第十二話 警告

 梅雨の晴れ間。さっきまで降っていた雨の溜水がホームの屋根から落ちる。差して来た日の光でビルの谷間に虹ができる。此のまま晴れると暑くなりそうな六月の昼だった。

 手にした紙片の番地をGPSで検索する。ナビゲーションの矢が表示された。

 現在位置とマップを参照。周囲を見回して対応させる。

 不図おかしくなった。初めての土地ではGPSを使っても案外道が判らないものだな、と。

 ワイヤレスを耳にしてナヴィを音声に切り替える。耳元で女子の電子音声がする。 

 携帯端末をポケットに落とした。

 

 「此処が……」

 目的の地番に在ったのは、家(うち)と大して変わらない、少し安めの、共同住宅だった。木造モルタル、築は三十年と言った感じ。紙片に乗っている名は、深理さん。

 集合ポストで探すと、一階の管理人室の隣、102号室が居室らしかった。

 ドアチャイムを押す前に、深呼吸。

 スイッチを指で押すと、102号室内に、サンプリングだろう、鈴の音が鳴り響いた。

 十秒ほど待つ。反応がない。もう一度押す。もう十秒待つ。

 腕時計を見る。午後一時過ぎ。一寸時間帯が悪かったか。

 居場所は突き止めた。復来れる。

 諦めて、仕方なく帰ろうとしたら、戸が開いた。

 「どちら様?」


 

 「「闇い罠」?」

 茶封筒の裏側、投函物の差出人は、怪しいテロリスト集団のような響きの名前だった。

 開封する前に封筒を折って畳んで握ってみる。金属の類は入っていないようだった。

 「?」

 封を開けると、中身は空だった。何かが空っぽ、ってことだろうか。

 破った封筒をポケットにしまい、近所のコンビニに向かった。



「深理正稀さん?ですか」

出てきたのは、女子と見間違いそうな、細身の若い男性だった。

「そうですが」

キュロットに青いTシャツ。黒い髪が結構長い。年齢はあまり変わりない感じだった。

「日乃と申します。初めまして」

軽く礼をした。深理はしなかったよう、頭を上げたら目が合った。

「初めまして。」

此の男が「見者」なんだろうか。




畳んだだ傘を忘れそうになって、店舗に引き返す。

「駄目ね。高いわ」

月収の三分の一をもって行かれるのは結構痛い。

「払うのは俺だ」

全額支払ってやるとは言っていたものの。

「折半だったはず」

同じくらの月収なら三分の二。多重債務に沈まれても困る。

リアンは、ペットボトルのコーラを一口飲むと、

「日乃は?」

と当を得た質問をする。

何時も居る奴が居ないと、何かが足りないような気がした。

何処に行っているのかは知っていたので口にする。

「見者の塔」



「飲みますか?」

通された部屋は六畳と四畳半の畳の部屋だった。今時畳か、と思いつつ、DKのテーブルに着く。入って左手の木製の棚には様々な酒と思しきボトルが収納されていた。

「いいえ。お酒は飲まないので」

深理は独りで棚からボトルを一本引っ張り出すと、グラスに注いで飲み始めた。客が居るのに横柄な奴だな、とも思ったがそれは口にせず、

「依存症になりますよ」

と突っ込んでみた。

「知ってる。酒好きなだけなのでご心配なく――」

グラスをもう一つ出すと別のボトルを冷蔵庫からだして注いだ。

「――コーラでよかったかな?」

何だか不気味な気がしたが遠慮しつつ、いただく事にした。

一口、口にする。

「其れで、何の用だったのかな?」

切り出しにくい内容だったがストレートに尋ねる事にした。

「深理さんって、見者なんですか?」

深理は、テキーラを口に含んだまま天井を見上げ、含んだテキーラを飲み込んだ。若しかしたら吐く所だったのかもしれない。

「危うく酒が不味くなるところだった。見者って言うのはlook とpersonで「見者」?」

「ええ、まぁそうですが」

「事件の内容は?」

「事件?」

「事件だろ?」

「未だ、事件には……」

「日当2万以下は無理」

「日当ですか?」

「副業で探偵をね」

「――もっと静かな印象だったんですが」

「見者?」

「ええ」

「昔の話。」


 回すグラスの中で氷が音を立てる。既に三杯目だが全く酔った様子がない。頬一つ紅潮させない。深理と言う男は酒豪の類らしかった。

「事件じゃないなら、一体何の用、日乃さん。」

深理は伸びをして席を立つ。四畳半の部屋の方に歩いていく。

「解決の方法を教えてほしくって、「見者」に――」

「はい」

戻ってきた深理は手に紙片を持っていた。名刺だった。

「事務所?」

「職場の方へ来てください」

深理の手が右肩に乗った。

調子狂うな、と思いつつ、復日を改めてくることにした。

「はい――」

「!」

窓ガラスが割れて、閃光が室内を満たした。



音は大してしなかった。

放り込んだ窓の内側をオレンジ色の閃光が染めた。

「大したことないな」

黒い車の脇に立った河童頭の男はそう言って、復窓の中に投擲した。

「そんなもんだよ」

タクシーの様にドアが開く。

河童頭が車に乗り込む。

「どう出てくるやら」



閃光はあっと言う間に収まった。

「無事?」

深理は驚いた風もなく、携帯でメールを打つ。

閃光の後間髪入れず入ってきたカプセルを手に取った。

「「闇い罠」?」





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