第5話 連日続く嫌がらせ

 数日後、ダンティール男爵家にシャローンが訪ねてきた。

 彼女にしては珍しく夜だった。

 学校の休日に忍んでくることが多かったので、アルメは驚いたが、影に託した手紙を思い出し理由がわかった。

 

 (右脇の下の花のような痣、それをきっと確かめたんだ)


 シャローンは俯いており、フードを深く被っていた。

 応接間に案内し、使用人を遠ざけてから彼女はやっとフードをとった。現在男爵家にいる使用人はすべて事情を知っているものばかりだ。シャローンはどうやら表情を隠したくてフードを被っていたようだった。


「シャローン様。聞かせていただけますか?」


 お茶をカップに注いだ後、アルメは先に口を開く。

 不作法であるが、彼女は待つことができなかった。


「影に、確認させました。その方が早くて問題がありませんので」


 シャローンは俯いたまま、話す。


「マーカス殿下はハリーでした」


 アルメの中で、たくさんの感情が一気に溢れ出した。

 嬉しい、驚き、自分を見て何も反応を示さない悲しみ、それから最後にシャローンに対する同情だ。


「そんな顔をしないで。アルメ。私は覚悟してましたから」


 シャローンはやっと顔をあげると微笑んだ。

 それはとても悲しい笑みで、笑うくらいなら泣いてほしいと思わせるようなものだった。


「シャローン様」


 アルメはシャローンの横に座る。そしてその手を握った。


「最後まで望みを捨てないように。私がハリーに近づいて、何か情報を掴みます」


(ハリーと分かれば遠慮はしない。どうみてもハリーっぽくないけど、痣があったということはハリーに違いないから)


「アルメ。無理はしないでちょうだい。影が守っているとはいえ、……マーカス殿下、ハリーの背後には王妃様がいるはず」

「王妃様……?」

「病弱なマーカス殿下の代わりに、セオドア殿下が王太子になられた事が酷くお気に召さなかったみたいなの」

「セオドア殿下……、陛下の弟でしたか?」

「ええ。陛下の弟君よ。陛下が王位継承された際に公爵になられたけど、マーカス殿下の体調を考え、王太子になられたの」

「それならば、セオドア殿下もマーカス殿下が公式の場に出られることになったことが気に食わないでしょうね」

「それはないわ。あの方は王位に興味ないもの」

「知っているのですか?」

「ええ」


 シャローンが柔らかく微笑み、アルメはふと気が付く。


(もしかして、シャローン様は?そうなるとマーカス殿下が本当に亡くなっていたとしてもショックは少ないのかな)


 ひどいことを考えると思ったが、シャローンに対して好意を持ち始めているアルメは、事実が明らかになって傷つく彼女をあまり見たくなかった。


(まあ、とりあえずハリーに聞かなくちゃ。ハリーなのに、あんな冷たい目で私を見るなんて。ムカムカする。絶対に問い詰めて吐かせてやる)

 


 翌日から、アルメは再び積極的に動き始めた。

 ハリーと二人っきりになるべく画策するが、側近が邪魔してなかなかうまくいかなかった。

 完全にアルメの虜の側近たちを無下にして、ハリーに声をかけたりしたのだが、彼は眉を顰め、軽蔑した眼差しを向けてくる。

 心が折れそうになったが、アルメはシャローンの顔を思い出す。


(ハリー、もしかしたらもう私のことなんてどうでもいいかもしれない。もしかして本当に忘れたとか?火事のショックで?)


 ハリーへの自分の思いを封じながら、仕事、仕事を言い聞かせる。


 彼へ媚びる態度は、周りの生徒を苛立たせるには十分だったようで、連日嫌がらせが続いた。

 シャローンの影が助けてくれるのだが、それでも全部ではない。影なので表沙汰に助けてもらえるわけでもなかった。

 

「皆様、私たちは誇り高き貴族です。嫌がらせなど恥ずかしいと思いませんか?」


 見かけたシャローンがそう声をかけても、アルメの態度が変わらないため、嫌がらせは減らなかった。


「レジーナさん、マーカス殿下は私の婚約者です。身分を弁えていただけますか?」


 それなら自らが注意をすればいいのではないかと思ったのか、シャローンがアルメに侯爵令嬢らしく、注意してきた。その視線はまっすぐアルメに向けられ、誰が見ても責めている態度。まさか二人が顔見知りで友人に近い関係など誰にも悟れないほど、冷たい視線だった。


(シャローン様もなかなか演技派ね。となると、ハリーも私を知っていて演技している可能性もあるのかな?)

 

 親の敵とばかり刺すような目線を受け止めながら、アルメはそんなことを考えていた。


 それから嫌がらせは数は減った。

 だが、嫌がらせの質が陰湿なものに変わった。


「!」


 カツンと頭上で何かが割れる音がして、アルメから、かなり離れた所に鉢植えの残骸が落ちた。

 見上げると、窓から慌てて離れる女子生徒の影が見えた。

 おそらく上から故意に落としたのだろう。

 アルメに直撃しなかった理由は、落とされた瞬間に何かが鉢植えに当り軌道を変えたようだった。

 シャローンの影の動きだろうとほっとする。


(だけど、なんていうか大胆ね。殺す気?)


 それからも、以前より凶悪な嫌がらせが増えた。

 犯人はわからない。

 学校では接触してこないシャローンが、状況を見かねたのか、依頼は一時中断だと手紙を鞄の中に入れてくるくらいだった。


(この嫌がらせに屈服したら、それで終わり。ハリーを誘惑……、それはものすごい難しいけど、せめて話をしたい)


 アルメはシャローンの手紙を無視した。

 ハリーを探して図書館を目指していると、ぐいっと腕を掴まれる。

 そこにいたのは、ハリーだった。校舎の影に連れ込まれて睨まれる。


「どういうつもりだ。君は?」

「君は、だって。おかしい」


 余りにもハリーらしくなく、アルメは笑ってしまう。


「ハリー、本当に別人になったの?」

「……君は……」


 どんなに接近を試みても動揺しなかったハリーの瞳が瞬きを繰り返す。


「私はアルメ。覚えている?」

「あ、アルメ、だって?!」


 (驚いている。っていうか、ハリーなのは確実。だけど、私のことわかんなかった?)


「そう。花護(かご)館のアルメ。あなたの初めての相手」


 アルメがお客相手に見せるように微笑むと、ハリーは途端不機嫌になった。


「……お前にとっても初めてだろ」

「ははは。そうだね。よかった。やっとハリーらしい」

「お前、誰かに頼まれのか?」

「うん。そう。ハリー。なんで、あんたがマーカス殿下の身代わりをしてるの?何があったの?」

「言えない。親父たちの命がかかっている。だから、アルメ。頼むからそっとしてくれないか。お前に会えたのはものすごい嬉しい。だけど、俺は親父たちを見殺しにしたくない」

「……おじさんたち生きているの?」

「うん。あの日、俺たちは攫われた。それ以上は言えない。頼む。アルメ。俺のことをまだ幼馴染だと思ってくれるなら、そっとしてくれ」


 結局アルメはハリーに返事をできなかった。

 それに落胆していたが、彼は何事もなかったようにアルメをその場に残して去った。


 

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