第十三話 対応

『闇い罠」?」

深理は、手に取ったカプセルを眺め、此方に渡した。

「知り合い?」

深理から白いカプセルを受け取る。

黒いラベルが貼ってあった。

危険、闇い罠と書いてある。

「これ」

ポケットの中の封筒を深理に手渡す。

「これはいつ?」

「今朝、郵便ポストで」

「狙われてるのは日乃君か」

深理は携帯端末で電話を掛けだした。

「――事件です。深理正稀。クローズ市――」

警察に通報したらしい。

五分も経たずに緊急車両の警報音が近づいてきた。



「ふぅ」

「娑婆の空気は美味い、ですか?」

事情聴取を終えて警察署の外へ出る。

深理はこの手の事件には結構慣れているようだった。

探偵だから当然と言えば当然ではあるが、荒事慣れとかあまりしたくないな、と思った。腕時計を見ると既に四時半。外の日は傾いて薄くなっていた。

「帰る?」

深理は伸びをして背筋を伸ばす。結構背が高い。

今日の用事は粗済んだので、

「ええ、まぁ」

と答えた。疲れもしたし。

「一寸寄ってきなよ」

「何処へですか」

「事務所。さっきの」

「探偵事務所?」

政治結社の街頭宣伝車が大きな声を出しつつ通りを北へと去って行った。



大通りを南に下り、クローズでは有名な方の小道の一通を西に向かって歩いた。

人通りも多く少々狭い道を抜けると駅前の大通りに出る。

「何だ」

結構いい所に事務所構えているな、ではなく、初めから事務所に出向いていればおかしな事件に巻き込まれなかったのかもしれない、だった。

「こっち」

先導して歩く深理が時々振り返る。

決して歩みが遅い訳では無いが滅多に来ない街に見とれていたかもしれない。

結局、駅正面の雑居ビル、看板だけ地上に掲げた、其のビルの地下に深理の事務所はあった。何で地下なんだろう、と思ったら、

「先程のような攻撃を受けがたいから」

と説明された。

地下壕と言う訳だろうが、一寸入りにくい印象で、本当に客が来るのだろうか、と思ってしまった。

地上にドアがあり、ドアを開けて階段を下りると、復ドアがあった。

網膜を照合させて、ドアフォンを押す。

横開きのドアが自動で開いた。

「只今」

「お疲れ様です」

ドアを開けるとメイド服の若い女性、バイトの高校生のような女子が出迎てきた。

20平方m程のフロア。リノウムタイルが敷き詰めてあり、左の壁に別室へのドアがあった。

「此の方が日乃さんですか。四時頃からお客さんがお待ちです」

「誰?」

「いいえ、所長にではなく、日乃さんに」

「呼んであげて」

正面奥、左手のデスクにバイト女子は座って、日乃さんがお見えです、と内線で伝えた。

入って直ぐ左手のドアが開いて、リアンが出てきた。

リアンに続いて、黒音も出てくる。

「……何かあった?」

「そっちは?」

「まぁ、一寸」

「怪我はなさそう」

マグネシウムの発光弾を食らうという、普通に暮らしていれば先ず無い経験をしたが、あれくらいではニュースにも成り難い、と言う事だった。

「電話しろって」

「誰」

「日乃の、」

「ああ、母さん」

警察から連絡が行ったらしい。

「麗しい事で」

深理は一番奥のデスクに着いて座っていた。

どうぞ、と入ってすぐ正面の応接セットに着座することをバイト女子に勧められて、三人共ソファーに座った。

『闇い罠」って言うのは?」

リアンが深理に尋ねる。

「臨時名だろう、そんな組織は存在しない」

「じゃぁ、実体は?」

「さぁ。最近恨みを買うようなことは?」

「恨みは、特に」

心当たりはあったが、恨まれたのだろうか?

バイト女子が什器で出したアイスコーヒーをトレーで運んで来る。

「貴方が見者?」

「昔は」

「警察に保護を頼めば片付くのでしょうか?」

「大概はね、そうあってもらわないと。」

リアンは余り納得した様でもない。

「――ここから先は報酬もらわないと」

「日当二万が最低ラインだって」

「どうしたい?」

「安全にならないかな、と」

「君子危うきに近寄らず、と言うが」

「敵を知り、己を知れば、とも言います」

もう既に切り結んでしまったのだ、近寄らなくても近付いてくるかも知れない。

「じゃぁ、先ず己を知るべきだろ、学生さん」

勝算も特に無いだろう?と言うことだろうか。

「ご指導願えますか」

深理はコーヒーに酒漬けの角砂糖を入れた。

「危機に陥った時、何を頼りにする?」

「自分」

「親」

「……」

「頼れるものがあって、片付く内はそれでいい。頼るといい」

「迷惑とか」

「恩は後で返すことにして」

「そうですか」

「ゲストIDを渡すから、何かあったら来ると良い」

「お金、無いですよ」

「準備しておくように」

「わかりました」

「千歳一隅と言う言葉がある」

「滅多に会えない、と言う事ですか」

「縁が有る内に来ると良い――」

コーヒーを啜って深理がせき込む。

「――復」


三人が去った後の事務所。

バイト女子が応接セットのカップ等を片づけだす。

「もっと、はっきり言った方が良かったかな」

「覚悟のいる事ですから。相手の準備の整ったときに」

「帰りに殺されても、な」



駅のホームで電車を待つ。

「無事でよかった」

滑り込んできた満員電車に乗る。

「本当に」

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