。

 日本全土には既に緊急天襲てんしゅう速報が発令されており、お偉方えらいがたは既に海外へと逃げているだろう。


 ──世界が終わりだしているこの状況で、本部は何故私たちに出動要請スクランブルを出さない。


 他国の問題に関わりたくないのか、メリットが少ないのからなのか……それでも同じ人間だ。今度は我が身かもしれないのに。

 こんな時にもいったい何をしているんだか。自由本坊だっていうのは聞いているけどあまりにも身勝手。

 そんな事を考えても、命令すら無いと出撃もしようとしない自分も同類だが。


 ベッドライトの横に飾っている男の写真を一瞥し、煮え滾らない苛立ちのまま両手で顔を隠して溜息を溢すと──『もう寝よう』とライトの紐を引っ張ろうとした。


『──皆さん』

「……ん?」


 何処からか、知らない女の声が聞こえてきた。

 辺りを見渡しても人の気配は無く、ニュースからでもない。


『──魔法少女の皆さん……どうか私の話を聞いてください』

「……幻聴じゃない、脳波受信テレパス?」


 一部の魔法少女が使えるという他人の脳に直接話しかける能力。

 しかし皆さん……? 私だけではないっていうの? どういう射程範囲なのだろう。

 相手の正体はわからない、しかしこの声が錯覚でない事は実感できる。


『私は今、日本海上空で新種の天使と戦闘をしています。──お願いです、どうか皆さんの力をお借りしたいんです』


 まさに願うように、切実な頼みを舌に乗せてくる。

 知らない女の言葉に彼女の眠気はとうに無くなり、窓の奥に広がる暗がりの夜景を大きな双眸で見つめだした。


『どうか私の下に来て欲しいんです、私だけじゃ太刀打ちできません。

 あの天使はどうやら、“エネシア”をコアとして取り込んでいるようなんです』

「なッ……」


 予想もしなかった発現に自分の耳を疑った。

 あのエネシアが、敵に……。

 魔法少女をしろにする天使とは、どこまで下衆ゲスか。


『この言葉が……皆さんに届いている事を祈り、現状を死守しながらお待ちしております。人類の為、愛する人々を守る為、私にどうかお力をください。

 魔法少女の姉妹どうしたち』


 それから声は嘘のように聞こえなくなり、完全に消え失せてしまった。


 あの天使は、昨日まででも潰している破壊神だ。それにエネシアを取り込んだと考えるとその強さも納得できる。

 そんな相手に一人で……声も若かった。

 何故一人で戦っているのか、命令は誰が出しているのか。──否、命令などきっとない。アレは……彼女の意志で戦っているのだ。


 声の主に対して疑問をつのらせながらも彼女はベッドから体を起こし、唇で写真の男に触れた。

 ジャケットを羽織りながら一階へと足音を立てずに降りていき、硬い玄関のドアノブをゆっくりと回した。


「ママ?」


 見知った声を聴き、彼女は静かに振り返る。

 そこにはパジャマ姿の女の子が立ち尽くし、蒼く大きな目で彼女を見つめながら察した様な表情を浮かべていた。


「……ちょっとママ、日本へ行ってくる」

「日本? もしかして……」

「えぇ」


 二人の距離は短く、沈黙は少々長かった。

 目の前にいる女の子もテレビやネットで見た程度であるが、あの新種の天使の恐ろしさは理解している。だからこそ不安なのだ。

 しかし、女の子は口角は少し上げて深く頷きながらも小走りで彼女に抱きついて行った。


「いってらっしゃい……ローゼバル、私の魔法少女ヒーロー

「……行ってきます」


 ──いつの間に、こんなに大きくなっていたのだろう。


 沁沁しみじみとした気分になりながらも二人は笑みを交え──彼女は家を出た。


 まさか一ヶ月で二度も巨大な天使と戦う事になるなんてね。


 コンクリートで出来た道なりを進みながらジャケットにしまっていた腕時計を左腕に巻くと、「行くよ」と活気の良い声で合図を送る。


「──装着リボーン


 腕時計状のデバイスは、彼女を瞬時に粒子の海へと包み込み──そのまま空高く西の方へと飛翔させた。


 この時、この瞬間、この刹那、全世界で光を纏った流星が幾度となく観測された。

 流星たちは必然的に一つの海を目掛け降下していく、正義の星々たちであるとまだ誰にも知られずに。

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