第13話「伝説の姉弟対決始動」

 戦闘機やロケットなど鼻で嘲笑えるような超速が、スーツよろいの中に隠した皮膚を鎌鼬かまいたちのように逆撫でていく。

 しかし、体は一つも切り裂かれていない。

 怪訝おかしいのは自分の痛覚だけであり、狂いそうになっていく精神を只管ひたすら抑え繋ぎとめるしか対策は無かった。

 もう既に視界が霞みだしているが、それでも意識を保ち日本海へと数秒のうちに突入していく。


『──私は、あの質問クエスチョンで貴方が怖気づくものだと考えておりました』


 特殊魔製女服ジェネレイティブ・スーツとなってこの身に纏われていたボンコイが突然俺の脳内に直接語り掛けてきた。

 この状況で何言ってるんだ、などと無粋なことは言うまい。

 いつも唐突に暴露をかます、案外あんがい人に近い感情を持つ地球外生命体なのだろう。


『──私は我が魔法少女マスターの幸せを願うモノ。助けたいと綺麗事を言いながら、“死に至る痛み”で怖気づく様な半端者に力を貸す気はありません』


 強く冷たい口調でボンコイはそう断言する、主を想う者としてそれだけは絶対に外せないと。


『しかし、誰でも良かったのかと聞かれれば違います。

 ──我が魔法少女マスター一番ベストに信頼している貴方が仮契約魔法少女プロヴィジョナル・マスターになってくれて、私は本当に感謝しているんです』

「……そりゃ良かったな」


 仮面越しに反響した聲が自分の耳に戻ってくる、なんて強がった声だ。


『目標を補足──衝突まで残り十秒』


 冷静に、唐突に、告げられた言葉によって視界が晴れていく。


 ──いた。


 眩い蒼が煌めく生命の水面、桃色の魔法少女は驚嘆とした様子でぽつりとその場に突っ立ていた。


「姉さん……ッ‼」


 奥歯を噛み締め、痛みすらも忘れ、重力加速度が己が身を壊そうとも──生み出したソードを構え、自身の姉を取り込んだ敵へ容赦なく斬り掛かりに行く。


「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼」


 闇雲に振り下ろしたソードをブラックエネシアは避けない。唖然としたまま平然とその場に立ち続け──恍惚と笑みを浮かべる。


「──ッ⁉」


 全力全開だった、未熟ながらブレの無い斬り込みだったはずだ。

 苦い表情を浮かべながらも真士タイテイは納得する。

 元がだ、これくらいで倒せるなんて自惚れない方が良い。


Aaaaa嗚呼呼呼呼……!」


 愛らしい、子猫の様な嬌声が鳴る。

 細長く繊細で脆そうな姉の指は、太陽を煌々キラキラと浴びて輝く剣を人差し指と親指に挟み微動だと動かせない。

 何が嬉しいのか焦燥に駆られる此方こちらを見つめ、視線はとろけて微笑を浮かべる。

 姉さんエネシアの顔で妖艶な表情を見せられると、此方の調子が狂ってしまう。

 気付かぬ間に剣は折られ数秒経って強音のみがやってくると、水しぶきを浴びながら急いで後方へと下がった。

 すると腕のブレスに気付き、見てみると『赤青緑黄』と四色が並べられ真ん中には白いボタンが見えた。


『──それはフォームチェンジボタンです』

「フォームチェンジ?」


 といえば、特撮でよくある戦況に応じて姿と戦い方を変えるアレか?


ご察しの通りイグザクトリー、戦況に応じて姿と戦い方を変えるアレです。

 ──現在の赤い姿は基本形体の『ファイア』となっております』

「炎を使って戦えるって事か……」


 となると海上では分が悪い、想像通りなら青いボタンはきっと……。

 俺は動かぬブラックエネシアを見据えつつ、イチかバチか青を押した。


 『──チェンジ、アクア』


 瞬間、燃え滾るような赤色が濃く清らかな青色に上書きされていき──全身の色が蒼白に入れ替わると心なしか全身に寒気を感じた。


 ──……だが、行くッ‼


 『アクアフォーム』となったタイテイは空間から生み出されたガンを手に取り、ブラックエネシアに向かって発砲する。

 それでも効かぬと高出力へ変え、一撃一撃に集中すると──敵は瞬時に目の前まで、接近してきた。


 懐に入られた。どんな攻撃をしてくるかなんてテレビで少し見た映像でしかわからない、俺に避けられるのか。


 様々な感情が飛び交うと、ブラックエネシアは目の前で両手を大きく広げだした。

 その隙を見逃さず瞬時に後退し、射撃を続けるが相手は特に何とも思っていない。


「──……Shinchanシンちゃん


 接近し顔面を打ち抜こうとした指が停止する、銃爪ひきがねが突然重くなったようだった。

 これまで迷いの無かった腕が震えだす。戯言だと、学習した言葉だと解っていても体が言う事を訊かない。

 少女の様に甘えた聞いたこともない聲に脳が侵食され、徐々に力が抜けていく。


『──シンジ』

「……ッ‼」


 ボンコイの言葉が耳に届いた一瞬で軽くなった銃爪を即座に引いた。ブラックエネシアには傷すら負わせられなかったが何とか平静には戻れた。


 『──チェンジ、ウィンド』


 青が鮮やかな緑に変貌し、体が異常なまでに軽くなる。

 瞬間移動の如く俊敏な動きを可能にし、その手に持つは鋭く鋭利なランス。

 天海の狭間、自分の姿が一つ、また一つと増えていく。

 幻影──否、これ全て本物。俗に言う分身を発生させているのだ。


「くらえぇぇぇぇぇええええッ‼」


 ランスの先端が光りだすとビーム群がブラックエネシアを取り囲み──追撃を掛けるようにして、全員で刺し掛かりに行く。

 しかし、全てのランスは彼女の皮一枚すら貫通する事は出来ぬまま、分身たちは消滅していった。


「クソッ‼」


 『──チェンジ、ライトニング』


 急いで黄色のボタンを押し、腕から放つエレキアンカーを纏わせるがそれでも軽傷すら与えられていない。

 『ならば』と装着されていた両刃クローの付いたシールドに稲妻を纏わせるとエレキアンカーを引いて光線を描きながら接近すると──ブラックエネシアの体を板挟みにした。


 それでも、彼女は苦しむどころか近づいて来た俺に微笑みかけている。

 獅子奮迅のままに出力を上げ、圧そうとすると──俺の手に小さな手が乗った。

 特殊魔製女服ジェネレイティブ・スーツ越しであるにも関わらず見知った熱が伝わってくる。

 またもや力を落としそうになる俺の肩に、ブラックエネシアが両手を回しだす。


「──……Shinchanシンちゃん


 求めるようにまるで、帰りをずっと待っていたかのような、姉さんの──


「……ッッッ‼」


 姉の腕──否、姉の腕に天使の腕を強く振り払う。

 すると、ブラックエネシアは徐々に眸を震わせ、驚いた表情で恐る恐る仮面越しに俺の顔色を伺った。


「……俺は甘えに来たんじゃない、お前の中にいる姉さんを助けに来た! お前を倒しに来たんだ……‼」

「……A……Aa嗚呼


 自分の決意を宣言すると予想外にもブラックエネシアは嗚咽を洩らし、海面上で泣き崩れだした。

 頬を滴り落ちていく涙は徐々に黒くなって、雫となり海を侵す。

 これがブラックエネシア彼女の正体だと確信する、もう迷う事はない。


 刹那──全方向から突然ワームホールが開き出し、触手の様に鋭い大鎌たちが飛び込んできた。


 彼女は泣いた顔を袖で拭うばかりで此方は見ていない、しかし敵だと認識されたのは確かだ。


Su……Sukiすき……Shinchanシンちゃん……Uuうぅ……Su……Sukiすき……Nanoなの……Niiにぃ……」


 漆黒の涙は大粒となって幾度も毀れ、ブラックエネシアは子供の様に嗚咽を漏らしながら吐露しだしていた。


 ──学習した感情だと解っていても、相手がこれじゃあ……!


 電光石火となった大鎌による四方八方からの高速斬撃を掻い潜るも、全身の痛みは徐々に進行していき、おのが限界を危険視する。


「この野郎ッ! 思い通りにいかなかった時のガキみてぇに暴れやがってッ‼」

『──しかし、妙ですね』


 俺の荒れ乱れる声とは裏腹に、ボンコイは少し含んだ音声で脳内に話しかけてきた。


『──事前に、テレビやネットで視聴した映像ピクチャで速度や威力を計算カリキュレイションしておりましたが、そのどれよりもこの攻撃は全て半分……いえ、十分の九以上に劣っております』

「なんだって……⁉」


 どういう狙いなんだ、あの天使……! 俺なんて簡単にやれるってか?

 しかし、手加減をされていても此方は素人。いつまでも避けきれる訳ではない。


 『ファイア』で斬り返そうと赤いボタンを押そうとした瞬間──拳を構えたブラックエネシアが、瞬時に懐へと入り込んできた。

 驚いて目を見開く暇も対策を考える間も無く、強く突き上げられた正拳突きは腹部を直撃し──一騎当千の一撃を乗せて、タイテイの体は日本海から南へ吹き飛ばされていく。


 その刹那に見たブラックエネシアの表情はいつか見た姉さんの泣き顔そっくりで、双眸は桃色の銀河に埋め尽くされていた。

 なんで、泣いているんだろう。

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