第4話 昼食会

「よくありませんわ。アルメ」


 学園が休日のある日、シャローンがお忍びでダンティール家にやってきた。

 ダンティール夫妻はシャローンに個人的に恩義を感じているようで、アルメに対しても娼婦だと知っているにも関わらず、態度は丁寧で親切だった。それは使用人たちも同じで、彼女は気持ちよく滞在させてもらっていた。

 お茶の給仕は自分がすると使用人に下がってもらった後、二人だけになりシャローンは話し始める。

 それは最近のアルメの行動への苦言だった。


「だって仕方ないじゃないですか。そうしないとマーカス殿下に近づけない。明日は昼食の場に私を連れて行ってもらえることになりました」

「そ、それは、よかったですね」

「後は二人っきりになる機会を作り、シャツを脱がせるだけです」

「は?」

「シャローン様。言ってませんでしたっけ?私の初めてはハリーなんです。で、私は彼の右脇の下に小さな花のような痣があることを知っています。これを見つければ、」

「アルメ!ひ、人前で殿方の服を脱がせてはなりませんよ」

「当たり前ですよ。シャローン様。だから言いましたよね。二人っきりになる機会だって」

「そう、そうでしたね。二人っきり。難しいでしょうね」

「はい。本当。取り巻きがうざいです」


 アルメが心底嫌そうに言うと、シャローンが苦笑する。


「あの連中、私が近づくとヤケに馴れ馴れしくなって、ちょっと嫌なんですよね。仕事柄仕方ないとはいえ、面倒です。学園でまあ、風紀を乱すのも問題ですし」

「そ、そうですよ。アルメ。気をつけてくださいね。影には言っておりますが、合意の場合は、」

「合意!好きでやられるわけないじゃないですか。あんな金にもならない連中。まあ、お金くださいって言ったら本当にくれそうなのですが」

「それもやめてください。できれば、目立たないようにしてほしいのです」

「無理ですね。もう」

「そうですよね」

「でも、シャローン様。私が問題起こしても大丈夫のようにしてあるんですよね?この家の方とか」

「はい。安心してください」

「それなら大丈夫ですね」

「アルメ。無茶はしないようにしてくださいね。本当に」

「うん。だけど、少し無理しないと、マーカス殿下がハリーかいつまでたってもわからないと思うから。シャローン様も知りたいでしょう?」

「は、はい。実際、今のところ、アルメはどう思ってますか?」

「難しいです。まだちゃんと話したことないですし。時折意味深な視線を送られますが、それの意味もわからないですし」

「意味深な視線」

「あ、マーカス殿下であれば、まずいですね。大丈夫です。私はハリーでなければマーカス殿下などとんでもないですから」

「ふふふ。アルメったら」


(今、ちょっとシャローン様。怖かった。本当に好きなんだろうな。二回しか会ってなくてそんなに好きになるのは凄いけど)


 ☆


「マーカス殿下は凄いのですね」


 翌日、アルメは見事にマーカスと取り巻きの昼食に誘われた。彼の隣に座りたかったのだが、難しく丸テーブルを囲み、彼の真正面に位置することになった。テーブルの下では隣に座った男がちょっかいをだしてくるので、それを適当にあしらいなら、彼女はマーカスに話しかける。

 彼はアルメにはまったく興味なさそうで、話かければ答える。そんな態度だった。


(ああ、難しい。なんていうか、壁が見える)


 マーカスの席は遠い、だがそれ以上に話しかけるなという壁がアルメには見えていた。

 

(気にしたら負け。私の仕事はマーカスのシャツを脱がして、脇に痣があるか確認すること。え、そういえば、私がしなくても、これってシャローン様にしてもらえればいいんじゃないの?だって婚約者だし)


 この方法に今まで気がつかなかった自分をアルメは殴りたくなる。

 

(なんていうか、この昼食会に参加するため、どれだけ馬鹿な真似をしたのか)


 アルメの側近たちに媚びる行為のため女子生徒には嫌われ、ちょっとした虐めが行われていた。忠告という名の罵りは通例。実際は物を隠したりされたこともあったのだが、シャローンの影が優秀で隠されたものはすぐに手元に戻ってきていた。


(なんていうか、時たま、助けてくれないけど。シャローン様の影)


 足を引っ掛けられたり、そういう時は助けてくれない。

 

(まあ、難しいのはわかるけど。でも、そんなことも今日でおしまい。シャローン様ご自身で確認してもらおう。婚約者だ。シャツくらい脱いでくれるはず)


 ハリーかどうか分かれば、自身が動けばいいとアルメはこの場では何もしないことに決めた。


(ハリーだったら、私が目の前にいればきっと動揺するはず。わかりやすいやつだったし。こんな風に品が良さそうに笑うこともないだろうし)


 そんなこと四年もあれば学ぶことはできる。

 現にアルメは四年前と違って、男を弄ぶことなど造作もないほど、色に長けた女になっている。

 しかし、彼女は目の前の、自分を冷たい目でみる男をハリーだと思いたくなかった。


(薄情なのかな。生きていてほしい。自分のことを気にしてくれたら、なんて。生きていてくれただけでも嬉しいはずなのに)


「もう、ハリソン様ったら」


 考え事をしながらも、アルメはマーカスの取り巻きたちに媚びを売ることを忘れない。

 そんな彼女を冷たい目で見続けるマーカス。

 悲しい気持ちになる。


(もしハリーだったら……。シャローン様に確認してもらう)


 折角の昼食会、この機会を利用してマーカスに近づく予定だったが、アルメは早々に諦めて、取り巻きたちと他愛もない話をして終わらせた。

 昼食会の後、周りに誰もいないことを確認して、アルメはシャローンの影に手紙を託す。それは彼女がこの国にきて、初めてシャローンに出す手紙だった。



 

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