第17話 あなたの「声」

深夜十一時。

未だ未だ多い鉄道の乗降客。南口のバスロータリーへと向かう人々。北口の繁華街へと階段を降りる人。降りてすぐの喫茶店は既に看板。ライトアップされた店頭の隣。遊技場も消さずに電飾を掲げていた。更に北に降りた右手。


「相変わらず夜のさびしい街」

ブラインドを摘まんで下げ、見下ろした歩道に人は疎ら。

家に帰ればいいじゃん、と友達は言う。家の門限は既に過ぎていたが、実際終電も未だの時間。店内は店内音響にリクエストがかかっていて「クラブ」のようだった。

「治安、悪いから最近」

「そうね」

政情不安の影響と言う訳だろう。

此処のファーストフードは夜は11時から朝までワンオーダーのフリースペース状態で、帰れない人の溜まり場に成っていた。

「いいの?」

「偶には冷まさないと」

男の話は今日は御遠慮願いたかった。

「気楽ね」

友達は大げさに肩を竦めた。


窓の反対側店の奥の方では三、四人の男女が薬物摂取している。確かに治安は悪化しているとみえる。

「デカダン」

「合法だから」

麻薬等の薬物の問題点に中毒が有ったが、化学技術の発展で中毒しない麻薬の合成に成功してはいた。しかし、薬物中毒しなくても嗜癖は発生する。薬物由来のASCが日常化した連中にとっては依存は悩みの種だった。

変な声を出し始める店奥の連中。

「何がいいんだか?」

「1950年代からの由緒ある文化よ――どうしたの?」

「位置取りが不味いかな、と」

穴熊を辞めて階段付近の椅子を陣取った。

ナイト待ちの方がいいんじゃない?と友達は言う。男の話はよせ、と返したが、未だ午前零時今店を出ても行く処が。


階段はさんで店の真ん中あたり、1時過ぎてきた連中がセッションを始める。

セッションの楽曲が土俗のリズムに聞こえて来る。

「退散する?」

「出来ればね」


「去年は此処に居たんだよなぁ」

予備校の前。

日乃が黄昏ていた歩道とガード。

煌々と明るいコンビニの照明。

友達は、家帰る、と言って帰ってしまった。

「深呼吸」

少し冷たい空気を肺一杯吸い込む。

夜空には薄赤い月と二、三の一等星。そう言えば何て星座だっけ?


コーヒーとバーガーを頼んで再び店に戻る。

薬物の連中とセッションの連中は宴が佳境で正体が無い感じだった。其れともあれが正体なんだろうか。

穴熊に逃げ込んだら忽ち出入り口を塞がれてしまった。

学生は終えた感じの二十代。勤め人に見えない。

午前三時前。

復出ていこうとしたら、穴熊の出口で声を掛けられた。


「どうするの此れ?」

「ヘッドセット、ヘッドセット」

今夜の連中の宴に強制参加させられる。

セッションの連中がもってきた輪っかを全員が頭に被る。

「じゃ、これ飲んで」

薬物の連中が持ってきてる合法ドラッグを渡される。

「ASCで楽曲制作?」

「イメージのインプロビゼーション」

「……」

薬は飲んだふりをしてポケットにしまい込んだ。


冠は音楽をイメージで製作する器機だった。

「座ってテキトーに連想するだけでいいから」

十人程の男女がそれぞれ座った位置でイメージする。

連結されたイメージを象徴する音がイヤホンから聞こえて来る。

雑音にしか聞こえない。

「何かお題でも決めようか――どうかした?」

雑音の中から何だか「声」が聞こえ来るような気がした。

丁度ラジオの選局で次第に周波数が合わずに揺らいでいる感じ。

単数か複数かもよくわからないが、人の声に聞こえる。



「で、何が聞こえた?」

「嘆きの声」

「何それ?」

リアンは土産のバーガーを頬張っている。

電線に雀がとまって、さえずっている。

「寝るね」

リアンを台所に於いて寝室へ歩く。


リアンの「声」が聞こえた気がした、とは言わないで置いた。





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