第5話「お姉ちゃんが変身!? ありえない!」

「「あ」」


 バタリと『食パンを咥えながら登校ダッシュしていると角で美少女とぶつかる』、そんな偶然みたいな出来事が夕暮れ時の帰り道に忽然と発生する。

 背が低く、中学生の様な風貌をした美少女──もとい、街中で姉さんと偶然鉢合わせた。

 彼女は頷き、上目遣いでちらりちらりと此方を見つめてきた。

 姉さんの両手に持っていた買い物袋を取り、「講義、今日はもう無いのか?」と聞く。


「うん」


 それっきり何も話さぬまま歩幅を揃え、同じ帰路へと向かった。二人の間に靴と買い物袋の音が交われど、会話は一つとてない。

 気まずい、昨日の夕食で怒らせしまった一件があるから猶更だ。


 街灯も明りつきだすと隣を歩く姉さんの白髪が光を浴び、一つの幻想と化していく光景が垣間見えた。

 それも、まるで魔法のようで──。


 するとスマホから通知が鳴りだし、取り出してみると侑弥ゆうやからだった。


 『午後の授業出れなかったから、書いたノート写真で撮って送ってくれや』


 昼休みに頭を打ったにも関わらず、この平気そうなメールからして逆に関心すら覚える。


 『今、まだ帰りだから帰ったら送る』


 そう送信するとすぐに返信は返ってきた。しかし、文字ではなく何かの画像。

 十数枚もの写真が一斉に送られてきたので、確認してみると──


「…………ッ⁉」


 昼間に言っていたエネシアの秘宝がずらり。


 ──なんてもん送ってくんだよ、バカ!


 刹那、言いようもない視線が稲妻となって全身を襲い──俺はその方角へゆっくりと視線を下ろしていく。

 姉さんが目を大きくして見つめる先は、スマホの液晶画面。


 その持ち主は、無論俺。

 いろいろと終わった。


 俺は欲しいとは一言も言ってない、寧ろ要らないと言ったんだ。

 だから……。


 『これな、これで毎日エネシアに過酷な慰めをしてもらえるな!』


「過酷な……慰め……」


 スマホの画面に映し出された文字が、頬を火照らせた姉さんの舌に乗って毀れだす。


「ちっっっっっが、勝手に送って来たんだよ! 俺は欲しいとも何とも言ってない!」


 大声で慌てながら抗議し、周りの視線を集めてしまうが、それでも姉さんの表情からは動揺が感じられ、恥ずかしそうに俯きだしてしまう。


「と、友達が勝手に、そいつエネシアのファンとか自称してるくせに、こういう最低下劣な画像を集めて送ってきたんだよ! マジなんだって!」


 俺は姉さんエネシアで、やましいことを考えた事なんて一度もない。

 呼吸が切れだし俺の頬に熱が帯びだすも姉さんは頬を赤く染めたまま、静かに俺を見つめ返すのみ。


「だ、だから……なんか言ってよ……」


 大出力のエンジンが徐々に落ちていくかのように、弱々しく自分の声が漏れていく。

 これで姉弟関係はもっと悪化した。最悪だ、いっそ死んでしまいたい。


「──……来た」


 刹那──小さく呟かれた姉さんの声、視線は何故か空を睨みつけている。


「……多い」

「な、何がっ──⁉」


 姉さんは俺の腕を強く引きだし、人ごみの中を走り出した。

 時折体をぶつけるも、彼女の足は止まる気配すらない。

 路地裏の方へ隠れると周辺を警戒した──するとポケットからデバイスが飛び出し、周りを浮遊し始める。


「──我が魔法少女マスター

「位置が上空なのは解った、数は?」

「推定規模、五千。──他愛もありませんトゥライフィリング


 英語混じりの機械音声を聞き、彼女は応えるように頷いた。

 今まで見た事ない真剣な顔色、そして饒舌なデバイスに挟まれるも、

 これから起きることを想像し、息を飲む俺の肩を姉さんは優しく掴んでくる。

 表情は相も変わらぬ真面目なもの、しかし言い聞かせる優しい声をしていた。


「シンちゃんはここで待ってて、……わたしお姉ちゃんが何とかしてくるから」


 持っていたバッグを預けると空へ腕を伸ばし、引き寄せられる様に飛んできたデバイスを握りしめた。


「行くよ……

了解オーケイ装着リボーン


 ──刹那、彼女からいのちが彩り出す。

 優しく鮮やかな薄桃色の光が奈朶音なたねを中心に虚空を舞い──彼女の体、髪、皮膚、細胞を一から産まれ返させて造り変えてゆく。

 纏っていた服も粒子と溶け、代わりに生成されていく特殊魔製女服ジェネレイティブスーツが力を与えてくれる。

 神秘が繊維へと変異した可憐に身を包みながらも屈強、露出している柔肌ですらくろがねに近き鋼鉄となる。

 光の速度で形成せいたんが終わり──君臨するは地球最強の魔法少女「エネシア」。

 少女戦士への変身は人の、ましてや目の前にいる真士しんじにすら捕らえる事は出来ず、一瞬の出来事のように完了する。


 一人唖然とするかれを一瞥して、エネシアは一気に上空へと飛び立って行った。

 時をも置き忘れた神速は瞬間移動のように、一瞬だけ発生した風圧で持っている荷物を大きく揺れさせる。

 目の前で奈朶音が変身し、真士は一つの衝撃を胸に羽ばたいていった彼女を見届けていた。



 ──デバイスの名前……“ボンコイ”って言うんだ……………………ダサ。

 あと、不覚だけど、


 ※


 閃光を纏い、大空へと立ち止まった彼女の周りに浮かぶは異形の敵、天使たち。

 彼奴きゃつらは地上へと落下しようとしていた最中に突如現れた魔法少女へ視線を移し、一斉に襲い掛かっていった。

 彼女の周囲はすぐに取り囲まれ、撤退ルートも全て消滅する。

 絶対絶命──されどエネシアの顔色は衰えない。


「ボンコイ、モードサイス」

了解オーケイ


 承認された瞬間──スカートに装着されていた七つの武装パーツ全てが宙を舞い出し、自動的に一つの武器へと合体していく。

 一つ一つが物理を超越し、伸縮自在の形状変化は構造上の不可能を打破する。


 手に持たれたのはエネシアの背を優位に超す大鎌サイス、それを器用にも大きく振りかぶり、構えると共に敵を引き付けていく。


 ──今。


 刃の一閃が唸る。鎌に当たったモノは無論、発生した巨大な真空刃が多くの敵を巻き込み、血肉を引き裂かせる。

 赤く染まる空の中、エネシアの範囲攻撃を学習した天使たちは攻撃に巻き込まれないようにとフォーメーションを変え、連続攻撃を与えようと試みた。


「モードトンファー」

了解オーケイ


 大鎌がエネシアの手から離れ分離すると共に一部はスカートへ収まり、二つのパーツは両腕に装着されていく。

 旋棍トンファーの先からビーム状の刃が形成され、次々と向かってくる敵を容赦なく焼き切る。

 戦いが始まってまだ、残る敵はまだ

 自分の劣り具合を実感していると天使たちは突如戦闘停止し、エネシアから離れて地上への落下を再開し始めた。


 敵の行動を把握し、歯を噛み締め「モードカノン!」と強く望むように叫ぶ。

 伸縮し合体した武装パーツは右肩へと接続され、エネシアは大勢の天使に向かい巨大ビーム砲台──荷電粒子砲カノンを構える。

 自動ロックシステムが愚かな天使共を全て捕らえ、殺戮を確定させた。


「これで……終わり」


 躊躇なくトリガーを引き、紅水晶色の雷撃が大気を焼きつくす。

 巨大なビームが天使を薙ぎ払うもエネシアは反動をもろともせず、そのまま回転し浄化を継続させた。

 全ての天使は地上へ降りる事も叶わぬまま、塵も残さず次々と昇天させられていく。


 エネシアは天使全てを駆逐し、真士の安全を確認すると大きく息を吐き口元を緩ませた。

 天使たちの紅い血肉と白い羽が舞い散る爆炎の空を、エネシアは地上目掛けて高速で帰還して行った。


 ※


 赤く爆発した光が飛び交う空から、一筋の魔法少女流星が降って来る。

 近づいてくるエネシアを肉眼で捕らえ、下着が見えないようにと自分の目元を抑えていると地面に触れる一歩手前で彼女のスカートが傘の様に広がった。

 瞬間、「解除レリース」という機械音声と共にいつもの姉さんへと戻っていき、スカートを浮かせながら、ふわりと地面に降り立った。

 纏っていた粒子は完全に消え、髪も白菫ツインテから白髪ショートに戻り、繊細な白肌には鮮血一滴も流れていない。


 その様子を呆然と立ち尽くしたまま見つめ、俺はまたも衝撃に圧倒された。


 ……早くね? まだ一分くらいしか経ってないよ?

 五千体もいたんだよね? 昨日とは比較にならないんだよ? いや、いやいやいやいや。でもしかし……これが地球最強か、一般人の脳では理解できないスケール。


 一方、姉さんは俺から自分のバッグを受け取ると疲れてしまったのか、俯いたまま何も言わなくなってしまった。

 ここは……やっぱり、褒めてあげた方が良いのかな。


「あ、あのさ」

「──あの」


 偶然にも被った姉さんの強い口調に俺は押し負け、耳を傾ける。


「その…………えと、パンツ、見えてた?」


 路地裏の暗く蒸し暑い空気だけが、二人の間に流れていく。


「飛ぶ時とか……戦ってる時」


 なんてことを、突然聞く。

 ここは言うべきなのだろうか、優しい嘘と辛い真実に思考が挟まれ押しつぶされる。


「い、いやぁ、俺は……見えてなかったな。──で、でも確かにそれについては気を使った方が絶対良い、かも」


 この期に及んで嘘を選んだ。

 見えてたろ、のが……。


「……今のでも、丁度良くしてるんだけど……『スカードガード』って魔動力燃料マナ消費しやすいし」


 何その下着見え防止機能、魔法ってそんなこともできるの?


「だったら魔動力燃料マナ節約し過ぎ。高い場所で戦おうが高速で飛んでようが、盗撮のプロなら簡単に撮れる」

「……そ、それは、嫌だけど……毎回早く戦いが終わるから別に良いかな、って」

「いや、良くねぇよ!」


 あまりの節操の無さに俺は声を荒げてしまい、姉さんは大きく眼を見張った。


「姉さんさ、自分の下着見え事情もうちょっと考えた方が良いと思う! エネシアの下は……アマゾンとか言われてるんだぞ‼」


 ──……最低な事を口走った、こうなっては自分でも歯止めが利かなくなる。

 それを聞き、彼女の頬は段々と赤色に染まり唇をパクパクと動かしだした。


「わ、わわ、私、ちゃんとしてるよ‼」

「だ、だよなぁ⁉ 俺だってそれはデマだって信じてる‼」


 何がしたいんだ俺は、なんで姉さんに怒ってるんだよ。助けてもらったくせに説教する資格ないだろ。


「でもあのピチピチな衣装は何⁉

 お腹とか出そうになってるし、谷間見えすぎの胸揺らし過ぎだし、良い大人が幼女服着てる痴女まんま! せめてサイズ伸ばせ!」


 最低下劣変態説教男になってるぞ、熱くなり過ぎだ、頼むからもっと頭を冷やしてくれ。

 怒りたいわけじゃないのに、何で姉さんに対してそんなこと言うんだよ。


「た、戦いが速く終わるからそれも良いんだよ! 節約の為にサイズ変えてないの!」


 ──いや、サイズ変更できるんかい。


「じゃあやれよ! 何のための節約⁉ 魔動力燃料マナ溜めてれば、なんかの景品と交換できるの⁉」

「し、シンちゃんにはわからないよ! バカッ!」

「バカ~⁉ 言った方がバカだろ! このアホ! 大学で二十一歳って嘘ついてる四浪アラサー!」


 心無い悪口の連続に、姉さんの眸は水晶の様に潤い出し涙が溜まりだした。

 昔から泣き虫なのは変わらない。


「「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカッ‼」」


 数年ぶりの姉弟喧嘩は徐々に語彙を失いながら、路地裏に残響する。

 路地上の前を通り過ぎる人たちから見たら、他愛もない喧嘩にしか見えないのだろう。


 マジで何やってんだ俺──ただ「がんばったね」って褒めてあげれば良かったのに。


 幼稚な姉弟喧嘩の最中さなか、一つの足音の介入によって忽然と中断された。

 路地裏の通路前に立ち塞がっていたのは、俺と

 長い髪をした彼女は走って来たのか肩で呼吸をし、俺たちを──否、姉さんの方を意外そうな表情を見せながら凝視していた。

 そして、震え脅えたかのような聲で問いてくる。


「あ、貴方様が……なんですか?」


 徐々に引きずるように、此方こちらへと近づいてくる彼女の足取りは重たい。

 ゆらゆらと揺れる月野命運つきの めよりの影は、路地裏のやみと交わり消えて行った。

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