第4話 ウチ、動画配信者になります!

 泣きそうなギンの頭をもう一度撫でる。

 それから軍服の袖で涙を拭いてやって、泣き顔は見ないように、天井を見上げた。


「まあまあまあまあキミは何も悪くない。むしろウチらの仲間。ひどい目にあった同士、仲良くしよう。お父さんはあいつらに殺されたんやろ?」

「ま、まだ死んでない……と思います」

「そう? そうかもしれん。けどキミらが逃げてきた以上、危なかったってことやろ。覚悟はしとき」

「……はい」


 膝の上の少年の声は震えていた。


「お姉ちゃんがこの一週間全然出撃してないのも、別に戦争終わったからって訳じゃないからね?」

「はい」


 実際のところ、この一週間、敵の攻撃はパッタリと止んでいた。

 偵察部隊によれば敵軍が壊滅しているというのだ。


「いつまた戦いがあるかは分からん。下手したらギンくんまで巻き込まれるかもしれん」


 この現象に対して、偵察部隊と戦術考察局によって立てられた有力な仮説はこうだ。

【正面で私達がにらみ合っていた間に、この惑星エレニンにおける国家の多くが、シルバーコーラルと遊楽部ギンの大脱走に巻き込まれて致命的なダメージを受けていた。シルバーコーラルは現行の人型戦闘機械エクサスを遥かに超える超兵器であり、地球側が手にした六つの特級機体ビッグシックスに匹敵する兵器となる】

 アホらしわ。

 この子が強いとして、こんなガキに何させるつもりなんやろ。


「まあな、どうしても割り切れない、許せない、そういう事はあるんよ。良くないとわかっていても駄目なもんやねえ」

「今度は僕がアカネさんを守ります」

「マジか。言うやんキミ」

「僕とシルバーコーラルなら、絶対に負けません」

「ふっふっふ……可愛い事言うわ。逃げてきたんやないの?」

「僕とシルバーコーラルは戦えます」

「……せやね。彗星粒子と人型戦闘機械エクサスがあれば誰もが戦える」


 それまで膝の上に乗せていた少年を抱えあげ、180°回転させた。私と彼の目が合う。


「でも子供それ戦わやらせたら軍人ウチラは負けなのよ」

「……負け?」

「キミのお父さんの勝ちはキミが生きていること。軍人ウチラの勝ちは、民間人に、特に子供に戦争をさせないこと。キミが平和に生きてくれることがみんなの勝ち。ええな?」

「へいわに生きる……ですか。へいわってなんでしょう」


 きょとんとしていた。

 っはー、無理、やばい。泣きそう。


「戦争がアニメの中だけになって、エクサスの戦いがスポーツになることかな」

「それが、へいわ、ですか」

「まあ少なくとも、殺し合いが起きなきゃええの」

「殺し合いがない世界……?」


 こんな事言う子供が居ない世界だ。

 そんなことは言えないけど。


「そう、Y●utubeとかで試合の配信があったりして。機体を読み込んで戦える軍用のシミュレータが一般化してネット対戦とかできて……戦い終わったら友達になれる世界」

「知らない言葉がいっぱい出てきました。そうなったら兵隊さんの仕事は無くなりませんか?」

「そしたらウチ、動画配信で稼ぐわ。エッチなバニーコス着て再生数バク上がりで広告料でガッポガポやん。最高。大富豪や。ギンくん養ったげるわ」

「いいの?」

「まああっちで家族見つからんかったり、家族が居ても嫌な奴らだったらお姉ちゃんとこ来たらええ。孤児院はマジやめとけな、きっついから。入れられそうになったら留寿都るすつアカネに引き取られますって叫んでこのアドレスに連絡せーな」


 そう言って私は自分の連絡先を書いたメモ帳を少年の胸ポケットに突っ込んだ。


「分かりました。けど……」

「けど、どした?」

「まだ子供なのでお姉さんと結婚はできないと思います」


 思わず吹き出してしまった。


「ぎゃっ」


 吹き出したせいでツバをかけてしまったらしく、少年が悲鳴を上げた。


「ギャハハハハハハ! ごめんごめん! 後でシャワー浴びよ! あー、おもろいな自分。将来どんな悪い男になるか楽しみや」

「いやだって、お姉さんの子供にはなれないし、結婚したら家族だって言ってたから、てっきりその……もうなんでそんな笑ってるんですか」


 真面目に答えられたせいでもうだいぶ耐えられなかった。笑いすぎて返事ができない。なまじこの子が賢いからなおのこと、あかん、もう限界。


「大人になったらしてくれんの?」

「別に構いませんが……その頃までずっと素敵でいてくれないと困ります」

「こいつマジええ根性しとるわ」

「お父さんの言う通りなら、僕、きっと色んな人に出会って、世界を知ると思うので」

「ええこと言うやん」

「その上で、お姉さんが優しくって強くて格好いい女の人だって言いたいので」

「こいつ……こっ……いつ……」


 笑いが再び込み上げてきた。

 

「ずっと素敵でいてください」

「こ~~~~~い~~~~~つ~~~~~~~~! 女の子の目を見ながら言うかそういうことぉ! おらっ、生意気言ってる六歳児はお湯に沈めたるわ! シャワータイムじゃい!」


 ギンを抱き上げて、座っていたベッドから立ち上がった。


「なん、で……?」


 納得できない不満そうな顔の子供を連れて、私はシャワーへと向かった。

 なんだかちょっと、戦争の終わりが楽しみになってきた。

 それは、戦争が終わって私とギンがいきなり日本に帰される数日前の出来事だった。

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