第3話「こわい魔法少女がやってきた」

 早城姉弟の寂しい黙食、当たり前な習慣にちじょう

 お粥を主食に、おかずは昨日のあまりもので何とかなった。

 今日もそんな閑静な夕食だったのだが……。

 問題は、お互い顔を合わせない様に意識している事だ。否、どう合わせて話し合えば良いのかわからないのだ。


 放課後に起きてしまった衝撃的な事件。

 一つ目はエネシアに助けてもらった事。

 二つ目は不覚にも彼女の正体を知ってしまった事。


 この状況で一番悩んでいるのは、後者。


 地球最強と名高い魔法少女エネシアは──目の前で額に冷えピタを張りながら、黙々とお粥を食べている。


「こほ」


 一咳ひとせき、そういえば話しかけようとした時もこんな感じに咳を……。

 衣が湿気た豚カツを食べながら、今日見たエネシアと姉さんの姿を同時に思い出す。


 白菫色にピンクメッシュが入ったツインテ──一方姉さんは白髪の姫カットボブ。

 第一印象は髪型で八割が決まると聞くが、確かに気付かないかも。

 顔は姉さんだと少女的な童顔であり、ノーメイクであろうと腑に打ちどころがない美人だとは思う。エネシアはメイクの影響か更に幼げに寄せた感じ。

 体型……と言いたいが、姉さんは一年を通して長袖しか着用せず、長ズボンかロングスカートばかりで判別が付かない。

 いや、女性の体系で判別を付けようって時点で、男として駄目だと思うけど。


「ねぇ」


 二人の姿を重ねていると突然話しかけられ、口に入れていた豚カツを一気に飲み込んだ。


「ソース」

「……んっ」


 俺の近くに置いてあった豚カツソースに指を差し、相槌を打ちながら彼女のもとへ移動させた。

 姉さんはソースを豚カツへと満遍なく掛けていき、無言のうちに口へと入れ食していく。

 話す機会を逃したと思いながら、俺もキャベツを取った。


「……十三年前から魔法少女やってました」


 次の豚カツへと箸を動かしながら姉さんは俯いたまま、平然と告白をしてきた。

 突然の出来事に息を飲むも箸を止め、そのまま質問をしてみる事にした。


「……ちなみにいつ頃から?」

「私のお父さんと、シンちゃんのお母さんが死んで半月……くらい」

「……そっか。地球最強とか呼ばれてて、なんかその……一人で地球救ったりもして……すげぇな」

「うん」


 会話が途絶えた。

 どう質問して返答すれば正解なのか続けられるのか、まったく見当もつかない。

 クソッ、もっと聞くべき事あるだろ俺。


「──貴方の疑問クエスチョンに対しては、私が代わりにお答えしましょう」


 意思疎通能力不足に打ちひしがれていると、先程も聞いた渋い機械音声が何処からともなく響いてきた。

 所々発音の良い英語で話す声の正体を探すと、机に置いてあった姉さんのスマホからブザーが鳴り視界が留まる。


「──はい、シンジ。私とあなたは何度かお会いしていますが、こうやって話すのは初めてファーストですね」


 違和感の在る挨拶と共に突如スマホの背面から羽の紋章が浮かび上がり、まるで妖精のように飛び回り始めた。


「うわっ⁉ な、なんだこれ⁉」


 予想より遥か斜め天上な事が起きり、勢い余って椅子から転び落ちそうになる。

 目を大きくして見ると画面には様々な言語が浮かんでは消えて行き、飛べるスマホは更に異質感を醸し出していた。

 にも拘わらず、使用者本人魔法少女はまるで「いつもの事」と言いたげに独食を続けている。


我が魔法少女マスター会話トークが不得意ですので、あなたの疑問クエスチョンはプライバシー違反にならない範囲で私がお答えしましょう」


 突然発生した不可思議な状況で混沌は更に増していくが、この少しの間だけで多少の情報を得ることは出来た。

 姉さんの事を“我が魔法少女マスター”と呼んでいるという事は、アレがエネシアになる際の変身アイテムデバイスである事は間違いない。

 たまに挟まるネイティブ英語は、不愉快極まりないが。


「シンジの表情からストレスホルモンを検知──私の箇所に挟まってくる英語イングリッシュに違和感とわずわらしさを感じている様ですね」


 考えてる事を当てられ、侮れない奴と考えを改めた。


申し訳ございませんソーリィ。発音、口調、声色がお気に召さないとは思いますが、設定して頂いたのは我が魔法少女マスターですので、どうかご了承ください」


 ──設定したの姉さんかよ。

 とうの設定者本人は此方こちらの会話に干渉しないまま黙々と豚カツを食べ続けており、残り二切れしかないのを見て俺はすぐさまその二つを皿に取った。


「んじゃ聞きたい事があって、その……えーっと、何から聞けばいいんだこれ」


 聞きたい事は山ほどあると思っていたはずなのに、いざ考えると何も浮かび上がらない。

 思い出そうとしていると時間が空き、此方の様子を察するかのようにデバイスが問いかけてきた。


「──我々が外宇宙アルタースペースから来た意思を持つ小隕石マイクロメテオ、だというのはご存じですね」

「んまぁ、そのくらいは……」


 魔法少女たちが変身する際に使うデバイスは、個々に意思を持っているというのは周知の事である。

 地球へと落ちてくる際、大気圏で燃え尽きて飴玉サイズの光る石となって落ちてきた生命体が、女性に飲み込まれる事で変身用デバイスとなり──魔法少女としての力を与えてくれる。

 魔法少女が使用するエネルギー──『魔動力燃料マナ』も本来は全て宇宙由来の物であり、『魔法』という言い方も怪訝おかしいのだが。


我が魔法少女マスターから聞いての通り、我々は十三年前から魔法少女として活動アクティビティしておりました。

 貴方のお姉さん──我が魔法少女マスターは実に素晴らしいアメイジング魔動力燃料マナの消費を極限まで抑えるよう自分で調整しているにも関わらず、あの速度そして一撃必殺の力。

 彼女に勝る魔法少女は地球上一人もいないと断固できましょう」


 相棒であるデバイスからも褒め称えられる姉さんの性能、そりゃテレビやネットで話題になるだけはある。

 だがしかし……。

 あまり知りたい事ではなかったので、話題を変えてみる事にした。


「……他になんかある? 俺が知らないような事で」


 表情で考えが読めるのであればと、俺が欲しがりそうな情報を聞きかけた。

 するとデバイスは突如虚空で静止したまま、画面に映る様々な言語をパズルのようにスライドし深考させていた。


「……困りました、他に言う事が殆どないですね。シンジは知っているようですし」

「ネットやニュースそれなりに見てれば、さっきの情報くらい小学生でも知ってるよ」


 この発言が追い打ちとなったのか、画面右下に「Now Loding」と表示され無言になる。

 ──もしかしなくても、ポンコツか。


「……では我が魔法少女マスターの戦闘スタイルが、スカートに取り付けてあるユニットを組み合わせて

 ──サイス、トンファー、ナイフ、アンカー、カノン、シールド、ソード等、様々な形態に変えて戦う事も」

「今更知っても、って感じだな……」


 姉さんの戦い方を教えられても、それが今知りたい情報な訳でもないし。


「何という事でしょう、ネタがもうありませんデッドロック


 デバイス完全沈黙。

 結局、本人であろうが変身アイテムだろうが何一つ詳しい情報を得ることはできない。

 大変な事を知ってしまったはずなのにな……なにせ、うちの姉が魔法少女だったんだから──


「……ん?」


 その時、一つのシンプルな疑問が脳裏を過ぎり──直ぐさま二人に話しかけてみた。


「姉さんってさ、なんで今も魔法少女やってんの?」


 最初にこの質問を何故思いつかなかったのだろう。

 言い方は悪いが……ゆるふわ美少女風のコスプレで全身ピチピチになりながらも戦い続けている、という事は何かしらの理由があるからに違いない。


 俺の質問を聞き二人は無言のまま少し間を開けたが、デバイスが先に喋りだした。


「──それは、あ」

「やめて!」


 机を叩きながら立ち上がり、姉さんが会話を裂いてきた。

 久しぶりの大声を聞き驚いていると、本人は咳をしながらも食器を片付け風呂場へと去って行く。

 茫然としたまま姉さんの様子を見つめていると、デバイスがお辞儀をしてきた。


すみませんソーリィ、シンジ。この件は我が魔法少女マスターのプライバシーに反するようですのでお答えできません」

「あぁ、いや……わかった」


 本体を上げると、デバイスはお風呂場にいる姉さんの方へと飛んで行く。

 戦う理由を聞きたかっただけなんだけど……気に障るようなこと言ったかな。

 疑問は残りつつも食べ終わり、皿を洗おうと考えた瞬間チャイムが鳴った。


 ──こんな時間に誰だ?


 玄関へと足を運び、開けてみるとその相手に俺は目を丸くした。

 同じ学校の女子制服を着た女、それも学校で知らぬ者はいない超有名人が立っている。


 ……何で一日に二回も“魔法少女”に会うんだよ。


「めよ……月野先輩?」


 黒髪を夏風に躍らせ、月野命運つきの めよりは俺の様子を見つめるや否や一礼をしてきた。


「こんな夜遅くにごめんなさい。

 あなた、二年C組出席番号十六番の早城真士はやしろ しんじ君よね」


 律儀に名指され、戸惑いながらも「……そうっすけど」と弱々しそうに返事をする。

 すると、彼女はポケットから一つの学生手帳を差し渡して来た。

 受け取ってみると貼ってある写真や名前も、全て俺の事が書いてある物だった。


「あ! 俺の学生手帳!」

「天使の気配を察して駅前に駆けつけてみたら、既に事は終わっていて……そうしたら近くにそれが落ちていたの」


 急いで逃げてたから気づかなかった、落ちてきた衝撃で押された時に落としちまったのか。


「落としてたなんて知らなかった……こんな夜遅くにありがとうございます、月野先輩。

 ──このお礼はいつか必ず!」

「いやいや、私は落とし物を返すという人として、当たり前で、当然の事をしただけ。

 礼には及ばない」


 頭を下げて感謝する俺に命運先輩は慈悲深く笑みを返してくれた。

 怖いイメージしかなかったけど、根は凄く良い人じゃん。


「そうだ、一つ聞きたい事があるの」

「……? えぇ、良いですよ。何かありました?」


 にこやか笑みを返し質問を聞き返すと、数センチでくっつく距離まで顔を近づけてきた。


「──エネシアはどんな感じだった?」


 心臓が爆発四散するような質問が、玄関に木霊する。

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