第六話 「夢物語」

 ”報告書。調査記録第三日間目。羽夢さん探しは先ず住居のアパートから始めた。隣の男性は当初あまり協力的ではなかったが、菓子折りもって尋ねる内に話してくれるようになった――


 「ああ、此処が」

 ガラス張りの店舗に一杯張り紙がしてある。築二十年1LDK五万円。同2LDK7万円。安いのか高いのか判らないが、大学受験に成功して独り暮らしをするようになったらお世話になるだろうと、考えられた。が、今は羽夢さん探し。

堅い空気の壁に阻まれて店舗の中へ入る気がしない。

客ではないのだから、先方の渋い対応が目に浮かぶようだった。

思い切って一歩足を踏み出す。

センサーが感知して自動ドアが開く。

 「いらっしゃいませ」

 ソフトな感じで事務のお姉さんが声を掛けてくれる。

未だ、堅い空気の壁が邪魔していたが臆していては事は成じない。

復思い切って声を出す。

 「恐れ入りますが、お尋ねしたいことがあります」


 結果は惨敗だった。

 個人情報に関して守秘義務がある故に、家族の要請や警察等公権の命令出なければ開示できないとの事だった。

事務員の言葉にがっかりしながら力なく笑って、店を出た。



 次に目を付けたのが、御役所だった。

お隣りの話では、アパートへの転入と何処かへの転出記録があるはずだ、との事だった。オジーにある役所の派出所へ出かけて尋ねてみる事にした。

派出所に着いて、何から始めていいかわからず、入り口で棒立ちになりそうになると係りの女性が、

「今日はどういったご用件でしょうか」

と言って近づいてきた。

「住民票の閲覧できますか」

「閲覧はないのですが、発行なら」

「ああ、じゃ、それで」

案内されて机の前に座る。用意された用紙を渡されて

「此処と此処と……」

指示された箇所に記入しようとして

「あの?」

「此処にはなんと?」

「発行する住民票の住民と貴方様の続き柄を記入していただきたいのですが」

「……」

「何か?」

「全くの他人で、ただの知人なんですが」

「……委任状はお持ちですか?」

――

結局他人には割り込む余地もなく。

仕方なく引き下がると、入り口にいた男性職員と目が合った。鈍重な感じなのに何か鋭い目つきだった。脱法等不正がないか監視しているのかも知れない。

……どんな違法とも関係なかったので、少し頭を下げて、顔を上げ真っすぐエレベーターへ向かった。


調査開始三日目。何の手がかりもなし。情報の管理は厳しい――”

パキ。

シャーペンの芯が折れる。

右手に上から加重された。

「何だよ」

「何をカリカリ書いてんのかと思えば」

「調査報告書だよ、自分宛ての」

「店長のレシピ」

「ああ。」

「日乃君の彼女?」

報告書を見ない女が掴み取る。

「リアン、誰此の子?」

「昨日途中入学した――」

「初めまして、黒音です」

「初めまして」

触らないように、と言われつつ、報告書を奪い返す。

「リアン?」

「付き合って二日目」

「ライバルが一人減った」

「将来探偵に?」

「何で」

「今どき流行らない。推論は電算機の方が早い」

「彼女何でいなくなったの?」

「調査中」

「あのさ」

「ああ」

「俺も今思った」

『捜索願を出せばいいのでは。』


少し冷静になって考えてみた。


「駄目だ」

「何で」

「捜索願を出して七年経つと確か死亡扱いだ」

「やっぱり地道に探偵する方が夢があるよ」

「夢があるって……」

「雨にも負けず風にも負けず、東奔西走して情報を集め、コツコツと貯めた情報で推理のパズルを完成させ、彼女を奪い去った犯人を追い詰める――」

「何だよそれ」

「探偵物語」

「タイトル?」

「取れるのってそれぐらいでしょ」

「いや、地道に頑張ってみます」

「はいはい、昼休み終わるよ。飯食った飯食った」

お昼の休憩時間は後十五分で終わりだった。



夢のある話か。

出逢ってまだ三週目。付き合い始める前に羽夢さんは居なくなってしまった。

報告書の写真。立体映像からアングルを決めてショットしたもの。作業に三時間ぐらいかかった。

探偵業も含めて、こんなこと、続けていて、大学受験は大丈夫なんだろうか、と思う。リアンは絶対落ちる、と言っている。そう言うリアンも新しい女を連れて遊んでいるのだから、結構危ないはずなのに何故か余裕だ。

酔いが回りつつあった。かなり眠い。

羽夢さんはどうして急にいなくなったのだろう。

何処からきて何処へ行ったのかは現在調査中だが全く不明だ。そうしたら、どうして急に居なくなったのか、気になった。

初デートを決めようとしたその日に居なくなるなんて。

午前二時十五分。

現代とはいえ丑三つ時。誰も起きていないのだろう。何の音もしない。

上空を飛ぶ飛行機の音も、少し遠い電車の音も、何も聞こえない。

酔い覚ましに外へ出てみる。月が出てい居ない代わりに、星々が鮮やかに輝いていた。星座はわからなかったが、見上げた空は神秘的と言っていい美しさだった。

夢も希望もない状態だが。


”「女は夢物語を好む、のよ」”

とは黒音のお言葉。



この話、夢物語に出来るだろうか。


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