第3話 機械仕掛けの夢を見る

 結論から言うと、一週間もするとギン少年は地球のアニメにはまり込んだ。


「ひっさつ! ブレードオブワイヤーズ!」

「うわ~!」


 巨大ロボット“ケイオスハウル”になって悪の魔王の私に切りかかったかと思えば


「姫、大丈夫でしたか!」

 

 囚われのお姫様だったらしい私を助けに来てくれたりする。

 元気そうで何よりだ。


「ありがとうねギンくん。たすかったわウチ~」


 私が頭を撫でると、ギン少年ははにかんだように笑う。

 歳の離れた弟ができたみたいで、正直に言えば悪くない。


「ねえねえお母さ……アカネさん」


 おっ、子供ならではの間違ってお母さん呼びしちゃう奴。


「なにかなギンくん」

「ア、アカネさん」

「ママでもええで~」

「やめてくださいよもう!」


 顔を真赤にしている少年を見て、少しかわいそうになってきた。


「悪い悪い。ギンくんのママにはなれへんよな」

「……そんなこと、ないです。優しくしてもらって感謝してます」

「ええ子やな。ママに大事に育ててもらったんやろな。羨ましいわ」


 ギンは首を左右に振った。


「僕が小さい頃に死んでしまいました」

「……そら悪いこと聞いてもうた。ごめんな」

「でも寂しくなかったんです。シルバーコーラルが居たから」

「シルバーコーラル? それって……あの白い機体エクサス?」

「はい」


 V字アンテナが特徴的な白い人型機械ロボット

 それは保護された少年が乗ってきていたあの機体だ。

 もう一週間になるが、あれについて詳しい話は隊長からも聞かされていない。


「だったら今は寂しくないん?」

「毎晩一緒に居るから大丈夫です……あっ」

「どした?」

「いまのは……ひみつにしてください」

「お、おう? ええけど」


 毎晩一緒? 抜け出してる?

 ソレは無い。ここ最近はベッドで一緒に寝ている。

 なんかめっちゃ肌の調子が良くなってきたし、気分も明るい。

 男児は健康に良い。戦場の心の傷とかによく効く。吸うとちょっとミルクの香りとかする気がする。

 ――アカン、犯罪やん自分。


「普通の人って、エクサスと話せないんですよね?」

「へっ」


 色々考えていた意識を現実に引き戻された。


「喋れんの? すごいやんキミィ」

「パパもママも駄目だったらしいんですが、僕はずっと側に居たのでできたみたいです。エレニン星の科学者さんが言ってました」

「エレニン?」

「僕たちが戦争しているこの星です」

「あーせやせやそんな名前だったわ」

「……覚えてないんですか?」

「覚えたくもない。ウチ、こんな星無くなったらええとおもとる」

「で、でも、ケイオスハウルも話し合うのが大事って……」

「子供向けのアニメ版はせやけどなあ、小説版やと結構厳しいんよ。大人の世界って厳しいの」


 可愛がっていた後輩が捕虜になって、死体を送れない姿で見つかったり。

 ただの医療施設を、砲撃でまるごと吹き飛ばしたり。

 まあ正直、お互い様だ。

 星間戦争に戦争法は適用されない。

 まだないからだ。

 どちらかがどちらかを滅ぼし尽くす一歩手前で止まることができれば……そういうものも生まれるかもしれない。

 私はそれを望まない、が。


「……でも、でも」


 少年を膝に乗せた。ケイオスハウルを一旦やめて、私の好きな昔のバンドのライブ動画を流し始めた。

 基地にはアマゾン●ライムもネットフリック●もデイズ●ープラスもあるのでそこらへんは助かる。ちょっと会話が気まずい今とかは特にそう。


「どうしたの」


 少年の頭を撫でた。この子は、悪くない。この子が何を言い出しても、この子は。


「でも、僕はここが故郷で」

「うん」

「故郷で……」


 ギンは私の手の甲を指でなぞる。

『は、ん、ぶ、ん、え、れ、に、ん』

 私は頭を撫でる手を止めた。


「ああー、やっぱそうか」


 父親は日本人、しかもこちらに潜入していた。

 で、母親の正体が不明。同じ工作員? まさかまさか、可能性はゼロじゃないが、わざわざそんなことする意味なんて無い。

 せっかく潜入するなら、現地に徹底的に馴染ませるのが良いし、その為には。遺伝子や肉体的特徴の類似から混血それが可能なのではないかというのは、早い段階で仮説として出ていたが――やっぱり、そうか。


「……本当の本当に秘密です」

「ええで。お姉ちゃんとギンくんの秘密や」


 部屋が盗聴されている可能性まで理解して、こういう方法で伝えてくるなんて、本当に敏い子だ。

 ああ、でもきっと、このままだとこの子は利用されてしまう。

 能力があるほど、利用価値が上がっていく。


「じゃあお姉ちゃんも秘密教えたる」

「なんでしょう」


 せめてこの子に渡せるものはなんだろう。

 それは――きっと、この戦争がどうしようもなく残酷だということだ。


「お姉ちゃん、任務でしくじってな。結婚相手とお腹の子供いっぺんに死なせてもうたのよ。だから宇宙人が許せんの」


 少年は泣きそうな顔をしていた。

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