第14話「命運 grow up!?」

「──俺の魔法少女マスター、いい加減出された飯くらい食え。前へ進むことも出来ない」


 月野命運つきの めよりのデバイス──兎のぬいぐるみを身に纏った『シャイン』は歩くたびに『ぷひゅう』と変異な高音を鳴らし、彼女の下へと近付いて行く。

 白一面の病室で命運は虚空の天井を見つめたまま、出された昼食を一口も食そうとはしなかった。


 空は蒼い海のようで、雲が優雅に泳いでいるというのに……私は。


「前へ……って、どこの前よ」


 午前中に憧れだった魔法少女の弟が訪れ、そこで明かされた真実に打ちひしがれていた彼女の声色は何処かイジけた子供の様だった。

 自分のせいで今、世界が滅びようとしている。私が最後の引き金を引いてしまった事で──だったら自分でケジメを付けに行けばいい、というのは解っている。

 責任は取らなくてはならない、しかし。


「もう戦わないのか、俺の魔法少女マスター


 シャインの言葉に耳も貸さず、命運は憧れるかのように窓に収められた青空を見つめ続けた。

 私がいったらまた余計な事をしかねない、足手まといになるかもしれない。──こんなの、全て言い訳に過ぎない。

 いつもは口が強いシャインも、命運我が主の心情は理解しており強く言い返す事が出来ない。


 ──死ぬのが怖い。


 今までとは比べ物にならない程のに襲われた時、あんなのともう一度戦ったら今度こそ殺される。と確信し、心が折れてしまった。

 ブラックエネシアにやられた時の傷跡は全身に残っており、痛みはまだ残留している。こんな自分が戦場に出ても一歩も動けず、ただ無意味に死ぬだけ。

 保身に回ってしまう、我が身が可愛くて仕方ない、自分は駄目な人間だ。


 青空ですらも命運を責めてるように感じ始め、すると、天罰なのか──彼女の病室を


 轟音と共に窓から病室の半分が破壊され、壁が無くなったことにより広大な蒼空が視界いっぱいに広がりだしていく。

 壁に叩きつけられた衝撃で病院用ベッドの脚が二本折れ、命運は床へと転がりこんでしまう。


俺の魔法少女マスター! 敵襲だ! 天使が──……ッ⁉」


 声を荒げたシャインの反応が徐々に怪訝おかしくなり、命運は不思議そうに聞き返した。


「どうしたの? 天使……?」

「──この気配……魔動力燃料マナだと?

 ……ということは、“魔法少女”……なのか⁉」


 驚きを隠せぬまま、シャインは隕石の如く振ってきた相手を見定めようとする。


 煙は晴れていき、削り取られた病室の床にしがみつく一つの手があった。

 鎧の様に武骨な腕のみが見えるが、まだ正体を判別することは出来ない。

 すると腕の持ち主は此方の方へと這い上がって来て、その姿を上半身から晒しだしていった。

 命運は這い上がって来た者の全身を隅々まで凝視し、我が目を疑った。


 姿を現したのは、今まで類を見ない魔法少女……魔法だったからだ。

 全身にパワードスーツを身に纏い、仮面によって顔が隠されているその姿はまるで変身ヒーロー。


 紅白色の変身ヒーローは床に腰かけ、「ふぅー……」と疲れを抜き出すかのように大きく息を吐きだした。


「──あれ……フォームがファイアに戻ってる。

 あ? ……あぁ、クソ……これで建造物損壊罪も追加……今日でどんだけ犯罪を……ん?」


 自分が作り出してしまった惨状に溜息を溢していると、変身ヒーローは目の前にいた命運に視線を止めた。

 鉄仮面越しに眼と眼が合い──魔法少女は彼女の姿を見てぐに解り、命運はその声に既視感を覚える。


「月野……先輩?」


 不思議そうに名前を呼んできたトーンや声色で、彼女の疑念は確信へと変わる。


真士しんじ君、なの?」


 突然の事で唇が震えている、とうの彼は「……先輩の病室に突っ込んじまったのか」と気まずそうに嘆きだす。

 午前中に来たばかりの後輩が数時間後、戦士の様な姿になって病室に落ちてくる──類を見ない状況にお互いその場を動こうとしなかった。


「何やってるの? てか、何で魔法……少女? に変身してるの? ここで、いったい、貴方は」


 予想も斜めどころか次元に飛び去って行ったこの状況に言葉が纏まらず、真士は説明を勘案しながらも仮面越しに後頭部を搔いた。


「えっと……姉さんを助ける為に一日体験魔法少女になってるんっすよ。

 名前は『タイテイ』」


 真士も上手く説明を纏められず粗雑になってしまい──そんな簡略的な説明で命運が理解できるはずもなく、ただ口を小さく動かしていた。


「しょ、少女って……だって」

「そこはツッコめばキリないんで飲み込んでください。……ッ」


 次々とやってくる痛覚に苦しめられながらも、真士は目の前にいる命運に向かって申し訳なさそうに提案をしだした。


「……すみません。病室に突っ込んで来てなんですけど、戦うの手伝ってもらいませんか?」


 彼の言葉に命運の体が一瞬反応し、視線は下へとずれていく。

 午前に見た彼女の姿が脳裏を過りながらも一大事だと割り切り、同じ内容を繰り返す。


「一緒に姉さん……エネシアを取り込んだ天使ともう一度戦って欲しいんです」

「……嫌だ」


 最後の抵抗と言わんばかりに命運は言葉尻を高くする。


「私、私は戦うのが怖い。変身して戦っても今度こそ死ぬかもしれない……足手まといになるかもしれない」


 おぼつかない言葉で誰にも見せなかった弱音を吐く姿を見ても尚、真士は引こうとしなかった。


「気持ちはわかりますが緊急を要する事なんです。

 ブラックエネシアがもうじき日本に上陸します。そうしたら何万、何億という命が一気に奪われるかもしれないんですよ」


 無理やり自分の体を起こし、痛みに耐えながらも説得を続けていく。


 ──俺一人じゃ、ダメなんだ。


「俺一人で何とかしたいですけど……俺はこういうの初めてで、最強じゃない。それに無理やり装着したせいで全身にダメージが来ていて、今でもすげぇ痛いんですよ。

 だから、あなたの力を貸して欲しいんです」


 デメリットばかりのタイテイではいつか限界が来る、短期決戦で勝つのは不可能に近い。

 だからこそ真士には一つ策があった、それには彼女の──リリィ・ミスルトの協力が必要不可欠となる。

 しかし、命運は震える肩を両手で抑えながら首を大きく振り続けた。


「い、嫌だ。私は戦えない。もっと、もっと強い人に頼って、私は弱い。余計な事しかしない……私を誰も許さない」


 鼻を啜り、涙を流しだした彼女をタイテイは静かに見下ろす。

 その鉄仮面に表情などは映らない……そして。


「……先輩、自分に自信が無いんですね」


 仮面の奥から言い放たれた冷たい声色に、命運の赤くなった顔がゆっくりと上がっていく。


 ──今だからこそ、この人の考えが解るかもしれない。


「自分は弱い、だから自分じゃ誰も助けることが出来ない。両親が死んだ時も、変身できるのに親を殺した天使に反撃すらできなかったから」

「う、五月蠅うるさい……」


 今の彼女にいつもの強さは無かった。──力に脅えて敵討ちすら出来なかった自分がずっと嫌いだった。弱い自分を誰よりも憎み、決して許そうとはしない。


「だから、自分にできなかった両親の仇を討ってくれた“エネシア”ならって、強い人に胡麻擂ごますって頼ろうとしてたんでしょ」

「黙ってよ‼」


 命運の怒声が病室と大空に響き渡る。自分の内面に土足で入って来た魔法少女に対して、自分は負け犬の様に吠える事しか出来ない。


「……言い過ぎました、すみません」


 彼女の様子を見て、焦りで熱くなってしまったと我に返り謝罪するも真士は彼女に『立ち上がって欲しい』と願い続けている。

 命運先輩は強い、負けても絶対立ち上がれる人だ。


「でも……俺は、自分の正義を見せつけている貴方の方がカッコよくて好きでしたよ。

 『エネシアなんて三流以下の十流陰キャ魔法少女よりも、私の方が何倍も強い』ってくらい自信満々に強者を踏みにじるリリィ・ミスルトが見てみたかったっすよ」


 まるで吐き捨てるかのように悲し気な聲を流すと命運に背を向け、大空に浮かぶブラックエネシアを遠視して睨みつけた。


 ──やっぱ、俺一人で何とかするしかないか。


「すまん、話が長くなった」

「──大丈夫ノープロブレム。いつでも行けますよ、我が仮契約魔法少女マスター


 ボンコイの言葉を感じ取ると跳躍力に魔動力燃焼マナを回し、光となって大空へと消え去って行った。

 飛んだ衝撃で更に罅が浮かび上がり、小地震となって病院を揺らしながらも──命運は黙って、その姿を見送っていた。


 無鉄砲で計画性も無い、自身の力も全く理解できておらず、ましてやデメリットの方が豊富ときた。そんな状態で戦いに行くなんて正気の沙汰ではない。

 自身の姉を助けるという目的だけで、そこまで戦うことが出来るのか。


 ──私もあんな風に我武者羅がむしゃらに戦えてたはずなのに……。


「俺は……お前が本音を言ってくれた事にホッとしている」


 低い声の方へ視線を下ろすと、シャインは可愛い足音を鳴らしながら命運の隣へと座り込んできた。

 愛くるしい姿とは裏腹に、彼の様子には哀愁と怒りの感情が入り混じっていた。


「アンタはいつも無理してばっかだったからな、戦いたくないって初めて聞いた時は少し安心したぜ」


 突然、洩らしだす相棒の本音を体育座りで命運は耳を傾ける。

 兄の様に自分を支えてくれたシャインの言葉を、彼女は静かに聞き入れていく。


「だけどな、これだけは覚えとけよ。──俺たちが戦わねぇって事は、その分俺たちが助けた人たちがまた命の危機に晒されるってことだ」


 この日まで一緒に色んな天使を倒し多くの人々を救ってきた友の言葉は、とても悔しそうで、とても切なげだった。


「俺はそんなの御免だ。俺は戦いたい、あのクソ天使とリベンジマッチがしたい。

 だが、俺の魔法少女マスターはアンタだ。アンタが俺たちの──リリィ・ミスルトの今後を決めてくれ」


 シャインの黒く大きな瞳には、泣いていた命運が写し鏡の様に映り込んでいる。

 彼は命運に愛想など尽かしていない。一番に信頼する主だからこそ、彼女の言葉こそが自分たちの道へとなっていくのだ。

 一つずつでは、ただの人とデバイスに過ぎないが──二人が一つになると正義に燃える最強の戦士『リリィ・ミスルト』となる。そうなった二人は無敵だ。

 彼女の涙はとうに枯れていた。死の恐怖、敗北への恐怖、失敗への恐怖はまだ健在として、彼女の心の中で生き続けている。


 しかし、命運は残流する痛覚を抑え──強く、凛々しく、立ち上がりだした。


 片足を引きずりながらも病衣を脱ぎ捨てて行き、破損したロッカーから取り出した制服へと裾を通していく。

 制服を着た彼女の顔には先程までの弱い彼女は無く、時折壊れた壁から広がりだす大空を見つめた。

 バックの中に貴重品やシャインを詰め込み、病室のドアに手を掛けた瞬間──瓦礫に潰れ埃まみれとなったパンやオレンジ、牛乳パックが目に入り込んだ。

 すぐさまそれを手に取り、早食いの容量で三つ全てを口の中へと押し込んで──飲みこむ。

 自分のいた病室を後にし、長い廊下を戦士少女は一心不乱に駆け出して行く。


 箱庭で脅えていた鳥は、今再び羽ばたこうとしているのだ。

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