第3話 学園編入

 アルメが学園に編入する日がやってきた。

 学園での彼女の名前は、レジーナ・ダンティールだ。

 ダンティール家には娘がいなかったことは明白なので、アルメは孤児院育ちでダンティール男爵夫妻に引き取られた養女となっている。

 初日は様子見だと、アルメは大人しく過ごすことにした。

 初日は学校案内だけだ。

 担当教師ではなく、事務員がアルメを案内した。


「端によってください」


 事務員に言われ、アルメは廊下の端に移動した。

 まもなく、数人の男子生徒が現れる。


(マーカス殿下)


 三人の男子生徒に囲まれ、マーカスが近づいてくる。


 学園内でも王族は特別扱いだ。

 事務員は首を垂れているので、アルメもそれに従う。


「……編入生か?」


 マーカスは事務員の前で立ち止まるとそう声をかけた。


「はい。マーカス殿下」

「顔を上げなさい。そこまで大仰にすることはない。君もだ」


 彼がそう言い、事務員が顔を上げ、アルメもそれに従う。


(ハリー?)


 その顔を見たくて、不躾かもしれないが、彼女は彼を見上げた。

 絵姿そのものの彼がそこにいた。


「……名前を何という?」

「レジーナ・ダンティールです。マーカス殿下」


(ハリー?ハリーなの?)


 そう確認したい気持ちを押さえて、アルメは答えた。


「ダンティール男爵が養女を迎えたという話があったな。その養女か」

「はい。そうでございます。殿下」


 アルメの返答に頷き、マーカスは表情を変える事なく、言葉を続ける。


「学園で得るものは多いだろう。励みなさい」


 そして、そう言うと興味を失ったとばかり、彼はアルメたちに背を向けて歩き出した。


(全然、何も態度は変わらなかった。ハリーではない?わからない。あまりにも似ているけど)


 マーカスの後を三人の男子学生が追いかける。


「さあ、ダンティールさん。二階のカフェテリアを案内しましょう」

「はい」


 彼の背中を見送っていたアルメに事務員が話しかける。

 それに返事をして、彼女はマーカスたちから視線を外した。


(まだ判断するのは早い。っていうか、ハリーであれば右脇の下に小さな花のような痣がある。それが確認できれば手っ取り早いんだけど)


 まだ初日だと頭をかぶり振って、アルメは事務員に続き廊下を歩き出す。


 ☆


 学園入学から一週間が過ぎた。

 マーカスを遠目に見ることはあっても接触することはほぼない。

 今日は学生総会があり、全学生が講堂に集まっていた。

 舞台に立つのは、生徒会員たちだ。生徒会長は、マーカス。シャローンも入っていて、その生徒会名簿をアルメは彼女から入手している。将来の彼の側近となるべき身分の者で構成されていて、男爵や子爵など身分が低いものは外されていた。


(一年生で、しかも編入生。男爵ときたら、絶対に生徒会には入れない。本当どうやってお近づきになったらいいのか)


 まだ一週間、されどもう一週間。

 アルメはマーカスにどう近づくか考えあぐねていた。


 司会役の生徒がまず演台で話し、生徒会長のマーカスが挨拶をする。

 王太子マーカスは十七歳、シャローンと同じ歳で、今年卒業する。

 貴族学園は十六歳から二年間のみで教育課程が組まれている。実質勉強するというよりも貴族としての社交の場に成り下がっている。

 もちろん最低限の学力は必要であり、卒業することで令息、令嬢として社交界で認められる。卒業式はその最終仕上げのパーティであり、毎年盛大に開かれていた。

 マーカスは唯一の王子であり、今年は前例にない華やかなパーティになるだろうと、教室で女子生徒たちが騒いでいたのを思い出す。


 舞台上、演台に立つマーカスは堂々としたものだった。

 それは王太子なのだから、当然である。


(やっぱりハリーじゃないかもしれない。あのハリーがこんなに堂々しているとか信じられないし)


 アルメが覚えているハリーの声は変声期が始まったばかりの、子供と大人が入り混じったような声。

 演台から聞こえてる彼の声は、落ち着いた大人の声だった。


(……シャローン様も勘ってだけ言ったしなあ。きっと物証もなにもないんだろうな)


 アルメに与えられた期間は五ヶ月だ。

 五ヶ月で、マーカスがハリーなのか判断して、ハリーであれば誘惑する。


(わからない。まだ二回しか見てないし。しかもちょっと話しただけだ。でも私をみても全然動揺してないしなあ。あ、私ってわからない可能性もあるのか)


 初めてを捧げた時、アルメはまだ十二歳。

 化粧もまだしっかりしていなくて、体つきも少女だった。

 今は高級娼婦に相応しい、豊満な体つきをしている。


(ううん。ハリーであれば私のことはわかるはず。だったらやっぱりハリーじゃない?ラチがあかない。やっぱりひん剥いて、右脇の下を確認するしかない)


 アルメはどうやって彼の上着を脱がせるか、悩む。

 そんな彼女の考えが伝わったのか、どうかのか、演台のマーカスの視線がこちらに向く。

 薄茶の冷たい瞳が少し揺れた気がして、アルメの胸が騒ぐ。


(ん?動揺した?)


「皆さん、見ました?マーカス様、私を見て驚いたみたい」

「そうでしょう。ソフィア様はとてもお美しい方ですから」


 アルメの前に座っていた令嬢がそんな会話をする。


(美しい?)


 気になって見てみると、ソフィアと呼ばれた女性は確かに美しい外見をしていた。しかし、作られた美しさだ。


(シャローン様が婚約者であることは周知の事実なのに、こんなことを話す令嬢がいるんだな)


 結局、アルメはマーカスが自身を見て動揺したのか、はたまたソフィアを見ていたのか、分かりかねた。


(まあ、遠目だし。でも本当ひん剥かないと判断ができないなあ)


 マーカスはずっと数人の男子生徒に囲まれていることが多い。近づくことすら難しい。


(取り巻きという存在か。こっちもシャローン様から名簿もらっていたっけ)


 与えられた男爵という身分は貴族の位の一つ。けれども下から数えたほうがいいくらいの平民に気が生えたくらいだ。

 なので突然王太子のマーカスに話しかけるのは無理があると、アルメは周りから攻略することにしていった。

 翌日からさりげなく、取り巻きたちに近づく。

 一人に近づき、他の人を紹介してもらう。そうして徐々に王太子に近い立場の男子生徒に関わっていく。

 それがまるで男子生徒を狙っているような行動になったため、アルメに対して女子生徒からの風当たりは強くなる。

 しかし構っていられないと、アルメは取り巻き攻略に勤しんだ。

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