第4話「まずい写真でワワ…」

「え、エネシア……?」


 咄嗟に惚けたような声を発したが、命運めより先輩は三枚の写真を取り出し顔近くまで見せつけてきた。


「これは監視カメラに映っていた映像から撮ってきたもの」


 ──反魔法少女派の演説中に通り過ぎる俺が映った写真。

 ──真っ二つにされた天使を間に挟みながらエネシアと見つめ合っている俺が映った写真。

 ──エネシアが空に消えて、サイレンの音に反応して逃げ出す俺が映った写真。


 一瞥しちらり見た命運先輩の眸は全てを吸い込む虚空の様で、離そうとはしてくない。

 夜にも限らず熱気は体を焦がし汗を垂れさせるが、今流れているのはきっと汗の方だろう。

 言い逃れは出来ないと判断し、俺はあの場から逃げ出した理由を話した。


「そ、その時は……天使とエネシアにビビってて、そん時にサイレンが──」

「待って」


 おぼつかない話を、魔法少女命運先輩は強引に遮る。


「私が聞いているのは、エネシアがかよ」

「エネシアの方……?」

「さっきからそう言ってるじゃない」


 そうだ、「どんな感じだった」と聞いてきていたのだ。まともな判断すらできなくないほど困惑していたとは。

 気持ちを整えると共に咳ばらいをし、脳裏にエネシアを思い出しつつ口を開きだした。

 姉さん本人がこの場にいない事に感謝する。


「エネシアは……少ししか見れませんでしたけど、可愛らしい服装をしていてスカートがふわりと浮かび上がるのも印象的で。

 髪も煌びやかなツインテで、まるで女神の様な感じだったし……その、スタイルも良いしで」


 エネシアを褒める度に命運先輩は「うんうん」と頷き、微かに笑みを浮かべているのが見えた。

 仕方ないとはいえ、何で玄関で姉の事をボタ褒めしているんだろう。


「初めて目の前で見ましたけど、最っ高にカッコ可愛かったです」


 エネシア感想話が終わると、命運先輩は顎に手を当てながら少し考えるような素振りをして見つめ返した。


「そうか、カッコ可愛かったんだ……わかった」


 一人納得した様に命運先輩の口調は優しくなり、写真をしまいこんだ。


「時間取らせてごめんなさいね。では」

「はい。手帳、ありがとうございました」


 一礼し、玄関前から少し小走りで去って行く命運先輩を見届けると、俺はリビングに移動し脱力するかのように椅子へ腰かける。

 自分が思っていた以上に心も体も緊張していたのだ。



「…………ッ」


 奈朶音なたねは声を押し殺し、真士と来訪してきた魔法少女の会話を思い出していた。

 まだお湯に体をつけてはおらず、洗面所の扉越しに背を付ける裸体姿を白い電球は彫刻の様に照らし上げている。


「──ヌードでいると風邪が悪化しますよ我が魔法少女マスター、相手の魔法少女はどうやら撤退リトリートしたようですし、早くお風呂に入って体を温めてしまいましょう」


 その場を動こうとしない彼女を心配しお風呂に入るように勧められるも、デバイスの言葉は届いておらず、朶音は寧ろ林檎の様に赤らめた頬を両手で抑え、蹲ってしまう。

 デバイスはそんな彼女を見かねて再度話しかけようとしたが、今はそっとして置くことにした。


「──心拍数の上昇インクリースを確認」


 ※


「昨日ッ! 駅前にエネシアが出たんだってよぉ⁉」

「ぶっ」


 お昼恒例の侑弥情報を聞き、口に含んでいた卵焼きを鉄板の様に熱された屋上の地面へと噴き出してしまった。

 今日の昼空も俺たちを焦がす様に日を燃やし、下からは硬そうなボールが強く跳ね上がる音がけたたましく響いている。


「うわっ、汚ねぇな! 何やってんだよ!」

「大丈夫か、真士」


 俺の反応に侑弥は笑い、誠良は心配そうにペットボトルを渡してくれた。

 誠良から貰ったお茶を飲み、なんとか喉を詰まらせずに済む。


「はぁ……、いきなりビックリさせんなよ」

「そこまで驚くことかよ……まっ、ビックリする事かもな。なんてたってあのエネシアだもんな」


 侑弥は喜々とながら目を爛々とし、上がっていたネットニュースを見せてきた。


「駅前のやつな。朝、電車から出たらそこらじゅう荒れてて驚いたわ」

「俺も今日早起きして、現場に向かったよ──ここがエネシア様の聖地かって」

「……不謹慎って知ってるか?」


 死人が出ているというのにも関わらず、侑弥は相も変わらずエネシアだけを思い続けている確定で異常な奴。


「エネシアが久しぶりに戦ったんぜぇ⁉ しかもまた瞬殺‼ その時の動画とか写真を探したけど一枚しか見つからなかった」

「一枚?」

「そっ! 着てる奴が紛れ込んでる写真たった一枚!」


 激高して見せられたものは、天使を倒し大鎌を持ったまま立ち尽くしているエネシア──の手前の斜め下に俺たちと同じ制服の後姿が映り込んでいた。

 ──これって。


「これ、うちと同じ制服の野郎を見てるよな……エネシア」


 脳みそが揺さぶられる感覚が体を麻痺させ──箸が食べ物を掴まないまま俺の口元へと虚無を運び、また虚無を運ぶのを繰り返してしまう。


「……見つけ次第、とっちめてやる」


 危ない、後ろ姿だけだったからまだバレてはいないようだ。この際もっとバレない様に髪をイメチェンでもするか……。


「別にエネシアは侑弥のモノじゃないだろ」

「そうだよ、でも写真に写り込んだ野郎のモノでもない。──まっ、別に良いか。なんせ俺は……エネシアに毎晩慰めて貰ってるからナッ!」

「んぐっ」


 今度は勢いよく──喉奥に箸を突き刺してしまった。

 痛みに藻掻くも、すぐさま呼吸を整え何とか持ちこたえる。


「真士~、お前さっきから変だぞ。お笑い系動画配信者でも目指してんのかぁ?」

「ゲホッ! ガァッ! ゆ、侑弥がいきなり変なこと言うからだ!」

「変じゃない! 三大欲求の一つを笑うな‼

 俺は毎晩エネシアに過酷な慰めを受けているんだからな!」


 脳の狂ったおかしな発言に動揺を隠せぬまま、俺は口を尖らせつつ問いた。

 姉さんが……夜な夜なコイツの家で……?


「つーか、過酷な慰めってなんだよ!」

「これだ!」


 またも突き出されたスマホの画面を誠良あきらと見つめ、そこに書かれていたのは──『エネシア下着』。


「…………遂に見せてしまった、俺がネットという深海を探し回ってようやく見つけた秘宝の数々を」


 そのフォルダには十枚ほどの写真が並べられ、全てエネシアが戦闘中に隠し撮られたであろうものばかりで薄らとスカートの下が見える──はずが、画質はどれも酷いものばかりで映っている物が下着かすら判別に怪しい。

 感想としては。


「「最低」」


 の一言に両者尽きた。


「なんだと⁉ お前ら俺の涙と汗の結晶を小バカにしやがって‼」


 あまりの奴の開き直りっぷりに溜息をついて、俺はいい加減物申す事にした。

 何故だかわからないが自分でも少し怒っていた。


「あのな……そういうのやめた方が良いぞ。エネシアは侑弥の憧れなんだろ? だったら変な欲情を向けるべきじゃないと思う」


 ──俺は姉さんをそういう目で見られたくないのか? ……そういうわけじゃ。


 俺の言葉を聞き反省するかと思ったが、侑弥は怪しげな物を見るかのように顔色を変え言い返してきた。


「なんだと~? そういう同担拒否か~? お前もエネシア推しか~?」

「推し……って、そんなんじゃねぇよ」

「羨ましいのかよ~? 無理もねぇな。しゃあね、友達特権で写真全部送ってやるよ」


 そう言って、にやにやと笑みを浮かべながらスマホを操作する侑弥に、更に口調を荒げ必要以上に慌ててしまう。


「い、いらねぇって言ってんだろ!」

「へへっ、やったね、しんちゃん! 毎晩過酷な慰めができ──」


 目の前で破裂するような爆音が木霊し、侑弥はその場で倒れ込んでしまった。

 白目をむいている彼の真横にサッカーボールが転がってきて、グラウンドで鳴り続けていたボールの音も静かになった。


 ※


「失礼いたしました!」


 隣で月野命運は深々と頭を下げ、必死に声を上げた。

 足踏みを揃えて保健室を去ると、周りにいた生徒たちは命運先輩を見るや否や知らないフリや逆方向へと脚を走らせた。

 今の俺は影の支配者の『下部1』として、学校で二番に目立ってしまっているだろう。

 とんだ勘違い、俺は命運先輩とは昨日の一回しか話した事がないのに。


 ──しかし、昨日に引き続いてまた会うことになるとは。

 横で一緒に歩いている命運先輩の足取りは重く、影の支配者はいつもの凛とした堂々的な態度とは裏腹に俯きながら落ち込み、負のオーラを放っている。


「何てことしちゃったんだろう……私……」

「平気だと思いますよ、当たり所も悪くなかったし本人も平気って言ったし」


 昼休み──グラウンドで鍛錬をしていた命運先輩は、勢い余ってサッカーボールを上空へと蹴り上げてしまった。それがどこぞの馬鹿に流星の如く直撃してしまい、ノックアウトさせてしまったのだ。

 しかして本人は平気そうで、包帯を巻くだけで済んだのは不幸中の幸いだろう。


「それにアイツ、前に『可愛い魔法少女になら殺されていい』ってぬかしてたんで、逆にご褒美だったりして……すみません」


 バカ、今のは完全に俺が空気読めてなかった。

 それでも気分の変わらなそうにいた先輩に、俺は話題を変えてみる事にした。


「……グラウンドで何してたんですか? サッカーボール使って」


 すると、彼女は落ち込みながらもぼそぼそと答えだした。


でサッカーボールのリフティングをしながら、でバスケットボールのドリブルをして、でピンポン玉を落とさないようにラケットで跳ねつづけさせるという……バランス力と忍耐力、そして体力を鍛えるトレーニングをしていたの」


 動芸士でもそこまでやらない、魔法少女に変身する前からこの人は規格外化け物すぎる。


「はぁ……最低な事をした、もう今後は学校でのトレーニングにボールは使わない様にしなければ……」

「そうした方が良いかもしれないっすね……」


 廊下の途中で別れるまで、彼女の横顔は終始悲しみにくれていた。

 日が消えた校舎に、魔法少女の影が闇の中へと落とされる。


 責任感が強いから、必要以上に引きずっちゃうんだろうな。

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