4 求道者

第十四話 壁打ち

汗をかいていた。

目を開けると自室の天井が見えた。

ベッド脇の目覚まし時計は午前四時を指していた。

シャツが湿っていて冷たい。

 

「最近嫌な夢見るんだ」

「其れ、俺も出てくる?」

「悪漢が出てくる夢?」

三人は沈黙して俯いた。

「集合無意識って言うのは聞いたことあるけど」

「集合夢ていうのは聞いたことないな」

「生物学的に非科学的なんじゃ」

生物学的にも心理学的にも非科学的な気はするが同じ夢を見ているらしい。

「悪漢、って?」

跳ばして黒音に尋ねてみる。

黒音は少し言いにくそうで、しまったなと思う。

「女衒、が敵。」

リアンが代わりに答える。

「捕まるのよね、女衒に」

「嫌な夢だな」

「昨日は銃器手に入れたけど、打てずに負けた」

「二人とも背中から撃たれて、全滅」

「で、目が覚めると」

「家で、布団の中」

「嫌な夢。」

黒音はかなり嫌そう。

「まぁ、夢で助かったけど」

何故、三人とも同じ夢を?と言う疑問は伏して置いて。

誰も実際には傷ついていない、と言うのが救いだった。

四限目。心理学概論の講義が終わった後の階段教室。

殆どの生徒が帰って、会話しているのは三人だけだった。



重い音を立てて缶ジュースが取り出し口に落ちてくる。

「アップ系か、ダウンの方が良いんじゃないか」

「暑いしね」

「――」

今は少し持ち上げないと気が沈みそうだった。



郵便受けから一葉の葉書を取り出す。 

暑中見舞い。

黒音とリアンの屈託のない笑顔が写っていた。

黒音が引っ越して、一週間。隣はまだ空き室のままだった。

葉書を左手に持ち替えてドアノブを回そうとしたら、

「暑中お見舞い、申し上げます」

黒音が後ろに立っていた。

「!」

オーバーなリアクションで応えてみたが、黒音にはうけなかった。

「役者は駄目みたいね」

「そうですか」

黒音はポーチから鍵を取り出すと隣の部屋のドアを開けた。

「引っ越したんじゃ?」

「増やしただけ。此処は囮」

「闇い罠」対策と言う事だろう。

「お金持ちな事で」

「命に値段はないから」

「ああ、まぁ、確かに」



「其れは、惚れられてるんじゃないかな?」

メイドさんの入れた珈琲を啜る深理。

例によって角砂糖にはブランデーの火が入る。

「なるほど、では僕はどのように」

深理は天井を見上げたのち此方を見据えて、

「二股はやめた方が良いな」

と言って此方の反応を待った――


「深理のとこ?」

出掛けようとしたら黒音に呼び止められた。

「未だ探してるんだ?」

「ああ。まぁ」

――

「行ってらっしゃい。」

「行ってきます」


「――そうですね」

「彼女とは――」

「?」

「――余り時間はない。探すなら手伝ってもいいが」

「有料ですよね」

「まぁ」

「頑張ってみます」

「――巻き込み注意。」

「解りました」



枠の中、少々固く薄い笑顔の、女子。

「ありがとうございました」

ウィンドウに尋ね人のビラを貼らせてもらい礼をする。

「これぐらいはね」

法律で個人情報の開示は出来なかったが、人探しの協力はしてもらえた。


「おしまい。」

手持ちのビラを貼り終える黒音。

「少なかったかな」

一人五十枚で計百五十枚ほどビラを貼った。

「次回もある。」

リアンは残り僅かなビラを貼る。

羽夢さんの居宅だったアパートの周辺。

ビラを貼り始めて三時間。

時刻は午後二時を回るところだった。


聞き込みはした。結局、有力な情報は全然なかった。

一年も経ってしまっているのが致命的だった。

ベンチに座って三人ともジュースを飲む。

空は四方の何処を見回しても積乱雲で何だか一雨来そうだった。


「あ」

「これ、お前らのビラか」

推定年齢30~40の男性がビラを持って近付いてきた。

「ええ。そうですが」

「電柱にビラ貼り禁止って聞いたことあるだろう?」

「ええ」

「高いよ、罰金」

「知ってますよ」

「電力会社の人ですか?」

「地域の住民」

「問題ないはずです」

「だって、違反行為だろ」

「許可、取ってますから」

「電力会社に電話するぞ」

「どうぞ」

「――」

三人とも立ち上がって男と対峙する。

男は苛々した様子でメールを打つ。

「じゃ、帰りますので」

男と距離を取りつつ公園を出ようとしたら。

「もう少し付き合ってもらうか」

別の男が現れた。



強い既視感を感じた。

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